30:メスガキは仲間を信じる

『トーカさんも体育祭ぐらいは本気で運動してもいいとは思うんですよ。そういうお祭りなんですから』


 聖女ちゃんとのチャットは聞くたびに時間が進んでいく。アタシと一緒に学校に行く夢。アタシの性格はそのままで、そんなアタシと一緒に学校で愉しむ夢。アタシもこの子と一緒に学校に行ければ、多分そうなってたんじゃないかなって感じの日常。


『体育祭って何があるのよ』

『いいですか。体を動かせば心も動くんです。小難しいことは考えずに汗を流すのもいいものですよ』


 アタシの声は届かない。アタシの問いかけは消え、夢の中のアタシと会話をする聖女ちゃん。なんかいろいろ空しくなってチャットを切り、そしてまたやることがないからチャットを繋ぐ。そんな繰り返し。


 あれからどれぐらい時間が経ったのか、全然わからない。聖女ちゃんの夢の時間軸内では体育祭だから半年ぐらいはたっているんだろう。時間を見る術もないアタシからすれば、それが実際の時間のように感じる。


『はうわぁ! 予想通りミーくんは白系の服がお似合いですぅぅぅぅぅ! クールなメガネの生徒会長! こ、これは永久保存しなくてはいけません! ええ、ええ! まさに人類の至宝!』


 おねーさんはと言うと相変わらず少年少女に囲まれている夢を見ていた。囲まれているだけで満足と言うか、自分から手出しをせずにいろいろな服を縫っては着せて縫っては着せての毎日。少年少女に囲まれて普通に生活し、それに悶えている。


『忙しい忙しい! 今日はダンスのレッスンだ! 新曲に合わせてガンバガンバ!』


 アイドルさんも変わらずだ。よくわからないけどアイドル稼業を楽しんでいるらしい。毎日必死に歌って踊って。そしてコンサートで元気よくアイドルして。その日々が楽しいという感じだ。


「…………ふん」


 アタシはと言うと、何もできない。手足は全く動かない。そもそも感覚がマヒしているので、あるかどうかすら疑わしい。考えたりステータスをいじったりはできるけど、やれることはその程度だ。あとは幸せそうなみんなの夢の中身を聞くぐらい。


 フレンドチャットを使うことはできない。だけどパーティチャットは使えるのは、おそらくこの肉の中に囚われた相手としか会話ができないということなのだろう。外に連絡ができたとしても、あの肉塊をどうにかできるわけもない。アタシ自身も、どうにかできる方法を全く思いつかない。なんなのよ、これは。


「未使用データ」


 あの悪魔はそう言った。つまりこれは<フルムーンケイオス>では使われなかった敵データなのだ。てけりりとかなんとか言ってたけど、要するに<フルムーンケイオス>の為に作られた何か。


「データってことは、攻略できるってことじゃない?」


 よほど意地の悪い開発者じゃない限りは、ゲームのキャラである以上は攻略方法がある。レベル差とかステータスの暴力みたいにどうしようもないケースはあるけど、突破方法はどこかにあるはずだ。無いから没にしたとかなら、初めから作りはしないだろう。


 となると、先ずはコイツの特性だ。肉の塊。取り込んで幸せな夢を見せる。今のところ分かるのはこれぐらい。


 そして『幸せな夢を見せる』と言うのはバッドステータスの類ではない。もしそうなら時間が経てば消える。それに取り込まれた時、その……アビリティ習得したみたいな気持ちよさがあったので、おそらくステータスを弄られてるんだとおもう。


 そう考えると、アタシだけが意識がはっきりしているのも納得だ。あの悪魔が言うにはアタシにはステータスをいじる効果が効かない。初見のナタに違和感を感じたのもそれが原因なんだろう。


『あなたはこの世界を知っているという前提のほかに、一歩引いた考え方をするようですね。自分を絶対視せずに客観的に見れる。世界そのものを冷淡に見る。そんな部分が』


 あの悪魔の言葉だ。一歩引いた考え方をすれば、ステータスによる作用を受けにくい。


 考えてみれば、聖女ちゃんはステータスの違和感に気づいていた。そう考えると、この夢は突破可能なのではないだろうか? 今見ている夢が嘘で、本当はこっちが現実だと認識できれば――


「…………無理じゃん、そんなの」


 そこまで思い至って、アタシは諦める。


 人間は都合のいい事を信じる。それをアタシはさんざん見てきた。辛い現実よりも楽な虚構。事実に目を向けず、自分の都合のいい意見を取り入れるのが人間だ。痛く苦しい今を避けるのなら、甘い嘘に浸っているのがいいに決まっている。


 そもそも――夢を覚ますことは正しいの?


『さすがですねトーカさん。成績トップじゃないですか! 私も負けてられませんね! 次のテストでは目にもの見せてあげます!』


『今日のご飯はシチューですよ。たくさん作りましたから、皆さん一緒に食べましょうね。おかわりもありますよ』


『いえいいえい! 今日のアミーちゃんは究極無敵! アミんアミンん頑張ろうぜ、ごーごー!』


 みんな、幸せそうだ。聖女ちゃんも、おねーさんも、アイドルさんも。


 それを起こして、現実に戻したところで動けない肉の中。こんな辛い事実を知るぐらいなら、嘘の夢に眠ったままの方がいいんじゃないかな?


 うん、そうに決まってる。このまま、何もしないのが一番なんだ。アタシが黙っていればそれでいい。偽物でも幸せなら、それを壊すことがいいわけない――


『いんたびゅーいんたびゅー! アイドルなんだから辛い事なんて、いくらでもあるよ! むしろ辛いことだらけ! 毎日忙しいし寝る時間もないしそれで成功するなんて限らない。同じプロダクション内でも喧嘩したり……ってここはカットしてね。オフレコオフレコ!』


 聞こえてきたのは、アイドルさんの声だ。チャットを繋ぎっぱにしてたみたい。多分どこかの雑誌か何かのインタビューを受けているんだろう。


『そんな辛い下地があるから、アイドルはキラキラ輝けるんだお! どろどろぬちゃぬちゃぐだぐだごりごり! そんな汚泥を踏みしめて、現実の辛さを飲み込んで! それを全部塗り替える光を放てるのがアイドル! キラキラキラキラ、輝くの! キラキラ!』


 キラキラしたい。


 それはこのアイドルさんがアタシに言ったことだ。わけわかんないし、説明不足だった。単に目立ちたいからとか、そのために相手を立てたりとか、そんな程度だと思ってた。


『ウソウソホントホント! そんなの全部同じこと! それをいい方向に見せるのがアイドルなんだよ! 表も裏も嘘も本当も不幸も幸せも、全部全部一緒にして輝くんだ! 不幸も不運もアミーちゃんの歌を聞いて元気よくなっちゃえ! 良き良き!』


 バカみたい。結局嘘で誤魔化して、都合いいように解釈してるだけじゃない。辛いことはつらいのだ。現実なんて痛くてつらい事だけなのに、それをいいように塗り替えてるに過ぎない。


「うん、バカみたい。他人のこと気にするとか、アタシらしくないじゃないの」


 現実が辛いとか、嘘しか人間は信じないとか。そんなことはもうどうしようもないことだ。だからそれを忘れて幸せな夢を見ているほうがいいなんて気づかいは、アタシらしくない。


 アイドルさんはどんな現実でも飲み込んで笑う。そうやって輝くことがアイドルなんだって信じてるから笑えるんだ。


 おねーさんはつらいテーラーの修行でも針を捨てなかった。一針一針縫うことで誰かを幸せにできるって、そう信じることができた。


 聖女ちゃんは、強い。ステータスをいじられて見せられた現実よりも、アタシの言葉を信じてくれた。嘘よりもアタシの言葉を信じてくれた。


「……ばーか。信じられなかったのは、アタシの方じゃないの」


 嘘に浸ってる方が幸せ。そんなのはアタシの勝手な決めつけだ。アタシが信じられなかったのだ。アイドルさんを、おねーさんを、聖女ちゃんを。一緒に戦った仲間を。


「結局、アタシが一人じゃ寂しいってだけだけどね。でも、知ったことか!」


 アタシはパーティチャットを開いて、皆を起こすために声をかける。


 嘘の幸せはもうおしまい。辛くてどうしようもない現実に戻してやる。そんで一緒に苦しんで悩んでもらうんだ。


 ――だってその方が楽しくて幸せなんだって、アタシが思うから。

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