32:メスガキは打開策を考える

『無理やり起こしてなんだけど、どこから手を付けたものやらなのよね』


 聖女ちゃんを起こして、アタシが落ち着いてからパーティグループ全体でのチャット会議を開く。その一言目がこれだった。


 実際どうにもできない。肉の塊に飲み込まれて、いろいろ試したけどどうにもこうにもなんない。幸か不幸かお腹がすいたりすることはないんだけど、逆に言えばそれぐらいしか得な部分がない。自分の体がどうなっているかもわかんない状態だ。


『確かにこれは気が狂いそうになりますね……』

『やだやだー。こんなんじゃキラキラ輝けないじゃないのさー。ぶーぶー』

『すみませんトーカさん。こんなところに一人ぼっちにしてしまって』

『ベ、別に一人で寂しいとかそんなことはなかったんだからね!』

『はふぅ! リアルツンデレいただきましたぁ! ああん、このまま夢の世界に旅立ってしまいそう……』

『いやもどらないで』


 状況は変わんないけど、とりあえずいろいろ落ち着いた。どうにもなんない状況だけど、とりあえず折れそうになった心は起き上がった。


『……その、打開策と言うか一つのアイデアと言うか……。少し思うところがあるんですが』


 そして遠慮がちに聖女ちゃんが口を開く。この子がこういう言い方をするときは、ある程度頭の中に答えが見えている時だ。間違いではないと思うけど、どこか遠慮している。そんな感じだ。


『さっきまで見ていた夢の話なんですが……トーカさんは見ていないということですよね?』

『そうね。多分これ、悪魔が使うステータスの操作とか役割を与える能力の強化みたいなもんだと思ってるんだけど』

『はい。私もその見解で正しいと思っています。

 大臣の時もそうですが、トーカさんとの日々を疑う余地を感じないほど『常識的に』信じていました。それでいて気づくときは一瞬です。おそらくナタの存在に気づいたスーさんも同じような感じで気づいたんだと思います』


 実際に悪魔によって常識をいじられた聖女ちゃんは、被害者の立場から同意する。


『つまり私たちが捕まっているこの状況も、悪魔が『動けない』と認識させているんじゃないでしょうか? 本当にあの肉の塊に取り込まれたのなら呼吸もできませんし。そう言った苦しみは何も感じないのですから』

『かもしんないけど、アタシも動けないんだからそれはないんじゃない?』


 悪魔がステータスをいじるのは、アタシには効かない。この世界が<フルムーンケイオス>を基にしていると知っているアタシには効果がないとあの悪魔も言っていたし。


『そうですね。でも逆に言えば、トーカさんが知らないゲームの知識があれば通用するんじゃないですか? 実際、ナタの事は違和感は感じる程度でわからなかったわけですし』

『……あ。未使用データ、確かテケリ=リだっけか』


 あの悪魔が言っていた封印された魔物みしようデータ。確かテケリ=リとか言っていた。確かにそんな敵は<フルムーンケイオス>にはなかったわ。


『テケリリ……ショゴスの鳴き声ですね』

『しょごす?』

『クトゥルフ神話に出てくるモンスターです。もとは知能も低く、労働者的な立場だったとか』


 知らない神様の下っ端なのね。今はそんなことはどうでもいい。大事なのは、アタシも悪魔の術中にあるということだ。


『つまり、アタシもステータスいじられてる状態なのね』

『残念ですが、そういうことになります。ただ、打開策はあります。この洗脳を解く手段は現実への認識です』


 なんかよくわかんないこと言いだした聖女ちゃん。


『要はこの状況を嘘だと正しく認識できるかどうかです。戻るべき現実を強く認識して、それが正しいと心から思うことです』

『そんだけでいいなら楽なんじゃない?』

『それが……トーカさんはすでに『肉に囚われている』と強く思っています。実際、抵抗らしい抵抗もしたはずです。その事実がある限りは、もうその常識にとらわれているんです』

『なにそれ? 要するに肉から脱出したいのに『肉から脱出したいぞー』って思ったらその時点でアウト?』

『そういうことです』


 頷く声が聞こえる。なんなのよそのムリゲー。


『私は外部からトーカさんに声をかけられて『これは違う』と認識できました。なので外から声をかけられれば気づくことができるんですが……』

『肉の『外』から声をかけてくる人はいない、と。手詰まりじゃないの』

『この『状況』を忘れるぐらいに別の『何か』に没頭できれば、そこから認識の齟齬につながると思うんですが……』


 要するに『肉に囚われて動けない』ことを忘れるぐらいに『元居た現実』を強く思わないといけないのだ。手足も動かず、身体がどうなったかもわかんないぐらい感覚がふわふわで、こうして会話することでようやくお互いが認識できる状況で。


『アタシはアタシ。アサギリ・トーカ。おとめ座のB型で好きなものはゲーム。3サイズは上から――』


 ぶつぶつと自分のプロフィールを口にするけど、全然脱出できる兆しはない。やっぱり『にくのなかにいる』という感覚は抜け出せない。アタシのようなか弱い乙女の持つ普通の精神じゃ無理みたいだ。


『すみません。結局どうにもならないということの証明でしたね』

『違うわ。アタシのような清く正しく可愛い普通の乙女じゃどうにもならないってことが分かっただけでも進展よ』

『清く正しい普通の乙女は口悪く相手を罵らないと思いますが』

『要はこの状況を忘れるぐらいに没頭するだけの精神力があればいいのよ。と言うわけでおねーさんとアイドルさんの出番よ』


 どこか非難するような聖女ちゃんの言葉を無視して、アタシはおねーさんとアイドルさんに話しかける。


『は? あの、ワタクシですか?』

『そうそう。おねーさんとアイドルさんの一直線ぶりならどうにかなるんじゃない?』

『でもワタクシ、先ほどから肉に囚われたトーカさんやコトネさんの様子を妄想して『ああいけません、そのようなところまで触手が張り込んで!? はぅぅぅぅぅ。なんたる悪辣な所業! でもこれはこれで!』と我を忘れてましたが、あまり変わらないようですよ』

『黙ってると思ったらそんな妄想してたのね、おねーさん。このヘンタイ』

『きゃあああああああ!? 100%遠慮なしの冷たい声! リアル幼女の素罵倒! も、もう死んでもいい……スヤァ』


 いや死なないで。っていうか寝てるよね、それ。


『い・い・か・ら。おねーさんは服を作って。手足がないとか思わず、昨日アタシの服を作ったみたいにやってみて。

 んで、アイドルさんはキラキラ輝きたいんでしょ? そんだけ頑張ったんだからこんな状況でもコンサートぐらいできるんじゃないの?』

『へあ? その、そんなのでいいんですか?』

『ふむふむ。そういうことね。おけおけー』


 おねーさんは疑問に思いながら、アイドルさんはアタシの言うことを理解したように声を返す。互いの顔が見えたらその表情が想像でき――


『つまりつまり! アミーちゃんの歌が宇宙を救うんだね! 巨人との戦争を止める銀河的コンサート! 争いは無意味だと文化を伝える歌の力! 燃えてきたよ、ぎゅるんぎゅるん!』


 全然理解してくれなかったみたいだけど、やる気になってるんだから何も言わないでおくことにする。


『大丈夫……でしょうか?』

『失敗したら二人でおねーさんの両耳から囁くようにして暴走してもらうわ。ASMR的に』

『……一応聞きますけど、どんなこと囁くつもりなんです?』

『おねーさんが臨界突破しそうなえっちぃ声とか』

『絶対やりませんからね、私』

 

 そんなことを聖女ちゃんと話している間に、おねーさんとアイドルさんは意識を埋没していく。もうアタシが話しかけても声は届かないだろう。


 周囲を沈黙が支配し、そして――

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