28:メスガキは悪魔と会話する
青い肌を持ち、コウモリの翼を広げ、ヤギの角をはやした女性型の魔物――悪魔。
いつからそこにいたかはわからない。だけど戦っている間にいたわけがない。いたら絶対に気づく。それぐらい目立つし、なんていうか目が離せない何かがある。
その視線はこちらを見ていた。血のような赤い瞳。睨むでもなく、そこにいるアタシ達を風景の一部のように見ている。
「おお、リーン様! 朕を助けに来たのですね!」
ナタが嬉しそうに叫ぶ。悪魔――リーンの姿に光明を見出したかのように。これで勝てる。これでアタシ達に逆転できる。そんな声色だ。ホント、ナントカの威を借るとかそういうヤツ。
「まさかサンメンロッピをこうもあっさり攻略されるとは思いもしませんでした。何も知らない相手なら封殺できるほどですのに。
お見事ですね。貴方達人間の機転には驚かされるばかりです。人間の欲望にはもっと驚かされますが……今は置いておきましょう」
すがるようにするナタを無視して、アタシ達に話しかける。サンペンロッピと言うのは、流れから察するにナタの事だろうか? 言葉通りにアタシ達を称賛しているらしく、友好的な笑みを浮かべていた。いきなり襲い掛かってくることはなさそうだ。
「これで貴様らもおしまいだ! リーン様が参戦されれば朕の勝ちは動かない! 今のうちに遺言を考えておくんだな!」
「そうですね。遺言は考えておいてください」
ナタの言葉にリーンは頷いてナタを見る。
「ではお願いしますね。ナタさん」
そのまま、中指と親指を使って、パチンと指を鳴らした。その音が引き金になったかのように、ナタが胸を押さえて苦しみだす。
「は、ぐ、ぶぉ!?」
跪いて蹲り、口から血を吐くナタ。三つあった顔は目に見えない手でカサブタがはがされるように引っ張られ、余分な腕も千切られていく。叫び声と共に力が抜け、血と共に生命が削られているのが分かる。そして――
「ち、朕は……朕の、腕……頭脳……力は……!?」
そこにいるのはむさくるしいオッサンだ。十年近く流浪してきた身なりの悪い大人男性。ラクアンオバサンの兄と言われれば、確かに納得する姿だ。これが本来のナタの姿なのだろう。
「はい、返却させてもらいました。今のあなたには不要ですので」
「ラ、ラクアンをボクのものにするために、力をくれるんじゃなかったのか!? あの言葉は嘘だったのか!」
「いいえ。その言葉に嘘はありません。ですがここまで追い込まれた以上、このままでは逆転できないのは自明の理。
ですので、別の力を与えようかと。それでよろしいですか?」
まずい。アタシの背筋がゾクっとした。あの悪魔の笑みは、頷いちゃダメな笑みだ。とっさにプリスティンクロースに着替えて、【ハロウィンナイト】からの【笑裏蔵刀】。アタシが今できる最大火力をあの悪魔に叩き込もうとして、
「だめですよ。
は? ムービーモード? 何言ってんの、この女。そう思ったけど、アタシは動くことができなかった。
まるでゲーム中のイベント中に攻撃を仕掛けることができない『仕様』に囚われたかのように。アタシは――アタシだけじゃなくここにいる全員が棒立ちになってた。何とかしないといけない。ここで動いて止めたい。そう思っていても、体が動かない。
「当然だ! アイツラを殺すための力をくれ!」
「はい。契約成立です」
悪魔は言ってほほ笑んだ。それと同時にナタの体が振動する。心臓の鼓動が激しく響き、その度にナタの体が膨れ上がっていく。モチが膨れるように、不規則に、醜悪に、ぼこぼこと。
人だった形跡は10秒で消え去った。そのまま倍々ゲーム的に体は膨れ上がり、すぐに5mほどの肉の塊が出来上がる。肉の表面で脈動するグロイ血管だけが、かつて人であったことをかろうじて証明していた。
「契約はここに成立しました。彼女達を殺す力です。もっとも、その代わりに知性や理性と言った人間的な部分は削除させていただきました。
彼女たちの口に翻弄されて悔しかったでしょうから、ちょうどよかったですよね」
「ゴ……ゴロズ……オマエ、ダ……ゴロズ!」
悪魔の言うとおり、今のナタに理性とかそういうモノはない。アタシらを殺すためだけの、そういうモンスター。這うようにじわじわとこちらに迫ってくる。あの重量にのしかかられるだけで圧死するだろう。
「役立たずは使い捨ての鉄砲玉にするとか、効率的じゃないの。さすが悪魔ね」
「ナタさんは仲間ですからね。その願いをできうる限り叶えただけです。使い捨てだなんてとんでもない。
これでも奮発しているんですよ。
未使用データ。
ゲームにおいて、作られはしたが本編に導入されなかったデータの事だ。導入されなかった理由は様々だ。開発の時間がなかったり、作ったけど使用する機会がなかったり。あとは強すぎて没になった敵キャラもそうだ。
「何言ってるのよ、アンタ。ちょっとメタすぎない?」
あまりのゲームネタにツッコミを入れると、リーンはアタシを指さし答えた。
「それがメタ――外側から見た目線だと分かるのはこの世界の在り方を知っている人間だけですよ。アサギリ・トーカさん。
<フルムーンケイオス>と呼ばれるこの世界の成り立ちを知っているからこそ、私の言葉が『世界を外側から見ている』のだと分かる。その力を振るっていることが分かるのです」
「…………なにそれ? この世界が<フルムーンケイオス>と同じだって気づかないヒトからみたら、気付かないってこと?」
「はい。ステータスにそういう制限がかかっていますので」
ステータス。それが悪魔が作り出したというのが本当なら、ステータスを持つモノは皆悪魔の掌の上にある。だからメタ発言をしても気づかない。そういう感じ? そしてこの世界がゲーム世界だと知っているアタシはその効き具合が弱い。そんなところね。
「正確には貴方にもかかっているのですが……あなたはこの世界を知っているという前提のほかに、一歩引いた考え方をするようですね。自分を絶対視せずに客観的に見れる。世界そのものを冷淡に見る。そんな部分が」
「アタシ、クールだからね。そこのナタみたいに馬鹿みたいに叫ぶおっさんと一緒にしないでよね」
「むしろ他人を信用しないと線引きして、拒否する壁を作っているようにも見えますよ。
しかしこのタイミングで貴方がラクアンにいるとは予想外でしたね。本来の目的ならラクアンを制圧した後でヤーシャに戦争を仕掛け、その混乱に乗じてあなたを捕らえる予定でしたのに。うまくいかないものです」
「は? なんでアタシが悪魔につかまんないといけないのよ」
「そういう契約がありまして」
はぐらかすように肩をすくめる悪魔。これ以上は言うことはない、とばかりの態度で会話を拒否する。
「ともあれこれにてお終いです。ラクアンは肉の塊に飲まれ、モンスターも人も住めない地域になる。ある意味不干渉地帯ができるわけですから、互いにとって痛い話なのが残念ですが」
再度悪魔が指を鳴らす。その音と共に肉塊は震え、体のいたるところから植物が生えるように触手が生まれた。それは四方八方に飛び、壁を突き抜けていく。そしてそのうち数本が、アタシの体を捕らえた。体中に絡みつき、締め付けてくる。
「な――」
何すんのよこいつ、なんて悪態をつく暇もない。抵抗できないほどの力で触手はアタシを引っ張った。落ちるように肉の塊に引きずられる。
触手に引っ張られたアタシは肉の塊に埋め込まれていく。見れば聖女ちゃんもおねーさんもアイドルさんも触手に囚われ、そして肉の塊に飲み込まれていた。
「さようなら」
そんな悪魔の言葉が耳に届くころにはアタシの体はほとんど肉に埋め込まれて、視界も意識も闇に閉ざされる。
「そうそう、遺言はゆっくり考えてください。時間はたっぷりますから。
貴方が寂しくて気が狂うまで」
意識が途切れる瞬間に聞こえたのは、そんな悪魔の台詞だった。
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