29:メスガキは肉に飲み込まれる

 全身が熱く、ぐちゃぐちゃになったような感覚。脳みそが蕩けて、なにかもが気持ちいいだけの感覚に支配される。


 自分がどうなっているかなんてわからない。あの肉の塊に吸収されて飲み込まれ、次の瞬間には熱い何かで貫かれた感覚とともに頭が真っ白になった。開いた口の中には何かが突っ込まれて、その感触も蕩けていく。


 明滅する白と黒。震える体。体中を包み込む肉の脈動、だけどその感覚も一秒ごとに脳を刺激する感覚で消えていく。


 ああ、これは――アタシはこの感覚と似た感覚を知っている。


「は、あん♡」

「ふやぁ、あ。しびれ……ひっ、い!」


 新しいアビリティをとったときのあの感覚。


 自分と言う存在が作り替えられていく感覚。見知らぬ何か。よくわからない何かに体をいじくられ、書き換えられていく感覚。ステータスと言う得体のしれない何かにより体を調べられ、教えられる感覚。


 それが連続でアタシの体を襲っている。自分でステータスを操作したときのような予期できる動きではなく、自分ではない何かによる力加減なしの圧倒的な奔流。抵抗する術もない暴力。


 死ぬ。


 なんて恐怖はない。むしろそんな感覚さえも浮かばないほどの強烈な波が何度も繰り返される。たとえるなら嵐の中の小舟。濁流に飲み込まれ、何もかも分からなくなった状態。まあ、アタシ船に乗ったことないんだけど。


 このまま、溶けそう。


 うん。感覚としてはそれが近い。どろどろになって自分自身が溶けそうな感覚。アタシと言う存在が肉に溶けて、そのまま薄められそうな感覚。それがだめだと思う倫理とか常識さえも起きないぐらいに、溶かされていく。


 アタシと肉の境界が溶けていく。アタシと言う存在が肉になっていく。シチューをかき混ぜるようにアタシと肉が溶け合っていく。アタシはこの肉で、この肉はアタシ。そんな意識さえも溶けていく。


「あ、やば……」


 眠気に似た脱力感。これに身をゆだねればきっと気持ちいんだろうけど、そうなると永遠に目覚めることはない。なんとなくそれが分かっていた。断続的に襲い掛かる落下感に耐えようとするけど、なんでそうしないといけないかが薄れていく。


 このまま、とけあうのも、わるくない、かも?


 そう思う一方で、一歩引いた目線でアタシはツッコミを入れる。


「あー、でもこれはアレね。大体のパターンで抵抗しないとダメな奴よね」


 個性をなくして一つになったら人類皆平和とか、そういうヤツ。一つの価値観、一つの個性、一つの常識、一つの倫理。それに従ってたら戦争もなく幸せになれる。そんなどこかのアニメかゲームかのオチ。そんなゲームオーバー。


「あれ?」


 そう思った瞬間に、どろどろでわけわかんなくなってた意識が戻る。頭がすっきりして、顔を洗ったみたいにすっきりしてきた。途端に自分を組み替えられる感覚が消失する。


「って言っても、どうしようもないんだけど」


 でもそれだけだ。目を開けても光がないのか何も見えないし何も聞こえない。手足も動かない。体中麻痺したみたいに感覚がない。自分がどうなっているかさえわからない。上も下も横もわからない真っ暗な空間に浮いているのか寝ているのか。そんな感覚だ。


「ステータスの確認は……できる。ってことは」


 こんな状況でもステータスウィンドウを開くことはできる。何がどうなっているかはわからないけど、ステータス的には何の変化もない状況だ。でも動けない。これが有名な『かべのなかにいる』状態? 死んでないけど動けない。


「アイテムとかアビリティは……使えてるのかな? でもHPが回復しているような気がする」


 ゲームでやるようにアイテムを選択したり、アビリティを使ってみる。こっちの世界に来てからは意識して体を動かさないといけなかったけど、今は思うだけで脳内に使ったアイテムの感覚が広がる。ジュースを使えば甘い感覚が。装備を替えれば装備が変わったんだなと言う感覚が。


 本当にそんな感覚。自分の事なんだけど他人事。言葉通り、ゲーム内のキャラを操作しているような感覚。そしていろいろやってみたけど、肉の塊をどうこうできるわけではなさそうだ。


「あ。パーティチャットができる」


 意識するだけでステータスが切り替わり、カーソルを動かすように選択ができる。パーティ欄を開き、そこにいるメンバーを確認する。アタシの名前は確認できたけど、他の3名が酷いことになっていた。


『YGTK<M+KU

 GGIRTUBUJ

 ??lUIHTGI』


 めちゃくちゃ文字化けしている。ナタのステータス並みにわけわかんない状態だ。

 

 だけど上から順番なら、一番上が聖女ちゃんのはず。とりあえずそこに意識を向けて、話しかけた。


『ちょっと、そっちはどうなってるの?』

『どうもこうもありませんよトーカさん。今日は入学式なんですから。早く起きてくださいね』


 は? 入学式?


『ぽかんとしないでくださいよ。早く着替えて! 同じクラスになれるといいですね』

『なに言ってんのよ、アンタ。頭ボケた?』

『寝ぼけているのはトーカさんですよ。ゲームのやりすぎなんですから、もう少し節度というモノをですね』


 だめだ。会話がかみ合わない。入学式とか何言ってんのよこの子は?


 一旦チャットを中断して、おねーさんの方に話しかける。


『おーい、おねーさん生きてるー?』

『死にそうです! ああああああああ、少年少女に囲まれての新生活! 金髪赤目のクール系少年! 元気で清楚な体育会系少年! 毒舌眼鏡の生意気少年! 黒髪清楚なお嬢様少女! ダウナーで距離取るけど実はデレな無口少女! 犬っぽく懐いてくるわんわん系の少女! もう、もう死にそうですぅぅぅぅぅ!』

『…………あー。えーと、とりあえず起きて。そして生きて』


 通常運行なんだかわけわかんない夢見てるんだかよくわからないおねーさんである。


『わかっていますトーカさん! そんなツンツンしているけど、貴方の心が優しいことは! あなたも好きです愛してます! だって少年少女はこの世の宝――』


 こっちもこっちで会話にならないので、チャット窓を切る。


 なにこれどうなってんの? 二人ともわけわかんない夢見てるみたい。いやまあ、おねーさんはある意味いつも通りなんだけど聖女ちゃんがこの状況で入学式とかわけわかんない。


 アイドルさんにもつないでみたけど、


『きゃるるんきゃるるーん! 全国300万人のアミーちゃんファンの皆さんこんばんわー! ホールを借り切ってのアミーちゃんコンサートだおだお! みんなのパワーで、コンサートを乗り切ろーぜいぜい!』


 予想通りダメだった。どんな夢見てるのか想像できるけど、まあ気持ちのいい夢を見ているようだ。


「……よくわかんないけど、これって自分の都合のいい夢を見せられているとかそういう感じ?」


 これもどこかのアニメとかゲームで見たようなイベントだ。『幸せな状況』を見せて反抗する意識を奪い、永遠に捕らえる。そのまま抵抗力を奪ってしまうというヤツ。


「そっか。あの眠気に囚われたらアタシもああなってたのか。どんな夢見せてくれるのか興味があったけど」


 あのリーンとか言う悪魔が言っていたけど、アタシには悪魔がステータスをいじる関連の攻撃は効きづらいらしい。聖女ちゃん達が今受けている精神攻撃みたいなのもその関連だとすれば、アタシが途中で目覚めたのは当然なのかも。


「アタシの幸せ……」


 うん、オジサンとかその辺を延々とからかってるとかそんな感じかも。イキってる大人を見下すのは、楽しい。悔しがるオジサンとかを見下ろして罵るのは最高だ。きっとそういう夢を延々と見させられるのだろう。


 そして『もー、トーカさんは仕方ないですね』とかツッコまれて。あとはおねーさんあたりが『はわわ。S顔のトーカさんにぞくぞくします』とか悶えて。


「あとは、メタってボス倒したときとか。自分の戦略がうまくいった時とか」


『さすがトーカさんです! おかげで楽に勝てそうですね』

『ふふふ、快進撃する幼女、たまりません! いいね!』


 こんな感じで褒めたたえられて。んでもって、


『次はどうしましょう、トーカさん?』


 聖女ちゃんの育成に頭を悩ませて。あの子の希望を叶えるためにいろいろ考えて、それを相談したり。おねーさんはそういうのは悩みそうにないかな。ずっと針子一直線って感じだし。職人だもんねー。


 ………………。


「……あー、そっか。アタシの幸せって」


 指一本動かせず、温もりも冷たさもない状態で、アタシは気づく。


「誰かと一緒じゃないと、手に入れられない事なんだ」


 何も見えない。何も聞こえない。何も感じない。生きているけど、何もない状態。みんなは幸せな夢に浸ってるのに、アタシはそれに浸れない。取り残されて、独りぼっち。


 途端に寂しくなってきた。暗闇の中、アタシは一人。死ぬことも、夢に溺れることもできないまま、ずっと一人。


「そっか。悪魔らしい拷問よね、これ。ムカつく……」


 強がってみるけど、それも空しい抵抗。去来する孤独という圧力に押しつぶされそうになる。一秒ごとに増していく無と言う圧力。孤独と言う地獄。皆が幸せな中、アタシだけが感じる虚無。


 アタシは――

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