16.5:復讐のナタ(side:ナタ)
ナタと呼ばれる少年は、ラクアン領主の長男として生まれた。領主が街の名前を襲名するヤーシャの制度に従い、ナタも自分が五日はこの名前を襲名すると信じていた。
そしてそれは地位的な意味でも能力的な意味でも自他ともに認めることであった。他にも優秀な兄弟姉妹はいるが、ナタの活躍には及ばない。文武両道を体現するようにナタは頭角を現す。
壁の向こう側への魔物を退け、同時に町の治安を守るための武力を得た。炎の槍を手にしたナタの戦いはまさに無双。隣に並ぶものなし。ナタの後に兵士が続き、人間の領域を守ってきた。
また政治の面でもナタの活躍は素晴らしかった。治安組織を強化し、犯罪率を減らした。一時的に税を軽減してラクアン内の経済を活性化させ、町の発展に大きく貢献した。魔物との領域が近いラクアンという街だからこそ物資の流通が大事だと主張し、多くの財を得た。その財を町の発展に使い、壁の強化に使用して町の安全を保障する。
「ボクはいずれラクアンとなる者。ラクアンは、そして街の民はボクのモノなんだからね。ラクアンを大きくするのは、当然のことだよ」
その発言は、最初は街を統治するものとして受け取られた。町も、民も、皆統治して守り抜く。それだけの気概があり、それだけの行動力がある。ナタが新たな領主になればさらに町は発展するに違いない。
だが、その思考は少しずつ傲慢になっていく。ナタが20歳に近くなり、時期に領主襲名となるにつれてそれは顕著となってきた。
まだ領主として襲名する前に多くの権力を欲し、我がものとした。軍事力、警察機構はすでに手中に収め、政治力や商業の権利も手に入れようとする。じわじわと力を手にし、そして街の施設や民そのものまでに手を出すようになる。
「お前たちが生活できるのは、このボクがいるからだ」
「そうだ! ナタ様のおかげでお前たちは生きていれるんだ。それを忘れるな!」
「感謝の心を態度と物資で示してもらおうか!」
最初は壁防衛用の物資調達だった行為は、いつしか一方的な徴収となる。それを自分の配下に分け与え、そして豪遊する。実際に魔物からラクアンを守っていることもあり、誰も口出しできなかった。
「ラクアンの時期領主はスーに決定する。
ナタ、お前にラクアンの名を襲名させるわけにはいかない」
そして、最終的にはナタの妹であるスーが次期領主となると決定された。一族及び他官僚満場一致の決定だ。
「なんだと!? ボクがラクアンになるんじゃなかったのか!」
「頭を冷やせ、ナタ。最近の貴様の行動は目に余る。一度反省し、スーを補佐するように」
親であるラクアンは、一度反省させて頭を冷やせば事は収まると思っていた。もとより優秀な能力を持つナタだ。昨今の傲慢な態度は若気の至り。失敗もまた糧になる。それをバネにして領主となった妹を補佐し、ラクアンは反映するだろう。そう信じていた。
「ふざけるな。ラクアンは、ボクのモノだ!」
――しかし、そうはならなかった。
ラクアンの名を襲名し、この町の領主となる。この町はボクのモノだ。幼いころからそうなると信じてきたナタは、妹がラクアンの名を襲名することに耐えられなかった。よこせ、それはボクのモノだ。ボクが得るはずだったモノを、返せ!
ナタは武力で親を殺害し、そして妹に手をかけようとする。しかしその凶刃は妹に届くことはなく、部下であった兵士に止められた。多くの支持者を失ったナタはそのまま魔物の領域に逃亡する。ラクアンはおろか、ヤーシャ全体にまでナタの失態は知れ渡っている。逃げる先は、魔物の領域しかなかった、
人間としては力あるナタだが、魔物の領域では最下層と言ってもいい。壁付近ならいざ知らず、壁が見えなくなる範囲になればナタ個人の力では太刀打ちできない。人間大程度のモンスターですら、見つかる前に逃げるしかないほどの実力差がある。不意を突いて自分より小さいカエルやトカゲ(それさえも真正面から戦えば、大けがを負う)を狩り、飢えをしのぐしかない。
「なんでボクがこんな目に! ボクはラクアンだ。ボクこそがラクアンなんだ。そのはずなのに……!」
飢えと共に恨みは積み重なり、傷と共に呪詛は積み重なる。ナタにはもはや町を魔物から守りたいという気持ちは失われ、ラクアンを自分のモノにすることしか頭になかった。あの町にある者、あの町に住む者、それは全部自分のものだ。誰にも渡しはしない!
そして、十年の月日がたつ。十年の間、ナタは怨念を溜め続け、生き延びた。
「十年蓄積された怨念。たいしたものです。ただの人間がここまで負の感情をため込むなんて」
そんなナタに『何か』が声をかける。蝙蝠の翼を広げた青肌の女性。リーンという名の悪魔。
「ええ、褒めているんですよ。この領域でここまで生きてこれた生存能力も、十年間研ぎ澄ました願いも」
「ラクアン……ボク、ノ、モノ」
もはや言葉をしゃべることもできないほどに狂ったナタ。そんな様子を見てリーンは微笑む。
「ええ、貴方が契約するなら力を与えましょう。いい。貴方の感情を起爆剤にすれば、新たな悪魔となることも可能です。この世界に存在する『役』を纏うのではなく、この世界には本来ない新たな存在に。
どうします? 『ラクアンを治める』『ために』『悪魔になる』のなら力を得られます。契約しますか?」
十年間言葉を発することのなかったナタに、リーンの言葉を理解するだけの能力はない。悪魔とか、『役』とか、この世界とか、何のことか理解はできない。だけど確かに理解できることはある。
「ラクアン……ボクのモノ! ヨコセ! そのための力、ヨコセエエエエエエエエエエ!」
ラクアンはボクのモノだ。ラクアンを手に入れることができるなら、なんだってする。
「ここに契約は成立しました」
笑みを浮かべるリーン。
ナタの体は変質する。頭部が三つに増えて融合し、背中から新たに4本の腕が生える。増えた頭部の分だけ知識と知恵が流れ込み、生えた腕の分だけ戦闘技術が増す。流れ込む知識が自分が契約した相手の事を理解させ、しみこむ戦闘経験が悪魔の力の意味を理解させる。
「そうか、これが悪魔。この世界の異物か。……いや、正しくはこの世界が悪魔にとっての異物」
「理解不足のところを無理やり契約させた節がありますので、今なら契約解除は可能としますが、どうなさいます?」
リーンは告げる。今の契約成立は少し強引すぎた。説明不十分で相手の理解を促さないままのサインだった。今なら悪魔の力を破棄し、人間に戻すことはできると。
「まさか。むしろ感謝するよ。力をくれたこと。悪魔という立場にしてくれたことを。
これで正しく、ボクはラクアンを支配できる。人間という罪人を罰し、正しい支配者が君臨する町へと。そしてゆくゆくは国を、そして大陸を統べる存在となろう」
「ご理解頂ければ幸いです。しばらくは、力を蓄えるために人と化して活動してください。ヤーシャにある五つの宝を集め、五行結界を作り出すまで」
「いいだろう。正しい支配者の正しい街の為だ。埋伏する毒のように、ラクアンに潜んでおくよ。
それに、久しぶりに人間の羨望を浴びるのも悪くない。愚か者がいずれ自分を滅ぼす存在をあがめる姿。それを想像するだけで楽しみだ」
リーンに勧められるままにナタはまだ幼い姿に変化する。皮肉にも、ラクアンの為に真摯に働いた時代の姿に。
そしてナタは『ラクアンの街を守る将軍』として君臨する。町の人間は突然現れたナタを疑いもしない。むしろ長年町を守ってきた名称軍として認識する。それが悪魔の力。『ラクアンにいる人』は皆悪魔の力に囚われる。解除されれば支配されていたことさえ覚えていないだろう。
ナタは崇められると同時に架空の
ラクアン外部からは結界の効果で手出しはできず、内部の人間は見当違いの捜査を行い無駄に時間が過ぎる。その間に結界を完成させればいい。五行結界さえ完成すれば、この世界は意のままに操れる。
「ああ、でもお気を付けください。唯一、この力が通用しない存在がいます」
リーンは一つだけ注意を残していった。
「この世界の理を知る者。この世界の在り方を知る者。私たち悪魔と同じ、俯瞰してこの世界を見れる者。それには通じません。
私たちを正しくこの世界にふさわしくない異物なのだと認識できる相手がいたら、即座に排除してください」
そのようなものに出会ったためしはないが――
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