14:メスガキは理解が追い付かない

 宿の窓から差し込む朝日。それがアタシを覚醒させる。心地よい微睡みの中、まだ布団にいたいという甘い誘惑に耐えながら、今日は何しようかと考える。一日の始まりのこの瞬間こそが、最も幸せ――


「大変ですトーカさん!」


 ――なんだけど、その時間は聖女ちゃんの叫びであっさり消え去った。


「もうなによー。変な虫でもいた?」

「クーデターです!」

「……はい?」


 何言ってんのこの子。もしかしてアタシまだ夢の中とかそういうオチ? そんな顔をしていていたんだろう。聖女ちゃんの表情が一段とあわただしくなる。


「まだ詳細はわかりませんが、軍がラクアン領主宅を襲ったそうです! その後で町の支配を宣言し、ラクアンの政治を司る大臣が国に独立を求めています! 逆らえば、魔物側の防衛を解除すると!」

「待って待って待って。理解が追い付かない。えーと、要するにどういうこと?」

「ああもう! 顔を洗って着替えてください! 時間レベルで状況は悪化してってます!」


 言われるままに顔を洗って、服を着替える。その間に聖女ちゃんの言っていることを脳内で整理していく。


 クーデター。


 詳しい意味はわかんないけど、要するに軍隊による武力革命だ。力ずくで政権を奪いとり、自分のものにする。ざっくりだけど、あまり間違ってないはず。んで、言うことを聞かないと魔物側を守っている壁の兵士を撤退させるとか、そういうことを言ってる?


 ヤーシャの壁は隣国の魔物の領域の防衛線だ。ここを解除されれば、ヤーシャは魔物に蹂躙される。魔物側に『かつて人間側の都市だった』フィールドやダンジョンはあるけど、あんな感じになる。建物は壊され、ドクロが転がり、人型のアンデッドやそれが積み重なったような気持ち悪いモンスターが跋扈する。


「……まあ、いい気分はしないわね」


 ラクアン自体に思い入れはない。むしろ兵士に追いかけられたりでいい迷惑だったけど、だからと言って滅んでほしいというレベルでもないわ。


「とりあえず、わかってるだけの情報を教えて」


 服に袖を通し、気合を入れる。意味はないけどキョンシー服。郷に入っては郷に従う感じね。アタシが完全に目を覚ましたのを見て、聖女ちゃんもうなずいた。


「クーデター勃発は夜中です。領主の館、役所、ラクアンの各門、そして壁。それらを占拠したという表明が出ています。町の出入り口は完全に封鎖されて、出ることはできないようです」

「うわ面倒ね。さすがにこの状況だと虎退治クエストとか無理でしょうね」

「そもそも通過する壁そのものがクーデターの占拠対象ですから。

 要求はこのラクアンの独立です。断るのなら、魔物側の壁を解放するといっています」

「独立とかよくわかんないけど、自分の国が欲しいってことなの?」

「おそらくは。……ただ、町の人の話を聞くと誰もそんなことは望んでいないようなんです」


 一泊置いて聖女ちゃんは続けた。


「このヤーシャという国の治世は良好だったようで、町の人もおおむね満足していました。独立して支配から逃れたいという感じはなく、むしろこのクーデターに迷惑を感じているようです。

 大臣が暴走して、政権を奪い取ったような感じですね」

「よくわかんないけど、誰かのワガママで迷惑してるってことね。

 で、誰よそのワガママした人は?」

「はい。私たちが昨日会ったアベ右大臣を始めとした五大臣です。

 実際に軍を率いたのはナタと呼ばれる将軍のようです」


 ナタ。あー、あの子か。確かにラクアンにきついお仕置きしといて、って言ったけどここまでする? やりすぎじゃない。


 という思いはあったけど、アタシは別の事が気になった。聖女ちゃんの物言いだ。


「ナタって昨日会ったあの子よね?」

「……え? 昨日?」

「っていうか何とかって大臣、昨日会ったっけ?」


 アタシの問いに、呆けたようになる聖女ちゃん。


 まるで昨日ナタに会ったことを覚えていないようである。っていうか、忘れてる?


「マジで? 昨日ナタに火鼠の皮衣渡したじゃん。おねーさんと一緒に」

「おねーさん……ソレイユさんですよね? 確かに火鼠の皮衣を此処に持ってきましたけど、それはアベ右大臣に渡しませんでした?」

「はい? あべ? 誰それ?」

「『五つの宝』の話ですよね? 竹取物語にちなんだ5名の大臣に渡すお話で。……どうしたんですか、トーカさん? 信じられない、って顔して」

「……ちなみに、そのあべって大臣はどんな人? 亜麻色の髪した少年とか?」

「普通の大人でしたよ。私たちの世界で言う平安時代の貴族の服を着ていました」


 何言ってるの聖女ちゃん。と言いかけて、口をつぐんだ。この子はこんな噓を言う子じゃない。この子の中では、火鼠の皮衣は阿部って人に渡したのだ。


 忘れているどころじゃない。もっと別の、アタシが理解できない何かが起きている。アタシの表情を見て、けげんな表情を浮かべる聖女ちゃん。何か間違ったこと言ったかな、って顔だ。


「厄介なことになりましたねぇ。しばらくは外出禁止見たいです」


 そんなアタシ達に話しかけてくるおねーさん。ほほに手を当て、ため息をついている。


「おねーさん、ナタって子知ってるわよね?」

「はい、クーデター実行者ですよね」

「そうなんだけどそうじゃなくて。……えーと、おねーさん好みの子で、その子に火鼠の皮衣を渡そうとしたのがアタシ達の出会いだったわよね」

「えーと……? 確か出会いは三暗で仲良く狩りをしているお二人にズッキューンときてハアハア悶えているところを助けてもらったような……」

「その出会い方もどうよって、って今さらツッコむけど。まあ、いいわ」


 問題はそこではない。あのロリショタ妄想全壊(誤字にあらず)なおねーさんがナタの事を忘れている。間違いない、異常事態だ。


 おそらくアタシ以外の全員がナタっていう子の記憶がないんだろう。町のパレードであれだけ騒いでいた人たちも、おそらくは忘れている。この世界にいなかったことになっている。


 ……どういうことよ、これ?


「どうしたんですか、トーカさん?」

「ごめん。理解が追いつかない(二度目)。とりあえずクーデターは理解したわ。

 ちなみにクーデターを起こしたナタってどういう姿してるの?」

「封神演義の哪吒ナタのように、3つの顔に6本の腕を生やした少年です」

「思いっきりモンスターじゃないの。なんでそんなのに従ってるのよ、この町の兵士達は」

「それも含めて不明です。ただその姿が相まって魔物側の門扉開放という脅しが現実味を帯びています」

「ちなみにおねーさん的に今のナタって少年はどうなの?」

「さすがに人外系は範囲外でして。ああ、でも考えようによっては三種三洋のシチュエーション!? ワイルドな顔つきの少年に強引に迫られたり、甘いマスクでとろかされたり、怜悧な視線で見下されたり! いけません、ワタクシ。相手は人ではない存在。でも人じゃないからこそ生まれる背徳感!?」


 安定したぶっ壊れっぷりである。


 逆に言えば、心の底までこんな感じのおねーさんでも覚えていないというぐらいに『前の』ナタは人の心に残っていないのだ。アタシ以外には。


「……まあ、いいわ。冷静になってみたら、そこはあまり重要じゃないわね。現状の問題は『クーデターで身動き取れない』ってことか」


 わかんないことはいったん棚上げ。今の問題に目を向けるアタシ。


「そうですね。それに魔物側の門を開放すれば多くの死人が出ます。それは止めなくては」

「ですがこれほどの事件となれば国家の問題。ワタクシ達がどうにかできるレベルではありません」


 正義漢100%の聖女ちゃんと、戦闘不得意一般人なおねーさんの意見だ。そしてそれはこの町のほとんどの人間の意見だろう。軍に逆らうだけの力もなく、ナタの姿に委縮する。壁の向こう側の脅威におびえ、逃げることもできない。


「ここら辺が魔物領域になれば、壁超えるクエストなしでも高レベルモンスターと戦えそうだから、レベリング的には楽なのよね」

「トーカさん」

「冗談よ」


 9割本気のアタシの要望は、聖女ちゃんの鋭い視線で却下された。


 しょうがないわね。なんとかしますか。

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