13:メスガキはナタと会話する
「将軍ナタの名において、双方武器を納めてほしい」
亜麻色の髪をした少年がそう言うと、不承不承ながら目の前の兵士は剣の柄から手を放した。その顔には不満の色が見える。
「…………」
アタシはそのナタって子をじっと見ていた。さっき遠目で見た時に感じた違和感は、より濃いものとなっている。<フルムーンケイオス>の知識があるアタシの知らないNPC。いるはずがないのにいる何か。
あの時はその感覚を言葉にできなかったけど、今はわかる。二度目なのと、ここまで近くにいるからだ。
異物感。
目の中に埃が入ったような、喉がつっかえるような、そんな気持ち悪さ。ここにいちゃいけない何かが、ここにいる。
「アンタ、誰?」
不快感を隠そうともせず、アタシは問いかける。スネークダガーを握る手に力がこもる。こいつを前に油断しちゃだめだ。理由はわからないけど、そんな警告が鳴り響く。
「初めまして、オルスト皇国の英雄様。ボクの名前はナタ。このラクアンで兵を束ねる将軍をしている者です」
言って一礼するナタ。頭を下げるけど、一定の貫録を感じる動き。高い地位の人なのは間違いない。ないんだけど――
「トーカさん、武器を。落ち着いてください」
背後から肩を叩き、ダガーを持つ手を握ってくる聖女ちゃん。心配するような表情でアタシを見ていた。
「何よ。アタシは落ち着いてるわよ」
「今にも襲い掛かるかも、って感じでしたよ」
「……気のせいよ」
アタシはダガーを<収容魔法>に戻す。確かにちょっと危なかった。浅く深呼吸して、気持ちを落ち着かせる。
「それでこの騒動の原因は何だい?」
「アンタに火鼠の皮衣を届けようとしたんだけど、いきなり襲われたのよ」
アタシはこれまでの事を説明する。アイドルさんから聞いたことも含め、ラクアンとかいう女とその命令で動いている兵士の事も。
「それはいただけないな。秘密裏にボクに届くはずの皮衣を奪おうとしたのか。このことは、後で追及させてもらうよ。さあ、任務に戻って」
ナタは兵士にそう言い放つ。顔を青ざめた兵士は、そのまま走って去っていった。あの兵士がラクアンって女の部下なら、火鼠の皮衣がナタに渡されたことは伝わるだろう。
(まあ、どうでもいいわよね。アタシの関係ない所の政治の話なんか)
いろいろバタバタしたけどこの騒動もこれで終わり。ここでおねーさんが火鼠の皮衣を渡して、ついでにナタって子にラクアンって女をきつくお仕置きしてもらえればおしまいだ。
「それで肝心の皮衣はどこなんだい?」
「えーと、おねーさん? 立ったまま気絶してる?」
「はひぃ!? だだだだだだいじょうぶでございましゅ! その、あの、こちらが火鼠の皮衣です! 心を込めて、織りました!」
至福の表情で呆けていたおねーさんが、慌てたようにナタに包みを差し出す。ナタはその包みを開け、中に入っている服を見て頷いた。
「うん。確かに火鼠の皮衣のようだ。確かに受け取ったよ」
そして包みを戻す。ちらりと中を見ただけだ。どういう服なのかとか、どういう見た目なのかとかそういうのは確認していない。ただ、火鼠の皮で作った服というのを確認しただけだ。
「貴方達には迷惑をかけたようだね。宮廷内の騒動に巻き込んで済まないと思ってるよ」
「いいえ。これで自体が解決するなら問題はありません。差し支えなければ、何故五つの宝を求めているか、教えてもらえないでしょうか?」
ナタの謝罪に応える聖女ちゃん。そして聖女ちゃんがずっと疑問に思ってたんだろうことを問いかけた。
五つの宝。かぐや姫が求めた宝物。それを探す理由。
「まさかとは思うけど、お姫様と結婚したいから探していた、なんて理由じゃないわよね」
「何の話だい? ボクはただ、珍しい宝を求めてるだけだよ」
アタシの問いかけに、疑問符を浮かべるナタ。竹取物語とかは関係ないみたい。そもそもそれなら一つで十分だし。
「それは兵士を使ってまで欲しがるものなんですか?」
「さあ? 人の価値観は様々だからね。でも今回のはさすがにやりすぎだ。職権乱用もほどほどしてもらいたいね」
「キツく言ってちょうだいだね。アタシ達迷惑被ったんだから」
「約束するよ」
言って笑顔を向けるナタ。その笑顔に眉を顰めるアタシ。なんというムカムカする。生理的に受け入れない感じ。でっかいクモ見たときとか、そんな受け入れられない感じ。
「そ。じゃあ行きましょ」
アタシはそう言って踵を返す。なんというか、これ以上此処にいたくない。正確にはあのナタってこの傍にいたくない。自分でも理由が分からないのが一番怖いけど、とにかくダメ。
「もう行くのかい。お詫びにお茶でもと思ったんだけど」
「遠慮するわ。詫びなら行動で返してちょうだい」
「あ、トーカさん! お誘いはありがたいのですが、私もお断りさせていただきます。ソレイユさんはどうします?」
「ナタ様と二人きりなんて耐えられるわけないじゃないですかぁ!? あ、その、でもナタ様が嫌いと言うわけではなく! むしろ爆推しだからこそ触れられない聖域。遠くから見守っていたいというココロ! ああ、この穢れたワタクシが恨めしい! それではご活躍期待しています!」
社交辞令なのか本気なのかお茶に誘うナタ。アタシは一も二もなく断って歩き出し、聖女ちゃんとおねーさんもそれに続くように断ってアタシを追ってくる。ナタもそれ以上何かをするつもりはないのか、軽く手を振って城のほうに戻っていった。
「どうしたんですか、トーカさん。なんていうか変ですよ?」
「アタシが他人に攻撃的で口悪いのはいつもの事じゃないの」
「それはそうなんですが」
若干早歩きで移動するアタシの背中越しに問いかける聖女ちゃん。
「ですけど今のは異常ですよ。トーカさんは無礼な相手には容赦ないですけど、ナタさんは少なくともそうではなかったですよ。なのになんであそこまでイライラしていたんです?」
「言葉になんないんだけど……ダメ。キモイとかそんなんじゃなくて、あの子が目の前にいるのが耐えられなかったのよ」
「らしくないですね。トーカさんの悪口ボキャブラリーがそこまで曖昧なのは」
「……もしかして、地味にディスられてる?」
そういうつもりでは、と言い淀んだ後で聖女ちゃんは言葉を続ける。
「いえでも、そういうことです。トーカさんは意味もなく人を見下したりは……しますけど、その理由というかここがダメだというのはきちんという人です」
「客観的に見て、アタシすんごく性格悪いように聞こえるんだけど」
「まさかトーカさんは自分が聖人君子で良い子だと思ってるんですか?」
「アタシは正しいこと言ってるから良い子なのよ」
「ああ、遠慮のない口喧嘩に見えて実は仲がいい幼女達尊い……」
離れたところでおねーさんが何か言ってるけど、聞き流しておく。ついでに良い子悪い子論争も終わったんで話を戻す。アタシはよい子。はい論破。
「つまり、理由を言語化できないのがアタシらしくないって言いたいの?」
「はい。ナタさんとは五分もない会話でしたけど、トーカさんは明らかに不快を感じている態度でした。特に相手が礼節を書いた様子もありませんし、むしろ友好的だったにもかかわらず」
「それはアタシもわかってるわよ」
ため息をつく。実際、あのナタを罵ったり馬鹿にしたりする要素はない。アタシが感情的に受け入れられないだけだってことはわかってる。
「でもなんかダメ。そうとしか言えないわ。
もうこの話はこれで終わりにしましょ。どうせナタに会うことなんてもうないんだし」
自分でも強引だなと思う話の打ち切り方で、ナタの話題を終わりにする。聖女ちゃんもそれ以上は追及しなかった。
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