12:メスガキは皮衣を届けに走る

 そんなわけで作戦開始。


「いくよいくよー! アミーちゃんのゲリラライブ開始! 歌っちゃうぞ歌ちゃうぞー!」


 作戦自体はアイドルさんのファンクラブが兵士達の動向を探り、最も兵士が集まりそうな場所でアイドルさんが歌って踊って引き付ける。その間にアタシ達がナタとかいうこのところの向かう。そんな感じね。


「アイドルさんの人気とか知らないけど、さすがにラクアンの兵士全員は引き付けられないから、戦闘になることは想定しといたほうがいいわね」

「できることなら荒事は避けたいですけど、仕方ありませんね」


 完ぺきとは言えない作戦だけど、こういうのは雑でも素早く行動するほうがいい。時間が経てば組織力の差で追い込まれるのはこっちなのだ。やると決めたら行動は素早くやるのがいいのよ。


「……皆さん、よろしくお願いします」


 火鼠の皮衣を持ったおねーさんが硬い表情で頷く。戦闘力のないおねーさんを押さえられればおしまいだ。それだけは注意しないといけない。


「でもまあ、ラクアン兵士自体は牛頭馬頭よりも弱いんだし、戦闘自体はどうとでもなるのよね。問題は、強さと数かな」


 アタシの弱点は『自分より弱い相手に数で押されること』だ。アタシのダメージリソースは『格上殺し』によるトロフィーの固定値。遊び人の素の攻撃力は低い。範囲攻撃もないので、数の暴力はちょっと面倒になるわ。


 倒すこと自体はプリスティンクロースによる動物特攻でどうにかはなるけど、攻撃できるのは一人ずつなので時間がかかるのは間違いない。そして時間がかかればほかの兵士達が可能性が増えて不利になって行くわ。


「できることなら説得して引いてもらいたいんですけど……」

「それが無理だってことはアンタもわかってるんでしょ」


 納得しきれないけど納得するしかない、とばかりに聖女ちゃんが額に手を当てる。話し合いのターンは終わったのだ。


「ではでは、ライブ開始と同時に【妖精花火】あげるね。派手に行くから大丈夫だと思うけど、見逃さないでらんなうぇーい! ごーごー!」


 作戦開始は、アイドルさんが派手にアビリティを使ってからだ。ダメージは低いけど広範囲の演出過多な妖精魔法。それと同時にラクアンの城にダッシュする。


「合図ならフレンド登録してチャットすればいいじゃない」

「ノンノン! アイドルはどんな理由でもファンを特別扱いしないの! みんなを平等に愛するから、誰ともフレンド登録はしないのよ。わかってわかって」


 秘密の会話ならフレンドチャットなりパーティチャットなりが一番じゃない、っていう意見はそんな言葉で却下された。なんというか、壁を感じる。目立ちたいならフレンド沢山いそうな気もしたんだけど、そうでもない感じ。


「……なーんか秘密抱えてそうなのよね、あのアイドル」


 アイドルさんが出かけてから、そんなことをつぶやくアタシ。


「トーカさんは人を疑いすぎです。

 ……とはいえ、火鼠の皮衣を欲しているのを公言している以上は、警戒ぐらいはすべきかも知れませんけど」

「うーん。それはそうなんだけど、もっと別の秘密。ステータス見せたがらないのはまあ、個人情報とかの保護なんだろうけど」


 よくわかんないけど、一応敵ではないんだろう。不透明な部分は不安だけど、とりあえず今は気にしてらんないわね。


「――【妖精花火】が上がりました。方向はメインストリートやや南側です」

「おっけ。じゃあちょい裏道通って北通りに出るわよ。そこから城に向かって突っ走るわ」


 アイドルさんの合図と同時に事務所を出るアタシ達。アタシが先導する形で、路地裏を駆け抜ける。


「おい、アミーちゃんのゲリラライブだって!」

「マジか!? あの花火っぽいのはそれの合図か!」

「無許可のライブだと! ええい、このタイミングでか!」

「仕方ない。行くぞ!」


 アイドルさんのライブを見に行く人と、騒ぎを押さえようとする兵士達。その声を聞きながら、アタシ達は城に向かって移動する。アイドルさんの知名度の高さと歌のうまさが相まって、騒ぎはかなり大きくなっているみたいだ。


「このまま何もなく城に行ければいいんですけど」

「そもそも城に行ってすんなりナタって子に会えるとも限らないわよ。門番に止められておしまい、ってこともあるし」

「そのあたりは、私が、依頼されたと、証明書があるので、大丈、夫……はひぃ……」


 息絶え絶えに応えるおねーさん。依頼されている以上、顔パスとまではいかなくとも兵士はナタって子のところまではいけるはずだ。


「ラクアンて女が兵士全員を支配してたらどうしようもないけどね」

「それはないでしょう。あのパレードを見る限りは、兵士からも一定の支持を得ています。哪吒ナタの名前を袖に振るようなことはないはずです」

「はひぃ、ナタ様は、軍の中でも、高い人気の、お方ですので、大丈夫、かと」

「そう信じるわ。でもまあ――」


 アタシは壁に背を当てて、覗き込むように表通りを見た。城の入り口まであと少し。だけど入り口に近いだけあって、兵士の数も多い。


 その全員がラクアンの配下なのかはわからないけど、わからない以上は全員敵だと思ったほうがいい。その前提の上でおねーさんをナタとかいう子に会わせるにはどうするか考えなくてはいけない。


「うーん。全員はっ倒して突撃する?」

「却下です。無謀すぎる上に無関係かもしれない兵士を巻き込みかねません」


 アタシの提案を、すげなく却下する聖女ちゃん。ちぇー。


「んじゃ、囮作戦第二弾ね。アタシが目立ってラクアンて女の息のかかった兵士を集めるから、その隙におねーさんは依頼を果たす」

「え? そんなことをトーカさんにさせるわけにはいきません! 兵士につかまれば何をされるか。ワタクシ、幼女が地下牢に囚われて拷問された挙句に兵士達にアレやコレやされると思うと興奮して夜も寝られません! イケナイ妄想だと分かってはいますが、それを想像してしまうと思わずゲヘヘヘヘヘ……立ち去れ悪魔! でも、でもやめられない! ああ、だめ、そんなところぉ!」

「…………一応心配してくれてるんだなー、って解釈しておくわ」


 なんか変なスイッチが入ったおねーさん。アタシを見て、なんか顔を赤らめてじったんばったん暴れてる。ナニを想像しているのやら。ともあれこの方針は却下しておこう。あとおねーさんは放置で。


「んじゃ『ナタの依頼で皮衣をもってきた』って堂々と正面から行く? それでラクアンって女の域にかかった兵士につかまったらおしまいだけど」

「その時は『哪吒ナタ以外に服を渡すつもりはない。彼の言葉に逆らうつもりか』と強く言うしかありませんね。それで交渉が抉れたら……仕方ありません」


 アタシとしては相手に主導権を取らせるのはよくないと思うけど、よい子の聖女ちゃんを納得させる案はこんなところだろう。


「そこで何をしている! 怪しい奴らめ!」


 そしてちょうどよく兵士がアタシ達を発見する。路地裏から兵士のほうを見て密談していれば、確かに怪しいだろう。


「えーと、ナタって子の依頼で火鼠の皮衣を持って来たんだけど。なんかガラの悪い兵士に奪われそうになったのよね」


 出たとこ勝負で暴露する。兵士はギョッとした反応を見せた。少なくとも火鼠の皮衣がどういうものかを知っているようだ。


「そうか。ならついて来い。案内してやろう」

「それはナタって子のところ? それともラクアンて女のところ?」

「……勘のいいガキだな」


 言って腰の剣に手をかける兵士。まあ、そう簡単にはいかないわよね。アタシはスネークダガーを手にして一歩前に出て、 


「そこまでだよ」


 そんな一触即発の空気に水を差すように、澄んだ声が場を支配する。


「将軍ナタの名において、双方武器を納めてほしい」


 声をしたほうを振り向けば、亜麻色の髪をした少年がそこに立っていた。

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