10:メスガキは面倒なことを知る
「ねえねえ。貴方達が火鼠の皮を狩ったんだって? もう皮衣作っちゃった? もーがくっし、やだやだー」
ハイテンションなアイドルさんはテンションアゲアゲ化と思ったら急にサゲサゲになり、そしてすぐに復活する。
「ふむふむ。あのナタきゅんに合わせてボーイッシュに作ったんだ。革ジャン系のパンキッシュ! 清楚っぽいショタにはアンバランスで逆によきよき!」
「ああああああ、あのアミーさんに理解していただけるなんて……! そうなんです、これは戦士として清廉潔白なあのナタ様の印象をブレイクしようとしたもので! 子供にはこういう服を着せないといけないという固定観念を打破し、新たな価値観を生み出そうというもので!」
「すごいすごい! ソレイユちゃんはナタきゅんの殻をぶち破り! やんやん、アミーちゃんのクリエイトが渦巻いてきゅんきゅん!」
そしてソレイユおねーさんと意気投合していた。この間わずか1分足らず。クリエイター同士意気投合したのはわかるんだけど。
「すみません。私たちは追われているのでできれば場所移動をしたいのですが」
「あとなんか知ってるなら教えてほしいんだけど」
「おけおけ。そんじゃアミーちゃんの事務所にゴーゴー!」
このままここで話をしてたら、兵士達に見つかりかねない。そういうことも含めて移動することにした。アイドルおねーさんに案内されてやってきたのは、ヤーシャっぽい一軒家。看板には『妖精芸能事務所』と書かれている。
「ただいまただいまー!」
アイドルおねーさんの言葉に反応して、事務所内の人が『おかえりなさいませ!』と起立して頭を下げた。どんだけ。
その中の一人が前に出て報告する。
「あああ、アミー様! どこにおられたのですか。外は大変なことに!」
「実は火鼠の皮衣を持った奴らが現れたそうです。奴らを捕らえ、アミー様に献上しようと現在捜索中で」
「4桁ナンバーのファンクラブでは荷が重かったようですが、ここにはファンクラブナンバー100番台の私がいます。一言声をかけていただければ、すぐに捕らえてアミー様に皮を――」
「あのねあのね。皮衣持ってるの、この人この人」
アイドルさんがアタシ達を指す。その瞬間、ざわめき立つ。アタシ達に戦意を向け、そしてアイドルさんのお客だということでそれをいったん引っ込めた。
「何よ。文句ある? っていうかアタシ達襲うつもりだったの?」
確認も含めて煽るアタシ。ファンクラブ? の人達からの返事はない。何か言いたげな表情で言葉を押し込めてる。なのでアイドルおねーさんのほうを見た。
「いえすいえす! まだ服作ってなかったらバトバトしてたかも? でもナタきゅんとラクアンちゃんの争いにまきこまれたっぽいぽい?」
「巻き込まれ?」
「まれまれ。なんか兵士に追われてたし、ラクアン側じゃないのかな? あ、実はアミーちゃんの懐に入るための演技でした、っていうんなら今のうちに口上どぞどぞ!」
「口上とかあるわけないじゃない。アンタの懐に入るメリットなんかアタシ達にないわよ。何様のつもり?」
アタシ達の知らない事情を知ってるっぽいけど、それで勝手に話を進められるとかプチムカつく。そういう
「はいはーい、アミーちゃんはこの世界の4属性――炎、水、土、風――を形に変える
炎、それは情熱。命の温もりにして破壊の力。そのドレスは苛烈にして命のきらめき!
水、それは流動。世界に流れ、時に人を潤し、循環して世界を駆け巡る永遠の旅人!
土、それは安心。人々を支え、鉱物や作物を生み出し、文明を根本の意味で支える礎!
風、それは自由。時に優しく時に厳しく、何物にもとらえることができない自由人!
それを纏い、そして歌う! この<ミルガトース>に降臨したアイドル。それがアミーちゃんなのですです!」
アタシの何者か、という問いに笑顔と共にポーズを決めるアイドルさん。動きにキレがある。きっとアイドルの決めポーズとかそういう感じの物なんだろう。そしてそれをはやし立てる事務所のファンクラブの人たち。
「さすがアミー様!」
「愛してますー!」
「今月の給料全部つぎ込みましたー!」
「家賃の課金、待ったなし!」
なんかよくわかんない盛り上がり。こー、見ててあほくさい。
「カリカリカリカリしないでね、お嬢ちゃん。いきなり兵士に追われた後でこんなところに連れ込まれて不安なのはわかるけど、笑顔忘れたらダメダメ! 笑顔笑顔!」
言って自分の両頬を人差し指で引っ張り上げて、笑顔を作るアイドルさん。
「すごいです。トーカさんの毒気を一瞬で抜きました」
「単にあほくさくてどうでもいいって思っただけよ」
聖女ちゃんの指摘通り、アタシの苛立ちはまぎれていた。それがアイドルさんの意図通りなのかはわかんないけど。
「で? 事情を知ってるみたいなんだけど話してもらえるの?
あ、一応いうけどその代償に火鼠の皮衣を渡してくれ、とかいうんならパスよ。んな人の弱みに付け込むようなあくどい事するのがアイドルじゃないわよね?」
「ナイナイ。でも聞いたら手放したくなるかもだから、そん時はもらっちゃうね。ソレイユちゃんが作ったものにハサミは通したくないけど、最悪それもやむなしなし」
「断片的な情報をまとめると、ラクアン側……ナタさんとは違うラクアンの軍勢力が火鼠の皮衣を求めているということでしょうか?」
聖女ちゃんが眉をひそめて、そう推測する。
「おけおけ。大体そんな感じ。ナタきゅんとラクアンちゃん――あ、これ人の名前のほうね。この町の領主さん――も五つの宝を求めてる、っていうのが現在の構図ですです。理解したした?」
「五つの宝……『蓬莱の玉の枝』『火鼠の皮衣』『仏の御石の鉢』『龍の首の珠』『燕の子安貝』の五つということでしょうか?」
「いえすいえす。ナタきゅんが『仏の御石の鉢』『燕の子安貝』を持ってて、ラクアンちゃんが『蓬莱の玉の枝』『龍の首の珠』を持ってる感じ。んで『火鼠の皮衣』がやってきたぞイエイイエーイ。理解してくれたかなかな?」
「二勢力のお宝争奪戦、ってのは理解したわ」
言って頷くアタシ。兵士を動かせる人間が宝を求めてて、今のところイーブン。最後の宝がやってきたから強引に奪いに来た、ってところかな。
「そんな事態になっていただなんて……。あ、ちなみにラクアンさんというのはどのようなお方なのでしょうか? できれば年齢と背格好などを詳しく」
「んとんと。30歳ぐらいの女性で世界各国の珍しいものを集めたい
「ワタクシはナタ様の依頼を完遂したいと思います」
アイドルさんの答えにキリっとした顔で答えるおねーさん。……うん。おねーさんらしいし、仕事に責任を持つのは大事よね。
「そーね。そのナタって子に言えば、もしかしたら兵士から追ってくるのをどうにかしてくれるかもしれないわね。最悪、ナタって子に渡したのが広まればアタシ達を追う理由は多分なくなるだろうし」
「多分……理由はないのになくなると言いきれないのですか?」
「逆恨みしてきそうじゃない? 『アタシのお宝をあんな奴に渡すなんてムキー』って感じで。こんなことで兵士を動かす我儘お姫様なんでしょ、そのラクアンてオバサン」
アタシ達が追われるのは、火鼠の皮衣を持っているからだ。逆に言えば、皮衣を持っていないというのが分かれば追われない。少なくとも、追う大義名分はなくなる。
だけど大義名分がなくても、逆恨みされる可能性だけは考えないといけない。それはそれで面倒なんだけど、そこをナタって子にどうにかしてもらえるように言ってみるのもいいかもしれない。
「そっかそっか。方針は決まったみたいね。そんじゃれっつごーごー」
言って拳を振り上げるアイドルさん。
「なんでアンタがごーごーなの?」
「え? もしかしてマーチングのほうがよかった? あ、パレード?」
「じゃなくて。なんでアンタついてくる気満々なの?」
アタシの問いかけに、アイドルさんはこともなげにこう答えた。
「えとねえとね。何かあったらソレイユちゃんの火鼠の皮衣を、回収したいかなってアミーちゃんは思ってるかもかも」
……はい?
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