9:メスガキは逃げ出した

「火鼠の皮衣といったな? それを渡してもらおう」


 そう言ってきたのは、町の門番と同じような格好をしている兵士っぽい人。それが複数。声をかけてきた人をはじめ、アタシ達を警戒するような表情をしている。


「知らなーい。聞き違いじゃない?」

「詳しいことは詰所で聞く」


 誤魔化そうとしたけど、問答無用とばかりに言葉が返ってくる。


「できません! これはナタ様に渡す服です! 貴方達がヤーシャの兵士だとしても、品物をお届けするまでがテーラーの仕事です!」


 起き上がったおねーさんが毅然とした態度で言い放つ。仕事をする人として、譲れない一線がある。


「そして『ありがとう』とナタしゃまにほほ笑んでもらうんです! えへ、えへへ、あわよくば私が作った火鼠の皮を着るところを見ることができるかも? うひゃあああああ! そんなことになったら、私もう、いろんなところが大決壊!」


 ……まあ、そういうおねーさんらしいところもあるけど。


「渡すつもりはない、ということだな」


 そして仕事上譲れないのは兵士も同じようで、距離を詰めてくる。まだ剣は抜いてないけど、それもアタシ達の態度次第。周りの人は何事かとざわめき始める。この状況だと、町の人は兵士に感情移入するだろう。


 時間はアタシ達に不利に働く。やる気満々の気配を出しながら兵士が襲ってこないのは、アタシ達の出方をうかがってるのと応援が来るのを待っているに過ぎない。威圧して火鼠の皮衣を渡すならよし。しないなら剣を抜く。天秤は静かに、確実に揺れてる。


 逆に言えば、兵士達は主導権を放棄していた。


「待ってください! 名乗りもせずに用件だけを伝えられて、納得なんかできません! せめてあなたたちが何者かで、どういう理由かを教えてもらえませんか!?」


 一歩前に出て兵士に詰め寄る聖女ちゃん。


「お前たちに教えることはできない」


 冷たく、そしてあらかじめ決められたかのような回答拒否。そう質問されることは予想されていて、それに対してどうこたえるかを決められていた。そんな感じだ。


「所属だけは答えよう。我々はヤーシャ国家兵士。この活動は国防の為である」

「街中で人から服を強奪するのがお仕事なんだ。おにーさんたちへんたーい」

「反論は詰所で聞く」


 アタシの挑発にもにべもない回答。ここで言葉を重ねるつもりはない。言外に告げられたその言葉。


 正直、アタシはどっちでもいい。ここで火鼠の皮衣を渡しても痛くない。詰所とか言ったけど、別に牢屋に閉じ込められるわけでもない。いろいろ話をして終わりだろう。


「ワタクシは……!」


 迷うおねーさん。火鼠の皮衣を渡せば平和的に解決する。だけどそうなると仕事は完遂しない。


『一針一針、思いを込めて』


 火鼠の皮衣を作っているおねーさんは、すごく真剣でかっこよかった。素人のアタシでもわかるぐらいに鋭く動き、見る間にネズミの皮が衣服に代わっていく。――皮のなめしとかリアルだとすぐにできないのはぼんやり知ってるけど、魔法とかポーションとかでどうにかするらしい。


『この服が、あなたの役に立ちますように』


 服に紡いだ想い。服に編んだ気持ち。おねーさんはそれを込めるように針を通す。


『うふ、皮ジャケットを着た金髪少年。美少年にパンクロック風? スカジャンとか。でしたらコーデは龍、いえいえ虎? それともワタクシ? ないないない! でももしかしたら――妄想エンジンフルバーストォォォォ!』


 その、まあ、いろいろアレな部分もあるけど。


「他人が倒して作ったアイテムを横からかっさらおうとか、へーしさんは山賊みたいな仕事するのね。あきれるわー」

「最後通告だ。火鼠の皮衣を――」

「逃げるわよ!」


 聖女ちゃんにそう言って、アタシはおねーさんの手を引っ張って兵士のいないほうに走る。聖女ちゃんと、そしてすぐ後ろに兵士達が追いかけてくるのが気配で分かった。


 兵士を殴って突破してもいいけど、位置的に聖女ちゃんが邪魔だった。っていうかこの子アタシにそうさせないように前に出たわね。アタシはそこまで短絡的じゃないもん!


「と、トーカさん!? あの、幼女に手を引っ張られるのは天国地獄極楽気分なんですが、その、なんか大変な事になってません!?」

「めちゃくちゃ大変よ。アタシも説明が欲しいわ!」

「説明と言われましても、ワタクシも何が何だか! このままだと、犯罪者になりそうな雰囲気ですけど!」

「現実の法律に当てはめると、公務執行妨害は確定ですね。出頭拒否は被疑者かどうかが分からないのでグレーラインですけど」

「んなことはいいのよ、とにかく走れー!」


 おねーさんの手を引いて走るアタシ達。兵士たちを振り切ることは難しい。ラクアンのマップはアタシの頭の中にあるから、自然アタシが先導する形だ。マラソンする体力ないんですけど!


 移動アイテムを使ってこの場から消える、というのはリスキーね。『トンボガエリ』は最後に入った町の入り口に転送される。この場合だとラクアンの門。門番の目の前に転送される形になるわ。門番にアタシ達の事が伝わってたら、即逮捕される。


「皆さん集まってください!」


 路地の角を曲がったところでおねーさんが<収納魔法>から一枚の布切れを取り出す。『隠れ布』と呼ばれる周囲に溶け込む布だ。モンスターに狙われたときに、ターゲットを解除したりする効果がある。曲がり角のゴミに紛れるように布を展開し、その中に入る。


「どこに行った!?」

「まだ遠くには逃げていないはずだ。探せー!」

「急げ! ほかの隊にも連絡だ!」


 アタシ達を見失った兵士達は、そう叫んで走り去っていく。その足音が完全に遠のいてから、布から顔を出すアタシ達。


「うまくいきましたね……。いえ、根本的な解決にはなっていないんですが」


 ため息をつくようにおねーさんが言う。確かに何の問題解決にもなってない。正直言って、場を凌いだ程度でしかないわ。というか、立場は現在進行形で悪くなっている。時間が経てば兵士の数が増えて、逃げきれなくなるだろう。


 何が一番厄介かって言うと、打開策の検討が全くつかないことね。何がどうなって皮衣が狙われたのかが、まったくわかんない。兵士ってことは犯罪か権力がらみ? ぐらい。


「安全に身を隠したいところですけど、この様子ですと宿や町の出入り口に行くのは危険ですね」

「アタシ野宿とかやだー!」


 この状況が解決するまでは、この町の施設は使えないとみていいだろう。でも野宿はヤだ。お布団で寝たい!


「……今からでも兵士達にこの皮衣を渡したほうがいいのではないでしょうか?」

「い・や。なんか負けを認めたようでムカツクわ」

「ムカつくとかそういう感情論ではなく――」

「ソレイユさん。トーカさんはソレイユさんが嫌がっていたのを察して、兵士達に逆らったんです。嫌がってる態度をとってますが、本心はそれほど嫌がってませ――痛い痛い、殴らないでくださいよトーカさん」


 聖女ちゃんの背中を、ぽかりと殴った。余計なこと言うんじゃないわよ、もう。


「アタシはあんなお仕事一辺倒のヤな大人に従うのはムカつくだけ。上から目線でアタシによこせとか言ったことを後悔させてやるわ」

「具体的には?」

「アタシが正しいって証明した後で、土下座させた頭を踏んで『しごとしかできないおとなってぶざまー。しこうていしー』って罵るとか」

「いろいろ遠慮してあげてください。彼らにも養う家族がいて、そのための仕事なんですから。

 ……ではなくて、具体的にこれからどう行動するんです? って聞きたかったんですけど」

「うーん……」


 聖女ちゃんの言葉にため息をつくアタシ。動くにせよなんにせよ、情報が足りなすぎる。となるとやるべきことは情報収集なんだけど。


「下手に動くと捕まっちゃうから情報収集もできないのよねー」


 RPGの基本である『町の人に話を聞く』ができないのは痛い。表立って話を聞こうにも町にはアタシ達を探している兵士がいるし、町の人が兵士に通報しかねない。


「もしかしてもしかして、困ってる? てるてる?」


 眉を顰めるアタシ達に、明るい声がかけられる。


「はろはろー。おひさ! アミーちゃんですです!」


 ぴっ、と指二本立ててポーズを決めた妖精衣。アミーとか言うアイドルっぽい子の声が。


 

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