8:メスガキは美少年を見る
ラクアン。
前も言ったけど、ヤーシャの国境の街よ。ここより西は人間が統括していない魔物の領域になるわ。でっかい城壁が国境を示すように建てられていて、モンスターの進行を塞いでいる。
壁の向こう側はモンスターの領域。高レベルのモンスターがフィールドを闊歩し、森のエルフの里や大魔法使いが隠ぺいの結界を張った集落とかそんな設定の街がいくつかあるわ。
「万里の長城……ですね」
「こっから先はガチ魔物の領域よ」
万里の長城はアタシも知ってる。ただ本物と違い、壁の各所に投石機やでっかい弓や杖っぽい武装が備え付けられているわ。ヤーシャに強力なモンスターが来ないようにするためね。実際、ここから向こうは魔物のレベルが跳ね上がる。
「言っとくけど、火鼠なんか比じゃないからね。三桁レベルも出てくるから」
「アウタナでナグアル狩りでしたよね。トーカさんを疑うわけじゃないですけど、大丈夫なんですか? 当然オーガキングよりも強いんですよね」
「トーゼン大丈夫よ。壁を超えるイベントも含めてね」
そして国境を超えるには一定のイベントをこなさないといけない。ある程度の実力がないと危険すぎて国境通過の許可が下りないのだ。扉の前で門番に『かべのむこうばきけんすぎる。かえりなさい』とか言われて通してくんないのよね。
「なんと自信に満ちた態度……。にしし、と笑う笑顔もかわいいですがその自信ある態度こそがトーカさんの最大の魅力! すでに壁の向こう側の相手すら見下してそうな顔が……脳内で画像保存させてもらいます!」
「ソレイユさん、落ち着いて」
そしてラクアンに同行したテーラーおねーさんは、相変わらずだった。紙包みを抱き、きゃあきゃあ叫ぶ。その包みの中には、必死で作り上げた火鼠の皮衣が入っているわ。
火鼠の皮をゲットしたんだから、おねーさんとのパーティは解散。せっかくなのでということで、城まで同行することになった。そこからおねーさんはナタとのイベントに。そしてアタシ達は壁通過の許可を得るためのイベントだ。そのイベントはというと、
「それで壁の向こうに進むイベントが、虎との戦いなんですね」
「そうよ。闘技場で虎と三回戦って、勝った人がその資格を得れるわ。翼が生えた虎と紙で作られたペーパーゴーレムの虎と酔っぱらいの拳法使いおじいちゃん。最初の奴以外虎じゃないけど、トラ三連撃イベントって言われてるわ」
「『
「結構めんどくさい相手なのよ。翼が生えてるから鳥属性で風魔法使ってきたり、ペーパーゴーレムは軽いから素早かったり、折り紙っぽく変化して形が変わったり、最後のおじいちゃんはバステ食らうごとに『飲めば飲むほど強くなる』とか言ってカウンターでバフがかかったり!」
初見殺しにもほどがあったわ。事前情報なしで挑んだらフルボッコだったし。
「でも大丈夫。対策はばっちりよ。特に最後のおじいちゃんはアンタに任せたわ。アタシ相性ゲロマズだもん」
「トーカさんでも苦手な敵はいるんですね。結構無敵なイメージはありましたけど」
「闘いなんて相性よ。ある程度のレベルは必要だけど、相手がよわよわーなところを攻めればそれで勝てるわ」
「敵を知り己を知れば百戦して
「百回も戦うなんで御免だけどね。……およ?」
暗黒騎士おにーさんはその二百倍たたかったけどね、と言いかけて人だかりが道をふさいでいるのに気づく。見ると、ラクアンの城に続く道を封鎖されているみたい。
「道を開けよ! ナタ様とその部隊のご帰還だ!」
理由は道を封鎖している兵士が叫んでいた。なんでも壁の向こう側で戦っていたラクアンの兵士達が城に戻るようだ。
「きゃー! ナタ様ー!」
「おい、ナタ様がお帰りだって! 見に行こうぜ!」
「今回はフローズンワームを倒したんだって!」
人だかりの声に不満はなく、ナタって人をねぎらう声で一杯だった。その姿を見ようとみな興奮している。
「ほわああああああああ!? まさかナタ様のお姿をこのような場所で見れるなんええええええええ! は、大丈夫です、はふぅ、ふひぃ、心臓はきちんとしております、倒れる先に尖ったり固いものがないのも確認! しゃあ、さあ、いざいざいじゃあ!」
そしてラクアンの人達とはまた別の盛り上がりをしているのがおねーさん。悶えて倒れることはもう確定らしい。
「あれが……ナタ」
町の人の歓声の中、神輿とも思える馬車に乗った少年が見えた。髪型は亜麻色のショートカット。年齢はアタシと同じか少し上ぐらい。鋭さではなく柔和なイメージを与える顔立ち。おねーさんが美少年というのも、確かに頷けるわ。
その手には身長の倍ぐらいはありそうな朱槍が天に向かって立てられている。炎の槍、だっけ? あとは着ている鎧も結構使い込まれていて、お飾りの将軍というわけではなさそうね。
「仮にあれが私たちの世界の
「んー。まあ元ネタとの比較は検証スキーな人に任せるとして、んー……」
ナタを見ながら眉を顰めるアタシ。
「……もしかして、トーカさんはああいうお人がお好みですか? 同世代のきれいな顔の人とか」
「え? 好き嫌いで言えば戦士系は特に。でも槍系は間合い広いから戦術増すのよね。騎乗系アビリティと合わせるとかなり幅広がるし」
「トーカさんが相変わらずで安心しました」
呆れたのか安心したのかよくわかんない顔で肩をすくめる聖女ちゃん。
「んなことよりも、あんなNPCは<フルムーンケイオス>にいなかったのよね。いたら忘れられそうにないんだけど」
あたしは結構<フルムーンケイオス>をやりこんでる。細部まで知ってるか、と言われると疑問だけど有名なNPCの名前ぐらいは憶えている。忘れてても名前が出れば『あー。いたわねそんなの』ぐらいには思い出せそうなんだけど……。
「ゲームには出なかったキャラクターということですか?」
「そうなんだろうけど……イベントを起こすぐらいのキャラで、しかもここまで町の人にきゃあきゃあ言われるぐらいの戦闘キャラなのにゲームに出てないとか……うーん?」
この世界は厳密な意味で<フルムーンケイオス>ではない。似てはいるけど、そこに住む人間にとっては現実ね。はっきり言ってしまえば『この世界はゲーム世界だ』とかいうアタシの意見が妄言よ。そんな人間がリアルにいたら、誰だって頭おかしいって思うわ。
だから『アタシのゲーム知識にはない』って理由であのナタって子を変に思うのは間違っている。んなことはアタシだってわかっている。わかってはいるんだけど……なんだろう、このモヤモヤ感。知識通りに進んでないからムカつくとかそういうのじゃなくて、オレンジジュースの中にグレープフルーツが混じったみたいな気持ち悪さ。
「まあ、いっか」
その気持ち悪さを飲み込んで、アタシはそうつぶやいた。どうせ出会うことはもうない。とっととイベントこなしてアウタナに行こう。そう気持ちを切り替えた。
「そういえばおねーさんが静かだけど。結構じたばたして叫んでると思ってたのに」
「ソレイユさんでしたら、気を失っています」
「……そこまで!?」
口から魂を出して祈るようなポーズで地面に横たわってるおねーさんを見下ろすアタシ。うん、まあ、本人は満足してるんだしいいんじゃないかな。
「ほら、起きておねーさん」
「へあ、今まさに天使が……。はっ!? トーカさんに見下ろされてる! 私はまだ、夢の中なのですねスヤァ」
「いや起きろって。こんなので気を失ってたら、あの子に火鼠の皮衣渡すときどうするのよ」
「尊しゅぎて死ぬ! でもわが生涯に一片の悔いはありません!」
「……結構悔いが残りそうな死に方と思います」
ため息をつく聖女ちゃん。アタシも同意ね。
そんなダレた空気に冷や水を差すように、
「火鼠の皮衣といったな? それを渡してもらおう」
そんな殺意のこもった声がアタシ達にかけられた。
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