5:メスガキは妖精衣のファンクラブを知る

「ねえアンタたち。火鼠狩ろうとしてるの?」


 アタシが声がしたほうに行くと、喋ってた人たちは驚いたように後ずさった。


「ゲゲーッ!? アサギリ・トーカ!」

「何故貴様がここに!」

「我々ボルドー、アガット、グラナートこと『赤の三連星』の跡をつけてきたのか!」

「いや、跡つけるも何もアタシらのほうが先行してたじゃん」


 呆れたように言うアタシ。っていうか、


「あと何でアタシの名前でそこまで驚くのよ」

「わわわ忘れたとは言わさんぞ! 貴様がガルフェザリガニを倒したおかげで、俺たちの株が駄々下がりになったんだ!」

「しかも皇子を蹴って療養まで追い込むなんて、許されぬ行為! おかげで国からの支援が受けられなくなったではないか!」

「我々が倒す予定だったオーガキングも横取りしたみたいだしな。卑劣な遊び人が……!」


 確かにザリガニとかオーガキングは倒したし、ナントカ皇子も蹴っ飛ばした。


「知んないわよ。横殴りとかしたわけじゃないし、恨まれる理由はないわ」


 でもマナー違反とかはしていないんで、指さされるいわれはない。あと皇子に関しては四男オジサンとかがどうにかしたんでアタシセーフ。アウトかもしんないけど、たぶん大丈夫のはず。


「ふん、口先だけは達者なようだな。だが所詮は遊び人! 運の良さだけで牛頭馬頭は倒せんぞ!」

「レベル60の鬼族は強敵。しかしスカーレットジョブが三名集まればそれも討伐可能!」

「ふっふっふ。今頭を下げれば貴様を守ってやらんでもないぞ。運良くここまでやってこれたのだろうが、牛頭馬頭は無限に蘇るからな。貴様ごときひ弱なガキの体など、一刀両断だ」

「あー、えーと」


 それさっき余裕で倒しました、と言おうと思ったけど黙っとくことにした。言っても信じてくれそうにないし、聞きたいことはそこじゃない。


「火鼠の皮を……えーと誰だかわかんないけどナタって子じゃない人に渡すの?」

「くっくっく。その通り! 貴様も聞いたことはあるだろう。超レアジョブ妖精衣フェアリードレッサーアミー様だ!」

「あの美しきお姿。アミー様に近づくために、我々が狩るのだ!」

「そしてアミー様の番号をランクアップさせ、次のコンサートでは真ん中の席を取る!」


 なんかよくわからない盛り上がりをしている赤の何とかさん。その亜美あみさんはわかんないけど、妖精衣フェアリードレッサーは知ってる。聖女に並ぶレアジョブね。


 妖精衣フェアリードレッサー。妖精と呼ばれる存在を使役し、妖精が編んだ衣を使えるジョブよ。テーラーに魔法戦闘力を足した感じ。妖精に戦闘させて、同時にテーラーよりもいい服を作れるわ。


 その分成長も大変なんで、聖女と一緒なぐらいに大器晩成型。ただ攻撃手段は多彩んで、聖女よりはモンスター退治で上げやすいわ。そういう意味じゃ、テーラーよりもやりやすいんじゃないかな?


「我々の邪魔をするなら無駄なこと。遊び人とは比較にならぬがスカーレットのジョブよ!」

「われら『赤の三連星』の無敵連携に勝てるものはいない! 我らのゆく道には血の雨が降るのだ!」

「アサギリ・トーカ。貴様への恨みはあるが今日のところは寛大な心で許してやろう。ではさらばだ!」


 言って走って行くなんとか三なんとか。


「うわああああ! 牛頭が復活した!?」

「【紅十字】! 【血の剣劇】! ぎゃあああ、炎の息はやめろおおお!」

「退却! いったん退却だー!」


 そして数秒後、そんな声が奥から聞こえてきた。帰還アイテム使った音がしたんで、多分無事に帰れたんだろう。ま、どうでもいいか。アタシは聖女ちゃんのところに戻る。


「今さっき男の人達がそっちから走ってきましたけど、トーカさんお知り合いですか?」

「知らない」


 心の底から噓偽りなく応えるアタシ。向こうはアタシを知ってたみたいだけど。


「キョンシーも結構倒したみたいだし、そろそろ行こうか」


 そうですね、と聖女ちゃんが頷き移動を開始する。第三区域まではあと少しだ。途中、ちょっと傷ついた牛頭が出てきたけど、馬頭と同じ要領で撃破する。邪魔しないでよね、もー。


「アミー様のために頑張るぞー!」

「ファンクラブの意地にかけて!」

「アミー様ばんざーい!」


 そして移動途中でそんなことを言う人たちを見かける。なんだろう? さっきからよく見るんだけど。


「ねえねえ、そのアミー様って誰?」

「知らないのか!? 英雄一の美人と名高いアミー様を!」

「この<ミルガトース>を歌で救うアイドルを知らないなんて、英雄の風上にも置けないな!」

「ああ、あの歌、あの衣装、あの笑顔。アミー様の為なら何をささげてもいい!」


 え、アイドル? このファンタジーで魔法でRPGな世界に? 場違いじゃない?


「聞いたことがあります。妖精衣フェアリードレッサーアミー。着ている服は妖精が編んだとされる絶品で、各都市を回って人々を元気づけていると言います。

 本人も強いのですが、ファンクラブがかなりの数でしかも高レベルの英雄もいるとか。その勢力は一国の騎士団をも超えると」


 おねーさんが真剣な顔で説明を補足する。えー、マジで?


「そのファンクラブさんが来ているのでしょうか?」

「みたいねー。言ってもここで足止め食らってるみたいだけど」


 見るに牛頭馬頭相手にかなり苦戦している感じ。時間をかければ勝てるだろうけど、その程度の実力だ。あの辺にてこずってるんじゃ、火鼠なんか勝てっこなさそうね。


「ワタクシなんかが火鼠の皮衣を作るよりも、強い英雄様が持つのがいいのではないでしょうか?」


 突然おねーさんがそんなことを言いだす。


「ワタクシはナタ様に会いたいだけで火鼠の皮衣を作りたいです。ですがそれは皮衣は英雄の手には渡りません。

 英雄の手に渡ったほうがこの<ミルガトース>の為なのではないでしょうか?」


 英雄。この世界を救うために召喚された存在。魔王<ケイオス>を倒すため、そしてこの世界に存在するモンスターを駆逐するために召喚されたアタシ達。


 モンスターを倒すには、強い装備が必要になる。火鼠の皮衣は、決して弱いとは言えないドレス。


 それを私利私欲のために使うのはこの世界の為にはならないのではないだろうか? 強い英雄が、それも超レアジョブの妖精衣フェアリードレッサーが必要とするなら、そのほうがいいのではないだろうか?


 そう言いたげな表情をしていたので、


「――おねーさん、ばか?」


 はっきりそう言ってやった。


「は、はい?」

「ばかじゃないの、って言ったのよ。自分じゃなく他人に渡したほうが世界の為とか。そんなどーでもいい事のためにしたいこと我慢するとかばかだっていったのよ。

 あ、もしかしてナタに会いたいとかその程度だったの? あれだけじったんばったん悶えてたのに、実は演技だった? そっちのほうがばかよねー」

「ち、ちがいます! ナタ様に会いたいのは本気です! 推しのために命を懸ける覚悟は――」

「だったらそれを貫きなさいよ。世界? 英雄? 知ったこっちゃないわ。んなもんで壊れる世界なら、初めから手遅れなのよ。

 っていうか、世界ぐらいトーカが救ってあげるわ。魔王<ケイオス>をぱぱっと倒して、お涙頂戴エンディングぐらいヨユーなんだから。だからおねーさんはおねーさんの好きに生きなさいよ」


 アタシの言葉に、ぽかんとするおねーさん。


「大丈夫ですよ。ソレイユさん。何かあったらトーカさんや私がどうにかします。だから、我慢しないでください。貴方が生きたいように、貴方がやりたいように生きていいんです」


 聖女ちゃんが補足するように告げる。ふん、そこまで言ってないけどそういうことにしておいてあげるわ。あたしはどーでもいいけど。


「やりたいように好きに生きる……。それはトーカさんのコスプレにハァハァしたり、コトネさんの祈る姿に胸キュンしたりしていいんですね?」

「え」

「え」

「トーカさんの【早着替え】の瞬間に見えるおへそや太ももに悶えたり、背筋を伸ばして歌うコトネさんのうなじに興奮したり、お二人が戯れてるときのスキンシップに妄想エンジン加速したりしてもいい……我慢しなくていいとはすばらしい事です!」


 膝をついて拝むように言い放つおねーさん。瞳は潤み、顔は紅潮し、鼻息は荒い。アタシ達を見て、かなり興奮してる。


「あ、ごめん。やっぱなしで」

「節度は守ったほうがいいと思います」

「はううううううううう。自粛しますぅぅぅぅ」


 アタシと聖女ちゃんの心からの静止宣言に、おねーさんはがっくりと崩れ落ちた。 

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