2:メスガキは知らないイベントを知る

「お恥ずかしい所をお見せしました」


 あの後三暗を出て、安全な場所までおねーさんを運んで介護(主に聖女ちゃんがやった)して起き上がったおねーさんの言葉がこれだった。うん、確かに恥ずかしい。


「普段ならあそこまでもだえることなく、影からこっそりと見守るだけで終わっていたのですが、お二人の可愛らしさについ抑えきれず」


 ……さりげなく『いつもはストーキングしています』て言ってるような気がするけど、いろいろ怖いんで聞かなかったことにするわ。うん、アタシの勘違いよね。


「ワタクシ、ソレイユ・クシャンと言います。メインジョブがテーラーで、サブでダンサーを生業としております」

「イザヨイ・コトネです。聖女とウィッチです」

「トーカよ。メインサブ両方遊び人」

「聖女と魔女の組み合わせ! 聖属性の希少職ともいえる清らかな乙女と、闇の魔法を継承するウィッチの融合ですか! 光と闇の両方を知り、優しく微笑むさまはまさに乙女の到達点!

 そしてそんな聖女に付き従う遊び人! 自由奔放にして華麗で優雅! 枠にとらわれないからこそ生まれる無邪気の楽園! 誰にもとらえられない相手に生まれる背徳的な独占欲……収まれ私の闇の波動! いと小さきものは触れてはならぬのよ!」


 普通に自己紹介しただけなのに、いきなり興奮して叫びだした。えーと?


「はうぁ! 申し訳ありません、つい興奮してしまいました!」

「今のどこに興奮する要素があったかは知らないほうがいいんだろうけど……裁縫師テーラー?」

「はい。布と糸にて生計を立てております」


 頷くおねーさん。確かに鎧とか剣とかを装備していないし、ジョブはパーティに入ってなくても確認できるから嘘じゃない。ないんだけど。テーラーかぁ、とアタシは何とも言えない感想を抱いた。


 テーラー。裁縫師という名前の通り、服を作ったりする生産系ジョブね。


<フルムーンケイオス>で選べるジョブにも生産系と呼ばれるジョブは存在する。物を作ったりすれば経験点がもらえるんだけど、そのモノを作る材料はモンスターを倒したりして得られるわ。なので物を作るにはモンスターを倒さないといけないんだけど……。


 有り体にいて、生産職と呼ばれるジョブは戦闘に向いてないわ。一応戦闘用のスキルやアビリティもあるけど、スキルポイントの関係でそれに満足に割り振れないのが現実よ。物作りアビリティを主に割り振ると戦闘ができないキャラになり、戦闘にスキルポイントを割り振ると物作りアビリティが半端になる。


 なので基本的には別キャラで作ることになる。ファーストキャラで材料を稼ぎ、セカンドキャラで作った生産特化キャラで物を作る。物を作ると相応の経験点とお金になるので、それでレベルアップするの。


 ……ただ、この世界は<フルムーンケイオス>じゃない。ログアウトとか言う概念はなく、当然セカンドキャラとかはないわ。


 要はこの世界でメインがテーラーって言うのはかなり辛いんじゃないの? と思ってる。


「まだまだ未熟ゆえに雇ってくれるパトロンもなく、名前も売れていないしがない針子ですが」


 話を聞くにいろいろ苦労しているみたい。パトロン……<フルムーンケイオス>でいうファーストキャラがいない生産職は皆そんな感じみたい。


「しかし! だからこそ見つけることができた素晴らしきお二方! まさに天使と悪魔の降臨! 汚れなき聖女と、オリエンタルな小悪魔! 仲睦まじき幼女の戦いと平和な会話。あまりの尊さに、ワタクシ身も心も砕け散ってしまいそうで……!」

「悪魔ってアタシか」

「キョンシーはこの地方では復活した死人という、忌まわしい存在ですから」


 そういう問題じゃないわよ、ってツッコミの手を入れるとそれだけでおねーさんはまた『はうぅ! 仲良き二人尊い……!』とか言って崩れ落ちた。いろいろ幸せそうなので、あまり触れないでおくことにする。


火鼠かその皮衣を求めてこちらに参ったのですが、ワタクシの実力ではこの区域が限界。諦めて帰ろうとしたところにお二人に出会い、無駄ではなかったと感謝しております」

「ああ、そういえば第三区域おくにいたわよね。火鼠」

「はい。キョンシーならなんとか避けていけるかと思ったのですが、第二区域の牛頭ごず馬頭めずはどうしようもなく……」


 火鼠の皮衣。ここの奥に入るボスの火鼠を倒した皮で作られるドレスね。炎属性に対する耐性を持ってる上にかなり強い防御力を持つわ。


「ああ、あれを作ればナタ様にお目通りがかなうというのに……! ナタ様がワタクシの作った服を着て微笑んでくれる。それを想像しただけで、ハヒュ! アフアフアフアフ……!」


 あ、また過呼吸で死んだ。


「ゲホゲホ……ウエッ、ホッ! 今見えたのが桃源郷というものなのですね。少年少女たちがキャッキャウフフしている。それを遠くから眺めているだけで、もうワタクシは夢心地!」

「それ、ただの妄想だから」

「いろいろ気になる単語はあったのですけど……要するにソレイユさんはそのナタ様に服を作ってあげたい、ということですか?」

「はい。ナタ様は『蓬莱の玉の枝』『火鼠の皮衣』『仏の御石の鉢』『龍の首の珠』『燕の子安貝』の五つのお宝を所望しております。これらを持ってこられた方にご会見をされるとのことで」


 なんだろ、それ? 少なくとも<フルムーンケイオス>ではそんなイベントはなかった。ナタとかも知らないキャラね。 


哪吒ナタですね。中国の民話で出てくる少年です。物語によって様々ですが、複数の得物をもって悪人と戦うヒーロー的存在ですね」


 アタシのけげんな表情を察したのか、聖女ちゃんが説明してくれる。曰く、神様の子供で様々な武器をもって敵と戦い勝利するらしい。


「ふーん。じゃあ火鼠の皮衣をほしがってるのも、その武器を求めてるって感じなの?」

「それは違うと思います。この組み合わせは竹取物語の五つの宝です。ナタが持っている武器とは異なりますし。

 あ、竹取物語はわかります……よね?」

「さすがに分かるわよ」


 日本のお話なんだから、知ってて当然じゃない。


「竹から生まれたかぐやって女が言い寄ってくる男に無茶苦茶なプレゼント要求して振り回した挙げ句、誰も選ばすじっかに帰る話よね」

「間違ってませんけど、偏見ありませんか?」


 ビミョーに疲れた顔で聖女ちゃんはため息をついた。間違ってないならいいじゃないのよー。


「さっきの五つの宝は、その要求されたプレゼントです。伝承でしか聞いたことのないものばかりで、誰一人として達成できなかったとか」

「ヒドイ女よねー。ちやほやされて認証欲求がこじれて、無茶なプレゼント求めて相手を苦しめるとか」

「トーカさんはかぐや姫に怨みでもあるんですか?

 ともあれ、哪吒がその五つの宝を求めるのは……この世界は元の世界とは異なるんでしょうけど、その前提でも違和感があります」


 むぅ、と言いたげに眉を潜める聖女ちゃん。


「気になるなら調べてみる?」

「いいんですか? トーカさんは『アタシには関係ないわ』っていうかと思ってましたけど」

「確かに関係ないけど、知らないイベントとかあったら、見てみたくなるのが心情じゃない。牛頭馬頭もアンタとアタシ達なら余裕だし。火鼠はちょっと対策いるかな? ま、たいした手間じゃないわ。

 奥にもアンデッドはいるし、癒し数を稼ぐついでよ」


 ぶっちゃけ、キョンシーばかりじゃ飽きた、っていうのが本音なんだけどそれは隠しておく。


「なんと……お手伝いしてもらえるのですか? そんな、恐れ多い……! 汚れなき幼女お二人がワタクシのような未熟テーラーに手を貸してもらえるなんて……これはまさか夢! 夢オチサイコー!」

「いや現実だから。帰りながらでいいから、詳しいイベントの内容聞かせてよね」

「はいはい。事の起こりは――」


 帰路の途中で詳しい話を聞くアタシ達。


 ……途中、何度もテーラーおねーさんが悶えて脱線したけど、まあ、うん。話は聞けたんでOK。そう思おう。

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