3章 遊び人と二人のテーラー
1:メスガキは残念なおねーさんと出会う
ヤーシャ。
元の世界で言う中国っぽい国よ。でっかいお寺や巨大な壁みたいな建物があって、町のNPCもそんな感じ。
『天地壇らしい建物がありますから……明時代、1400年代あたりでしょうか? いろいろごちゃまぜみたいですけど』
というのは聖女ちゃんの意見ね。ゲーム……って言うか異世界の設定に細かいことツッコんだら負けなんだって。
アタシ達は首都ヤーシャに宿を取り、
アタシ達が稼いでいるのは、その一区画目。村の廃墟よ。そこで沸いてくるキョンシーを聖女ちゃんの【聖歌】で黙々と撃退しているわ。目的は癒した数が3000人に達した時に得られるトロフィー『天使の癒し』。これがあると聖女ちゃんの【聖歌】の効果も増すわ。
「聖なるかな、聖なるかな――」
作業としては単純。キョンシーがわきそうな場所に陣取って、キョンシーがこっちを狙ってやってくると同時に【聖歌】発動。数が多ければ聖杭で吹き飛ばし&<足止め>ね。アタシはほかの英雄の狩りの邪魔にならない程度にキョンシーを攻撃して、聖女ちゃんのところに引っ張っていく。
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名前:キョンシー
種族:アンデッド
Lv:38
HP:79
解説:ヤーシャ特有のアンデッド。風水の乱れからアンデッド化した。
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両手を前につきだし、まっすく足を伸ばしてぴょんぴょん動くアンデッドね。近接攻撃しかできず、特殊行動も噛みついて吸血して体力回復する程度。
スペックを見ても今のアタシ達からすれば脅威でも何でもない。アタシが一対一でアビリティなしで戦えば間違いなく負けるけど、そこはアタシか弱い乙女ということで。
アンデッドなので聖魔法に弱く、<フルムーンケイオス>の仕様で回復魔法でダメージを受ける。これも癒した人数にカウントされるので、聖職者関係ジョブのレベルアップやトロフィー稼ぎにうってつけの狩場ね。
ただここは、キョンシーだけが沸くわけじゃない。
「オラオラァ!」
顔が虎の人間だ。手にはおっきい刀を持っている。
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名前:人虎
種族:人間
Lv:40
HP:91
解説:半虎半人の獣人。虎に魂を憑依された悪人。
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虎なんだか人間なんだかよくわからないけど、種族は人間。だけど素で動物の属性も乗っかってるわ。なのでプリスティンクロースの動物属性特攻で問題なく片付けることができる。
「ねえ、出てきて秒で倒されるってどんな気持ち? こんな子供に手も足も出なかってどんな気持ち?」
なので出合い頭にあっさり撃退。ヤーシャを選んだ理由は、キョンシー以外の敵を簡単に倒せるというメリットだ。ほかの狩場だと地味にめんどい雑魚がいたり町から遠かった理なので時間の無駄が多いわ。
「お疲れ様です」
「全然疲れなーい。まあ、そういう狩場を選んだんだけど」
ねぎらいの言葉をかける聖女ちゃんに、そう返すアタシ。人虎の発生する頻度はそこそこあるので、暇じゃない分マシだけど。
「ぷくー」
アタシの言葉に聖女ちゃんの【使い魔】のドクハリセンボンが抗議するようにアタシに体当たりしてくる。痛くはないけどうっとうしい。
「もう、とげまる。トーカさんに攻撃しちゃだめですよ」
「ぷくー」
弟を諫めるような口調でどくまる――ドクハリセンボンの名前ね――を止める聖女ちゃん。その声に謝るように鳴いて、聖女ちゃんの胸に飛び込む。聖女ちゃんはそんなとげまるを抱きしめるように撫でていた。
ハリセンボンって普通鳴かないわよねとか、トゲとか痛くないのかなとか、疑問に思うことはいろいろあるけどそれを言うのは野暮ね。アビリティの効果とかにツッコミを入れはじめれば、疑問なんかいくらでも出てくる。
「ほいっと」
人虎を倒したので、アタシは【早着替え】でキョンシーを倒してドロップした服に着替える。お札が着いた中国っぽい帽子と役人が着るような青っぽい色の服。いわゆるキョンシー服だ。
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★アイテム
アイテム名:キョンシー服
属性:服
装備条件:ジョブレベル15以上
耐久:+5 抵抗:+5 <耐性>闇属性:50% <弱点>聖属性:50%
解説:キョンシーが着ていた服装。ヤーシャの民族的な礼装。
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性能的には闇属性耐性持ち。暗黒騎士との戦いにあったら楽だったかもだけど、多分通常攻撃でやられてた。ちなみに聖属性弱点だけど、回復魔法とかを受けてもダメージとかはないわ。アンデッドになるわけじゃないし。
「民族衣装とかなのに死体に着せるとか、どういう感覚なの?」
「この服は位の高い人が着るもので民間人が着るのは禁止されてたんです。ですけど、例外的に死人に着せるのは黙認されてまして。死後、いい生活ができるようにという配慮なんでしょうね」
「ふーん」
回転して服の動きを確認するアタシ。足首まで届く服だけど動きを阻害することはない。布のさわり心地もよく、確かに偉い人が着そうな服だ。
「んー。そろそろ帰りますか」
「そうね。そこそこ倒したし良い頃合いじゃない」
朝起きてご飯を食べて、三暗までやってきてキョンシー狩り。疲れたら適度に休憩をはさんで、日が暮れたらヤーシャに帰って寝る。それがここ数日のルーチンだ。レベルは上がらないけど、聖女ちゃんがトロフィーゲットしたら移動するつもりよ。
「3000人を癒す、というのはなかなか大変ですよね」
「何言ってんのよ。レア狩りなんか万単位で倒すんだから。このプリスティンクロースだって本来は1/4096なのよ」
「万? その確率なら4000体ぐらいで済むんじゃないですか?」
「……確率通りに事が運ぶなら、苦労はしないのよ」
アタシの血を吐きそうな一言に、よくわからないという顔をする聖女ちゃん。然もありなん。この苦労は地獄を潜り抜けたものにしかわからないものね。
「とにかく『天使の癒し』を取ったらここでの狩りはおしまい。アウタナまで行ってナグアル狩りよ。タンクの腕の見せ所だからね」
「ナグアル……メキシコの獣憑きですか?」
「そうなの? アンタ、よくそんなの知ってるわね」
「ありがとうございます。その、憑き物なんですけど……トーカさんは何かに憑りつかれている、とか思ったことはありませんか?」
はい? いきなり何を言い出すのこの子?
「あ、その、この世界に来て、自分が自分じゃなくなったような気がするとか、そういうことは――」
「マーベラス! あああああああああ、何たるすばらしさ!」
何やら背筋を正してまじめなことを言おうとする聖女ちゃんに割り込むように、奇声が聞こえてきた。
「エキソジックな衣装に身を纏い、鋭い目つきをした少女! まだ幼いながらもその瞳に宿る意志は強く、しかし少女ならではの可愛らしさを失わない! 強く、鋭く、可愛らしい! 相反する言葉が見事に融合したヤーシャの姿はまさに至宝!
そして相対するは光の子! 清楚、可憐、神聖! 白き衣に身を纏い、死者を歌で葬る姿はまさに聖女! ああ、女神はここに降臨せり! 小さな体に宿る確かな奇跡を目にすることができて……ああ、溶けてしまいそう……!
っていうか溶ける! 幼女の楽園に溶ける! ここに溶けさせてください!」
見ると、地面に倒れこみ、自分を抱きながら悶えているおねーさんがいた。年齢は多分20歳ぐらい。紅潮した顔でアタシ達を見て、さらにじったんばったんしてる。
ダンジョン内にいるってことは英雄か戦闘可能なNPCなんだろうけど、金属系の武器や鎧はなにももってない。着ているのは戦闘の服なんだけど、少しアレンジされてたりして目を引く。なんていうか目が離せない服ね。
地面をのたうち回るおねーさんを見ながら、アタシは正直な感想を告げた。
「なにこの変態」
「きゃあああああああああ! 罵られた! その鋭い目つきで見つめられて、容赦のない言葉で罵られた! 語彙力! 語彙力ちょうだい! はふぅぅぅぅ! ひふぅぅ! か、過呼吸で、天にも上りそう……!」
そのままけいれんする……変態さん? ぴくぴくして、そして動かなくなる。
アタシと聖女ちゃんは1分ほどそれを見て、
「と、とりあえず安全な場所に連れて行かないと!」
我に返った聖女ちゃんがおねーさんに近づいていく。
「やだなー。触りたくない」
万感の思いを込めて、アタシはため息をついた。
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