30:メスガキは天騎士の誓いを――
目覚めたのは宿屋のベッドの上。空はもう茜色に染まっていた。
「あー」
もうろうとする頭を振って、意識を覚醒させる。<収容魔法>の中からジュースを取り出して口に含んだ。のどが潤ってようやく状況を理解する。
「そっか。レイドイベントぶっ続けて倒れたんだ」
「そっか、じゃありません」
呆れたような声。見ると聖女ちゃんがため息をついていた。
「お医者様は『外傷はない。単純に疲労だ』とおっしゃっていたから心配はしていませんでしたが、それでも丸1日寝ているとか驚きです」
「1日? うっわー。結構疲れてたんだね、アタシ」
「まあ……それまでに何度も死ぬ直前まで切られたりしていまし、精神的にはかなり無理していたはずです。その後で延々とカードを暗黒騎士に投げて、最後のほうはもう見るからに疲労困憊でしたもの」
うん。本気でヤになってて、最後はもう惰性でやってたし。もう一生分のカード投げしたんじゃない?
「あんだけやってレベルどころか経験点がミリも入らないとか。2度とやりたくないわね、こういうの」
やる前はレイド報酬独り占めだよヤター! とか思ってたけど、実際やったらないわーだった。やっぱりレイドボスはみんなでワイワイやるのがいい。うん、アタシ反省。
とはいえ、苦労に見合うだけの報酬はあった。暗黒騎士を20000回分倒しただけの素材やアイテムがアタシの<収容魔法>内に入っている。こんだけあれば、装備品のパワーアップもできるし、最悪資金にできる。お金関係で悩むことはしばらくはないわね。
「そういえば『天使の癒し』は取れた? 3000人癒しのトロフィー?」
「まだですよ。トーカさんみたいにずっと戦うとかできませんから」
「よねー。じゃあ次はアンタの称号取るために頑張ってもらうわよ。アンデッドを癒し殺してもらうわ」
「その癒し殺すというフレーズは……いえ、死者を弔うと考えれば納得はできますけど」
むぅ、アンデッドに癒し呪文でダメージが入るのは常識なのに。
「一応聞くけどお化け怖いとかないわよね? 聖職者なのにアンデッド怖いとかおもしろ弱点あったらウケるけど」
「襲ってくるモンスターは注意しないと、程度には怖いと思います」
「あはは。アンタもだいぶこの世界に慣れてきたじゃない」
「はい。トーカさんのキテレツさに比べれば、幽霊ぐらいは驚くに値しません」
「いってくれるじゃないの」
真顔で頷く聖女ちゃんに、思わず笑ってしまう。最初はびくびくとまじめだったのに、こんな顔するなんて。
「ふふ。幽霊だろうが悪魔だろうが、トーカさんと一緒なら何でもありません。どんど来いです」
「じゃあ決まりね。ここを出てヤーシャに行きましょう。キョンシー相手に歌いまくってもらうわよ。ついでにボスも倒してレベルアップ!」
「ええ。お任せください」
言って手を差し出す聖女ちゃん。アタシはその手を握り返す。その温もりは、決して嫌なものじゃなかった。むしろ心地よく、この先楽しくなりそうだと感じさせる温もりだった。
「遊び人トーカはどうなった!?」
とかほっこりとしてる、廊下のほうでそんな声が聞こえてきた。そしてドアが開かれる。そこには天騎士おにーさんがいた。
「おお、目覚めたか!」
「……できればノックぐらいはしてほしいものですが、ルーク様」
氷の態度をとる聖女ちゃん。なんかこの子、おにーさんに冷たくない? 気のせい?
「確かにその通り! しかし救ってもらった礼をしたかったので許してほしい!
遊び人トーカ、貴女のおかげで悪魔の呪縛は解かれた! 未熟な俺を悪魔から救ってくれて、感謝する!」
言って土下座するおにーさん。いやまあ、そこまでされる筋合いはないんだけど。
「っていうか助かったんだ。正直、おにーさんの命とかどーでもよかったんだけど」
それが正直な感想だったりする。20000回倒したら呪いが解けるとか、確かにそんなことを言っていた気がする。
「そして頼みがある! 償いが終わったら、俺を君のパーティに入れてくれ!」
「償い?」
「暗黒騎士になってこの町で暴れた傷跡を直したり、傷ついた人たちを癒したりしているそうです」
おにーさんの話を要約すると、悪魔の誘惑が原因とはいえ、暴れてしまったのは事実。傷ついた建物を修復したり、怪我した人を癒したりしているという。正確にはその費用を稼ぐためにモンスター退治依頼をこなしてお金稼ぎをしているとか。
「そのために、聖武器全てを担保とした!」
つまり、働けなくて金が払えなければ天騎士おにーさんは武器防具全部奪われることになる。そうなると、おにーさんは思いっきり弱体化する。っていうか天騎士から聖武器奪うとかアイデンティティの崩壊ね。
「ばっかじゃないの」
「なんと言われても構わん! これが俺の償いだ!」
いち早い復旧のために、金になることは何でもする。それが天騎士おにーさんの出した結論だ。町の人も、そこまでするのならと許してくれたらしい。幸い、建物はともかくアタシ達のおかげで人的被害は大きくなかったとか。
「最悪、この剣は残っている」
言っておにーさんが手にしたのは、アタシから購入したライトニングバスターだ。確かに聖武器ではないけど、おにーさんの武器としては申し分はないだろう。
そして土下座から立ち上がって剣を抜き、恭しく膝をついたポーズをとるおにーさん。ライトニングバスターをアタシに差し出すようなポーズをとって、頭を下げた。
「というわけで償いが終わり次第合流するので、その時は貴方の剣として戦わせてくれ!
ルーク・クロムウェルは貴女の騎士、貴女の剣として、すべての災厄から貴女を守ることをここに誓おう」
どこかのアニメで見た騎士が忠誠を誓うポーズ。アタシに向かって剣の柄を向けている。たしかこの剣を取って相手の肩に充てるとかそんな感じだった気がする。
迷うことなくアタシはおにーさんに対し、
「いやよ暑っ苦しいし」
「ぐはぁ!」
しっし、と手を振るように断った。なんか吐血しそうなぐらいにおにーさんは崩れ落ちる。
「……本気で、剣をささげた、のに……」
そのまま突っ伏して血文字でも書きそうなぐらいである。パーティ断っただけなのに、なんでそこまで?
「その、ご愁傷さまです」
なんか聖女ちゃんも憐みの表情をおにーさんに向けていた。さっきまで塩対応だったのに、額に手を当てて眉をひそめ、どこか同情的な声。なんなのよ、ほんとにもー。
「……だがまだ諦めぬ! いまは届かずとも、いつかはこの思いを伝えよう!
それではまた会おう、遊び人トーカ。そして聖女コトネ!」
しゅた、と手を上げて去っていくおにーさん。最初から最後まで、うるさかったなあ。
「はいはい、またねー。お仕事頑張ってねー」
フレンド登録ぐらいはしてもいいかと思ったけど、毎日暑苦しく喋られるのもイヤなのでやめといた。
「うーん。でもパーティバランス的にはありだったかなぁ? 聖属性戦士系に聖属性回復タンク。バステ要員のアタシ。
あー、でもおにーさんバステとか嫌いだしダメか。アタシのレベリングにも反対しそうだし」
「もうそこまで言及はしないと思いますよ、あの人」
「そう? あの正義ガーとかいうキャラは嫌いじゃなかったんだけど」
なんだかんだで自分を貫くタイプは嫌いじゃない。そりは合わないけど、好き嫌いで言えば好きな部類よ。
「ちなみにその『好き嫌い』は友人レベルですか?」
「珍獣レベル」
アタシの迷いない返答に、聖女ちゃんは肩をコケさせて何とも言えない表情をしていた。おにーさんに同情するような、どこか安心するような半笑い。
「なによー。なんか言いたいなら言いなさいよー」
「いいえ。むしろ何も言いたくなくなりました。ともかくもうしばらく休んで、出発はいろいろ落ち着いてからにしましょう」
「いろいろ落ち着いて?」
ん、なにか用事でもあったっけ? アタシが首をかしげてると、聖女ちゃんの手が窓の外を指す。そこには復興作業中のチャルストーンの姿があった。
「町を救ってくれたトーカさんにお礼を言いたいって、チャルストーンの皆さん待ってるんですから。
しばらくはみんなのお礼に応えてくださいね」
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