31:メスガキは新天地に向かう。そして悪魔は微笑んだ

「しばらくはみんなのお礼に応えてくださいね」


 と聖女ちゃんは言った。まあ、そんぐらいは付き合ってあげるかー。とへきへきしながらうなずいたのが運の尽き。


「まさか一週間近く付き合うことになるなんてね」


 言いながらチャルストーンのメインストリートを歩く。道行く人はアタシの姿を見て手を振ったり、声をかけたりしてくる。アタシと聖女ちゃんはそれに応えるように手を振り返した。


「それはそうですよ。オーガの時と違って町そのものがモンスターに襲われたんですから。下手をするとチャルストーンはかなりの被害が出ていましたよ。

 それだけ皆さんトーカさんには感謝しているんですから」

「まあ、感謝の品とかもらったしいいんだけど」


 チャルストーンの人達は本用に良くしてくれた。いろいろ感謝の言葉ももらったし、アタシに合わせる感じで歓迎会もしてくれた。ついでにいつでも町に来てください、とばかりに宿の永久無料券までもらったのだ。こんなアイテム<フルムーンケイオス>にはなかったんだけど?


「家ちょうだい、っていえばもらえそうな雰囲気だったわね」

「トーカさんがずっといるのなら、きっと喜んで譲ってくれますよ」

「いやよ。まだまだレベル上げるんだから」


 チャルストーンもレベリングの拠点としては悪くはないんだけど、今はヤーシャでレベルを上げたい。聖女ちゃんのトロフィーついでにボスを狩っておきたい。あとはヤーシャでしか手に入らないドレスも買おうかな。


「暗黒騎士のレイドドロップもたっぷりあるし、しばらくはお金に任せたパワープレイができるわよ。うーん、お金稼ぎに時間潰さなくていいってサイコー!」


<フルムーンケイオス>に限らず、RPGではお金の問題はいつだって難題だ。装備などを整えるために死んだ目をしてモンスターを延々と狩り続ける、なんてのはよくあること。その苦労をキャンセルできるんだから、気楽なことこの上ない。


「お金持ちになってもレベルアップが大事なんですね、トーカさんは」

「むしろレベルアップのためにお金があるのよ。アンタの聖衣ローラもレベルアップの為なんだからね」

「確かにこれはすごいですね。トーカさんが推すだけのことはあります」


 聖女ちゃんは白を基調とした衣装を撫でる。全体的に金で刺しゅうされており、それが聖なる印として機能するとかしないとか。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


★アイテム

アイテム名:聖衣ローラ

属性:聖武器

装備条件:【聖武器】習得

耐久:+40 抵抗:+50 【聖魔法】【聖歌】【聖人】【聖闘技】の消費MPを半分にする。


解説:天使が編んだといわれる法衣。纏うものに天の加護を与える。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆ 


 消費MP半分という実にわかりやすい効果を持つ服。MPは結構カツカツになりがちなので、これで経戦能力が単純に二倍になるわ。ちなみに【聖闘技】っていうのは聖属性の近接攻撃スキル。天騎士おにーさんが使ってたわね。


「これでかなり長い間戦えるわね。トロフィーゲットするまで寝かさないわよ」

「いやさすがに寝ましょうよ。トーカさん自分でやって疲れたでしょう?」

「むしろアタシが苦労したからこの苦行を誰かに味合わせたいたいのよ」

「誰も幸せにならないことはやめません?」

「……そーね」


 そんな会話をしながら、アタシ達はチャルストーンの街を出る。そこで待っていた商人がアタシ達に気づいたのか手を上げる。


「お待ちしていました。ヤーシャまでお送りします」

「お題は要りません。あなたたちがオーガを倒してくれたおかげですし」


 この商人さんは次はヤーシャに行く、って言ったときに馬車で送りますと言ってくれたのだ。複数の馬車を率いて、商品をヤーシャに運ぶ商隊。護衛までいて、アタシ達は寝ているだけでいい。致せりつくせりだ。


 馬車に乗り込み、椅子に座る。木の板に薄いクッションという程度だ。揺れるとちょっと痛そう。


「お金に余裕はあるんだからタクシー代ぐらい出してもいいけどね。暗黒騎士さまさまー!」

「暗黒騎士で思い出しましたけど、こういうことはトーカさんのやっていたゲームではよくあることだったんですか?」

「こういうこと?」


 首をかしげるようにして問いかける聖女ちゃん。何のことかわからず、問い返す。


「普通の人が暗黒騎士になることです。いえ、ルーク様は強い英雄ですから普通の人じゃありませんけど。

 ルーク様は『悪魔に誘惑された』と言ってましたけど、そういう理由でいきなり町中にあのような破壊者が現れることはよくあるんですか?」

「んー。頻度的には数回ぐらいかな? どっちかっていうと悪魔が占領している街のボスが持ってる設定とか、すでに廃墟となった町がそこを守っていた騎士団長が悪魔になったからとか、そんな感じ」

「つまり、そういうことを人為的に引き出せる存在がいる、ということですか?」

「そうね。<フルムーンケイオス>だともう手遅ればっかだったんで、あんまり気にしたことないけど」

「トーカさんもそれを誰が引き起こしたかはわからない?」

 

 ……言われてみれば、誰がそんなことをしたかっていうのはゲーム内では明らかになってなかったわね。単に『悪魔が誘惑して』『悪魔との契約で』以上のことはなかった。


 今回天騎士おにーさんを暗黒騎士にした悪魔は、確かにいる。その悪魔がなんでおにーさんを暗黒騎士にしたのかはわからないけど。


「わかんないけど、それがどうかしたの?」

「……いえ。そういう存在がいるなら注意ないといけませんね、というだけです」


 何かを言いかけて、口を閉じる聖女ちゃん。んー、なんか隠してる? まあどうでもいいけど。


「そうね。次はもうちょっと楽なボスにしてほしいわ。もう20000回倒すとか勘弁したいわ」

「そういう問題ですか?」


 そういう問題よ、と言いかけた瞬間に馬車が動き出す。想像以上の揺れとおしりの衝撃に言葉を飲み込んだ。やっぱファンタジーな乗り物はサービス悪いー。


 何はともあれ、アタシ達はヤーシャに向かう。


 チャイナでオリエンタルなレベルアップが待ってるわ!


――――――――――――――――――――――――――――――


「ふーん。倒したんだ」


 こことは違う時空で、一人の悪魔が笑みを浮かべる。


 リーン。クライン皇子と契約し、アサギリ・トーカを精神的に肉体的に苦しめて絶望させようとした悪魔。


「殺しちゃいけないから手加減したけど、まさかそういう手段で突破するとは思わなかったわ」


 リーンはトーカの一連の行動を見ていた。ルークと契約して暗黒騎士の力を与え、ルークは恨みのままにトーカを狙う。闇の斬撃と炎、そして何度も蘇る相手に絶望させたのちに皇子のもとに運ぼうと思ったのだが、その目論見は外れた。


「あの皇子になんて報告しようかしら? 一応肉体的にも精神的にもかなり苦しめたのだから、溜飲は下る? ふふ、それとももっと怒りを募らせるかも?」


 リーンの顔に焦りはない。暗黒騎士は安くはない切り札だったが、その程度だ。まだまだ人間一人を絶望させる手段はある。


「ヤーシャに向かうみたいだし、を使いましょうか。せいぜい暴れてもらうわ」


 悪魔は、舞台裏で笑う。

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