27:メスガキは暗黒騎士に斬られる

「わが炎を受けよ、アサギリ・トーカ!」


 暗黒騎士はアタシに剣を向け、叫ぶ。同時にアタシの足元から黒い炎が沸き上がり、包み込んだ。魂すら焦がす黒い炎。夜すら染める黒の烈火が火柱となって沸き上がった。


「え、今何かしたの? もしかして攻撃だったの?」


 しかしアタシは何事ともなかったかのようにその場に立っていた。まともに食らえば焼死体だったけど、とっさに【早着替え】で沙羅双樹さらそうじゅ曼殊沙華まんじゅしゃげに着替えてある。即死、炎、毒を無効化する黒の和服。


「炎を受けよ? 早く炎出してみなさいよ。あ、もしかして今のが全力だった? えー、うっそだー」

「いちいち煽ってあげないでください」


 カラクリを知っている聖女ちゃんは、どちらかというと暗黒騎士に同情的だった。


「いやほらこうして煽ったら次も炎使ってくれないかなぁ、って。そういう戦術なのよ」


 半分本当半分ウソだ。


 暗黒騎士の初期段階での攻撃は主に二種類。さっき使った『黒炎ダークフレイム』と、高火力の斬撃『影斬シャドウブレード』。黒炎ダークフレイムはさっきみたいにドレスで無効化できるけど、影斬シャドウブレードは根性で耐えるしかない。


 なので黒炎ダークフレイムばっかり来てくれれば助かるのは確かなのよ。だからこその挑発。攻撃を誘導する高度なテクニック。まあ、煽って楽しいのは否定しないけど。


 レイドボスらしく攻撃も広範囲。聖女ちゃんも歌やポーションで回復しながら、隙を見ては暗黒騎士おにーさんを殴っている。とはいえ、基本はジリ貧だ。


「HPが3000以下になったら、黒い馬を召喚して騎乗するわ。そうなったら即死攻撃や走り回っての突撃とかしてくるから」

「騎乗している鎧の騎士とか、本来なら歩兵はどうしようもないですけど……」

「そこは魔法使ったりいろいろできるんで!」


 本来の戦争ならどうしようもありませんよ、と言いたげな聖女ちゃん。ゲームファンタジーな世界にその辺を追求されても困ると言えば困る。


 ちなみに<フルムーンケイオス>だと騎乗状態の暗黒騎士は速度に補正がかかる程度で、スペックがマシマシになるわけじゃない。攻撃手段が増えるのが厄介なだけだ。


「メインの攻撃はアンタの聖杭シュペインで行くわよ。【聖体】とのダブル聖攻撃でガンガンダメージ与えていって。アタシがヘイト受け役になってあいつの攻撃受けるから」


 暗黒騎士おにーさんはアタシを集中して狙ってくる。そして悪魔種族は聖属性攻撃に弱い。ならこの役割分担がベスト。アタシがひきつけて、聖女ちゃんがぶっ叩く。問題なのは――


「だ、大丈夫なんですか!? あの攻撃を受けたら、トーカさん死んだりしません!?」

「多分何とかなるわ」


 問題は暗黒騎士の攻撃にアタシが耐えられるかどうか。この一点だ。


 レイドボスの攻撃力は高い。そりゃガチガチの盾系重戦士を相手するほどなんだから、普通の前衛なんかが攻撃を受ければ即倒れるだろう。ましてやアタシの防具は基本服。最高防御力を誇る沙羅双樹さらそうじゅ曼殊沙華まんじゅしゃげでも、前衛がつける鎧の半分にも満たない。


 なのでアタシがまともに暗黒騎士の攻撃を受ければ、数値的にはHPが二倍あっても耐えられないのはわかっている。むしろ遊び人一人あっさり殺せない攻撃力でレイドボスやるとか鼻で笑ちゃうわ。


 だけど、それは<フルムーンケイオス>でのスペックの話だ。


「正義の剣を受けよ!」


 暗黒騎士おにーさんが剣を振るう。遠く離れた場所にいる漆黒の刃が振るう軌跡に合わせるように空間が避け――意識が真っ白に染まる。斬られたんだ、って認識したのは地面に転がってから。


 熱い。


 痛い。


 肩から胸を走る熱と痛み。呼吸することすらできないぐらいの感覚。頭がガンガンするぐらいに揺るがされ、涙が止まらなくなる。自分でもなんて叫んでるのかわかんないぐらいに大声を上げてるんだと思う。もう何が何だかわからないぐらいの、痛み。


 でも、生きてる。


「――ト――さ――だ――」


 聖女ちゃんの声が聞こえる。バカ、アタシは耐えるからアンタはあっち殴って。そう言いたかったけど声にならない。なんとか手で制して、立ち上がる。ああ、もう。予想通りだけど、実際そうなると嫌になる。


「その痛み、それが貴様の罰。正義に屈するまで、その痛みを味わってもらうぞ!」


 おにーさんはずっと言ってた。正義を心と体に刻み込む、と。


 当たり前だけど、死んだら何も考えたり思ったりはできない。死人に正義を教え込んでも、意味がない。ゾンビになって善行を組めとかそういうネクロマンシーならともかく。


 なのでおにーさんはアタシを殺さないんじゃないか、とは何となく察していた。アタシに反省を促すまで、何度も殺さずに攻撃してくるんじゃないかな、と。予想が外れればアタシ死んでたかもだけど、なんとなく確信はあった。


 まあ、確信はあってもめちゃくちゃ痛いうえに心が折れそうになる。体内をぐちゃぐちゃにかき混ぜられてるような、そんな感覚が傷口から脳に向けてずっと発せられてる。


「――あ……っ」


 そんな感覚から逃れようと、アタシはケーキを食べてHPとMPを回復させる。【ピクニック】を使って聖女ちゃんも含めて回復させ、傷の痛みから逃れる。HPの回復とともに、痛みは消え去った。


「どうした、アサギリ・トーカ。憎まれ口を言う心は折れたか?」


 おにーさんの言う通りだ。たった一撃でアタシの心は折れた。


 あの痛みに何度も耐えるとか、無理だ。逃げてしまいたい、っていう気持ちが心を支配してる。ダメ、もうヤダ、ごめんなさい。そう言って許してもらいたい。むしろそれを言えないのは、叫びすぎて疲れているだけだ。叫ぶだけの元気があればそうしていたかもしれない。


「…………」


 聖女ちゃんは何も言わない。きっとこの子はアタシがここで逃げても『仕方ないですよ』と許してくれるだろう。その後はアタシを見捨てるかな? それはちょっと悲しいけど、仕方ないかも。


「そーね、ちょっとイヤになってきたわ」


 何とか口が利けるようになるまで回復して、声を絞り出す。体内の酸素を全動員して、胸を張って笑みを浮かべてやった。


「正義とか言って、結局暴力じゃないの。殴って言うこと聞かせるDV親と何が違うっていうのよ」

「痛みをもって過ちを示す必要もある!」

「トーカは間違ってないわ。勝負に負けたくせに逆切れしてコスプレして切りかかるとか、そっちのほうが間違ってるじゃないの」

「これも必要な処置なのだ!」


 言ってまた攻撃を仕掛けてくる。地面を転がり、激痛に苛まれる。それでも、アタシは死なない。痛みで苦しみながら、何とか生きてる。


 アタシは死ぬことはないし、アタシをメインに狙うから聖女ちゃんは即死攻撃にさえ注意すれば何とかなる。黙々とHPを削っていけるのだ。即死攻撃も沙羅双樹さらそうじゅ曼殊沙華まんじゅしゃげで無効化できる。


 なんだ、そう考えればラクショーじゃん。アタシが痛いだけで、HP10000を黙々と削っていけばいい。そう考えると、絶対勝てるイベントじゃん。


「逃げましょう、トーカさん! こんなの、こんなのトーカさんが壊れます!」


 どれぐらい時間が経ったかわからない。何度目かの復活の後で、泣きながら聖女ちゃんが抱き着いてくる。抱き着かれてる感覚もよくわからないし、声もあまり聞こえにくいんだけど、視覚情報的には抱き着いてるのはわかる。


「なによぅ。あともう少しじゃない。暗黒騎士アイツもう馬に乗ってるんだから、あと一息――」

「何度も死にそうになってそんなボロボロになって、私は耐えられません!」

「もー、回復はしっかりしとかないとダメよ。アンタの攻撃が要なんだから」

「耐えられないのは心のほうです! 逃げて、逃げないと、トーカさんが、壊れて……そんなことになったら、私は――あ」


 言いつのる聖女ちゃんをやんわりと引きはがす。聖女ちゃんは泣きながら、アタシの意図を受け取ったのか暗黒騎士のほうに向きなおってくれた。うん、ごめんね。何が悪いのかわからないけど、悪いことした気がしたんで謝っておく。もう喋るのもおっくうだけど。


 何度も切られて、何度も死にかけて、何度も泣きそうになって、何度も苦しんで、何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も――でも逃げ出さずに立ち上がった。そのたびに聖女ちゃんが泣きそうな顔するんで、無理やり笑顔を作ってやった。


「何故だ、何故ここまで耐えられる!? 卑劣な生き方しかできない姑息な心なのに、なぜ正義の一撃に耐えられるんだ!?」


 焦りの声を上げるおにーさん。


 バッカねー。アタシは全然耐えてなんかない。アタシの心はもうボロボロで、土下座すれば許すとか言われたらそうしてる。もう嫌だし、もう立ち上がりたくない。聖女ちゃんが逃げよう、って言ったのを受け入れなかったのを少し後悔してる。


 それでも、アタシは踏みとどまった。


 それはゲーマー的にここまでHP削ったんだからっていう意地もあるし、逃げたら街の人襲うとかいうのもあるし、暗黒騎士の経験点とかレイドドロップがウマーイとかもある。


「アタシがここまで頑張る理由? 決まってるじゃない」


 ああ、でも一番の理由はこれだ。


「闇の力に目覚めたとか路線変更したイタイ存在のおにーさんをコテンパンにして、思いっきり馬鹿にするためよ」


 見下すように顔を上げて、笑みを浮かべてやる。


 そのセリフに合わせるように聖女ちゃんが暗黒騎士に向かって走り、聖杭を叩き込んでHPを削り取った。

 

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