26:メスガキはレイドボスに狙われる

「アサギリ・トーカ! 貴様の体と心に正義を刻み込む!」


 黒い剣を向けられ、レイドボスの暗黒騎士に宣言される。え? 何それわけわかんない。


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名前:暗黒騎士ルーク

種族:悪魔(ボス属性)

Lv:156

HP:10000


解説:魔王親衛隊長。闇を纏う暴威。魔剣を振るう堕ちた騎士。


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 レイドボスが特定の人間を狙うとか聞いたことない。確かに近くにいる相手をアクティブに攻撃するタイプのモンスターだけど、誰かを狙って動くとかそんなルーチンは持ってなかった。


しかも声は天騎士おにーさんの声だ。


「ちょ、アタシ何か悪いことした!?」

「他人に恨まれるようなことは結構していますけど」

「アタシは罪のないただの女の子なのに!」


 聖女ちゃんのツッコミを強引にスルーして言い切った。世の中言い切ったもん勝ちよ。アタシ悪くない。


「トーカさんの罪状はともかく、ルーク様……何でしょうけど、どうなされたんですか、その恰好は。まるで、あなたが街を襲っている暗黒騎士みたいですよ!」


 ちぃ、ごまかしきれなかったか。でも今はそっちよりも目の前の事ね。


「不埒かつ卑劣なアサギリ・トーカに正義を教え込む。真に正しいのは地道な努力によって得られた力であり、奸智による卑劣かつ安易な戦法など邪道!

 そう、これは邪なる道に惑わされた可憐な乙女を正義の道に戻すための戦いなのだ!」

「とーかさんが、かれん……」

「なんか言いたそうね、アンタ」

「可憐て『可愛らしく憐れむべき』という意味ですけど」

「――今は言葉遊びしてる暇はないわ」


 ばっさり言って会話をカットする。決して聖女ちゃんのツッコミに負けたわけじゃない。可愛いとか憐れむべきとかアタシのキャラじゃないとか思ったわけじゃない。ないもん。アタシは可愛いし、庇護欲誘う乙女だもん。


 それに実際そんな余裕はない。目の前にいる暗黒騎士。これが天騎士おにーさんなのだとすると、かなり厄介だ。


「事情はよくわかんないけど、おにーさんが暗黒騎士になってアタシを狙っている、ってことなら……」

「ええ。うかつな攻撃はルーク様を殺しかね――」

「暗黒騎士のヘイト押し付けて隣で殴る、っていう経験値稼ぎができなくなったじゃないの!」


 血を吐くような思いで言葉を放つ。


「あああああ、楽してレベルアップしてレイドボスの素材もゲットできると思ったのに……」

「そこですか!?」

「当り前じゃない。せっかくのレイドイベントなのよ。しかも優秀な前衛がいるのよ。勝手に殴ってくれるんだから、利用しない手はないじゃない」


 はっきり言って、レイドイベントはおいしいイベントだ。敵は強いけど、その分報酬も大きい。20000回の復活は、報酬を20000回受け取れるという意味よ。実際はリアル時間とかの制限で一人50回ぐらいが限界だけど。


「何たる卑劣な思考! 一対一の戦いに横槍を入れるつもりだったとは。やはり貴様の心は正さねばならぬようだな!」

「レイドボスの横殴りはマナー違反じゃないからいいのよ」

「そういう話じゃないと思います。ええと……」


 んな会話をしながら、距離を測るアタシ。


 実際問題、アタシと聖女ちゃんのキャラ構成では暗黒騎士相手はつらい。種族悪魔は精神系のバッドステータスに強耐性があるので【微笑み返し】の<困惑>はまず効かない。


 オーガキングの時みたいに【威光】での<暗黒>、アタシの攻撃で<毒><古呪>をのっけてがりがり削っていく戦術があるけど、HP10000を削りきれるまでに聖女ちゃんが耐えられない。火力もそうだけど、即死攻撃の『魂狩りデスブリンガー』がタンクとの相性最悪だ。防御力関係なく即死とか、もうダメダメ。


「いったん逃げるわよ。準備なしで勝てる相手じゃないわ」


 レイドボスがいるのなら、その対策が必要になる。相手のスペックに合わせたアイテムやそれに合わせたアビリティ。『魂狩りデスブリンガー』対策に回避壁か即死耐性をもつキャラを探して、あとは火力特化か聖属性攻撃キャラを集めて――


「逃げればこの町の人間を殺す」


 暗黒騎士おにーさんはそう言った。


「俺の視界から消えれば殺しにかかる。貴様が現れるまで殺し続ける」

「この町の人を殺す!? なんでですか!」

「アサギリ・トーカは戦いから逃げる卑怯者。それを慕う者も同罪だ」


 聖女ちゃんの叫びに淡々とした声で答えるおにーさん。


「そう。それがアンタの『正義』なのね」

「正義……そうだ。正義を示す。不正をする者を正す。それを良しとするものを正す。それが俺の正義……だ」


 アタシの問いに対する答えは、若干ためらいがあった。本当にそれが正しいのか。正しくないのか。迷っているような。


「はん。この町の人を殺す? そんなことしてもアタシは痛くもかゆくもないもんねー。遠慮なく逃げさせてもらうわ」


 言って舌を出すアタシ。他人がどうなろうが知ったことじゃない。アタシの家族とか知り合いとかならためらったかも知れないけど、出会って数日程度の袖触れ合った程度の人達だ。そんなのを殺されても――


『オーガキングを倒した英雄様の帰還だ!』


『息子を救ってくれて、言葉もありません……。あなた様がいなければ、私は……!』


『やめないか! トーカさんはオーガキングを倒してこの町を救ってくれた人だぞ!』

 

 感謝の言葉。アタシを認めてくれる言葉。このチャルストーンの人達の、生きた言葉。そんなことをいってた人が殺されると言われて、なんとなく脳裏をよぎった。


 …………ああ、もう。


「ふん、しょせんは卑怯者か。では一人ずつ縊り殺してや――」

「隙あり死になさい!」


 暗黒騎士おにーさんが首を横に向けた隙をついて、【早着替え】でプリスティンクロースに着替えて【ハロウィンナイト】で動物属性付与。んでもって【笑裏蔵刀】でクリティカル攻撃よ!


「はあああああ!」


 アタシの攻撃に合わせるように、聖女ちゃんが【聖体】発動後に聖杭シュペインで暗黒騎士をぶっ叩く。吹き飛ばし、杭で<足止め>にした。【聖体】と聖なる杭のダブル聖属性攻撃が、暗黒騎士を貫く。


 って、なんでさも当然とばかりにアタシに合わせて攻撃してるのよこの子? いや、性格的にああ言われたら逃げないよなぁ、って思ってたけど。


「……え? アタシ逃げるって言ったわよね? なんで?」

「ウソだってまるわかりですよ。ああ言われてトーカさんが逃げないことなんか、お見通しです」

「ウソじゃないわよ。間違いなく最善手は逃げて準備することで、アタシは効率重視だからそうするつもりなの。ちょっと隙が見えたんで一発殴っただけで」

「ええ、そうですね。それでどうします? 本当に逃げます?」


 頷き、アタシを見る聖女ちゃん。次言うセリフはわかってますよ、って顔してた。なんかいろいろムカつく。


「ふん、どうせアンタは残るっていうんでしょ。だったら付き合ってあげるわよ」

「はい、ありがとうございます」

「わかってると思うけど、仕方なくなんだからね。あんたがいなかったらこんな戦いとっととトンズラしてるんだから!」

「はい、わかってます。じゃあ、行きましょう!」


 ものすごくうれしそうな顔で――予想通りですね、って顔で――聖女ちゃんは頷いた。やっぱりむかつくー! もう、何なのよこの子はー!


「不意打ちとは下劣! 正しき作法に従い戦えぬものに、武器を持つ資格なし!」

「ばーかばーか、騙されてやんの。戦闘中に隙見せるとか舐めプしてるのが悪いのよ」


 アタシの最大火力と聖女ちゃんのダブル聖攻撃を食らっても、ダメージは大したことはなさそうだ。バッドステータスもあっさり解除している。


「アサギリ・トーカ、貴様に正しい道を刻み込む! これが正義の一撃だ!」


 暗黒騎士おにーさんがアタシに剣を振りかぶる。黒いオーラに包まれた闇の剣。


 町の人とかどーでもいいけど、せっかく殴ったんだしこのまま倒させてもらうわ。

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