22:メスガキと聖女の争い

 アタシと聖女ちゃんの意見はよく対立する。


 あの子、成長方針とかに関しては素直なんだけど行動に関しては結構わがままで我が強い。アタシがこうしたほうがいいっていう意見に対し、こうした言って異議を唱えてくる。おかげでアタシは余計な苦労を背負ったりする。


 この前のオーガの件もそうだし、オーガキングを倒して捕まった人を助けたいとかその極みだ。アタシの機転とかでどうにかなったけど、一歩間違えればオーガの巣にお持ち帰りされてた可能性はあるわ。結構危うい勝利だったのは間違いない。


 オーガを倒した祝賀会とかも強引に呼ばれたり、その際にアタシが優しい人っぽく言ってたり。とかくいろいろ振り回されっぱなしなのよね。


「……本気?」


 今回もそのたぐいの話。アタシの意見と聖女ちゃんの意見が分かれた話だ。


「はい。本気です」


 真正面からアタシを見て、一歩も譲らないぞっていう顔。無言の圧力。っていうかすでに自分の中では決定していますって顔。何度も何度もアタシを悩ませたこの表情。


「今回ばかりは、アタシも譲れないわよ」

「はい。ですが私も譲りません。決定権は私にあります」


 はっきりと権利を主張する聖女ちゃん。これまでの誰かを助けたいとかそういう正義っぽい感情論ではなく、理を通す形での反論。いつものわがままではなく、外堀を埋めて完全勝利を譲らない戦略。


 これまではいろいろあってアタシは妥協してきた。例えばオーガの話だと、ハイリスクだけどレベリングとしてはありだという打算があった。オーガキングもそれより前に手に入れたプリスティンクロースの影響が大きい。祝賀会は……まあ、首根っこつかまれたから仕方なく。


 だけど、今回は違う。妥協する理由はない。聖女ちゃんの提案を受け入れることに、アタシの得はない。たとえこの決定権が聖女ちゃんにあるとはいえ、譲っちゃいけない一線がある。


 そう、これは戦争だ。たとえ何かを犠牲にしたとしても、戦わずして受け入れることだけはやっちゃいけないんだ。


「【使い魔】と言ったらもふもふでやわらかいウサギとかネコがいいに決まってるじゃない。見て癒されるし触って気持ちいいし! さわさわな毛並みでふわふわの手触りでもふもふの見た目! 最の高じゃないの!」

「魚介類の無表情さを理解できないなんてトーカさんはわびさびがありません! ただ静かに漂っている。触ったり話しかけたりはできなくとも、その存在感だけで癒されるんです! その素晴らしさがわからないなんて!」


 事の始まりは、聖女ちゃんの【使い魔】を何にするかという話だ。


【使い魔】アビリティはレベルの5分の1までの動物系モンスターを一体使役し、そのHPとMPを貸与できる。要するに、HPとMPがその分増える感じだ。数値的にはどれを選んでも誤差程度なので好きな動物を選んだらいい、という流れになった。


 で、アタシはもふもふモンスターを推したんだけど、聖女ちゃんは魚介類がいいと言い出した。最初は冗談かなー、って思ったんだけど割とガチだった。そして冒頭に戻る、ということだ。


 なお、魚介類を【使い魔】にした場合、普通に地上で行動できるわ。逆に水に潜れない動物でも水系ダンジョンに普通についてくる。なんで、とか思ったら負け。そういう魔法的な契約をするとかそんな解釈でいいんじゃない?


「魚ってぬるぬるして気持ち悪いじゃないのよ! 鱗とか生えてるし目が開きっぱなしで怖いし! あと、タコとかイソギンチャクとか触手生えてて、いろいろ変な事されそうで嫌なの!」

「そういうところが魅力なんですよ! 大体ネコとかウサギは引っかいたりかみついたりしてくるじゃないですか! 爪とか毛並みの世話とか大変って聞きますよ!」

「そこはファンタジーな使い魔設定だから無視していいのよ。魔法的なパワーで調整してくれるわ、きっと!」

「それを言うならぬるぬるとかも無視できるんじゃないですか? あと触手に変な事されそうとかどういう意味です?」

「うぐっ……それは忘れて!」


 純粋な顔で疑問符を浮かべられて、目をそらすアタシ。そこは踏み込んではいけない領域だったわ。


「そもそも数値的にはあまり変わらないから、どれを選んでもいいって言ったのはトーカさんじゃないですか」

「言ったけど、言ったけどぉ。でもせっかくだしもふもふしたいじゃないの」

「アニマルセラピー的な癒しは理解しますけど、そこまで魚を毛嫌いしなくてもいいじゃありませんか。アクアリウムとか興味ないんです?」

「そんな高尚な趣味は知らないわよ」


 生きた魚なんて、見たことがない。泳いでいる姿を見るのは動画とかゲームといった間接的な姿。まれに店で売られてる見るぐらい。はっきり言って、縁遠い存在だ。……まあ、ネコとかウサギもそこまで見てたわけじゃないし、あまり触ったことないけど。


「じゃあ、間を取って爬虫類とかにします?」

「……蛇とかカエルとか、耐えられる?」

「無理です。あとカエルは両生類です」

「細かいことはいいわ。誰も幸せになれない妥協案はやめましょう。公平にじゃんけんでどう?」

「いいでしょう。トーカさんに魚のすばらしさを教えるいいきっかけになりそうです」

「恨みっこなしの、じゃーんけん――」


 ――それから数時間後。


「やりました。ドクハリセンボン捕まえました!」

「そー、よかったわねー」


 聖女ちゃんは目的のモンスターをゲットし、喜びの声を上げていた。アタシはどうでもいいとばかりに適当に相槌をうった。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


名前:ドクハリセンボン

種族:動物

Lv:10

HP:34


解説:毒針を持つハリセンボン。毒の針を飛ばしてくる。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 その名の通り、<毒>のバッドステータスを持つ魚系モンスターだ。海岸マップやその周辺のダンジョンに生息している。なお、【使い魔】にしたら攻撃とかバッドステータスは使えなくなる。あくまでHPとMPが重要なのだ。


「あ。名前とか付けられるんですね。じゃあとげまるで」


【使い魔】に名前を付ける聖女ちゃん。別にうらやましくはないもーん。


 とはいえ、これで大まかな準備は整った。疲れをいやすためにゆっくり寝て、勝負に挑むだけだ。


 本当はライトニングバスターを売ってそのお金で装備を整えたかったんだけど……。


「剣、まだ買い手が付きませんね。トーカさんへの悪口も続いています」


 ステータス画面を見ながらため息をつく聖女ちゃん。アタシに対する嫌がらせの書き込みはまだ続いている。言いたい放題ね。


「複数名で書いてるっぽいわね。この『ボルドー』と『アガット』と『グラナート』ってのが書いた後に追従して書いてるみたい」

「わかるんですか?」

「なんとなくね。この三人の後ぐらいにいろいろ書かれてるし」


 書き込む時間帯とか、悪口のパターンとかを考えればこの三名が中心のようだ。誰かに文章を書かせているのかな。現実世界だと複数アカウントとかそんなところだ。


 まあそれ自体は好きに言って。って感じだけど、厄介なのはこれで誰もライトニングバスターを買ってくれないことだ。装備が整えられない。


「まあいいわ。最低限の装備はあるし、どうにかなるでしょ。負けても約束を守ってるフリすればいいんだし」

「それはどうなんですか……?」

「ずっとアタシのこと監視するわけじゃないんでしょ。飽きたらどこか行くわよ」

「確かにずっと傍にいられたらイヤですね。勝ちましょう」


 妙にやる気を出す聖女ちゃん。確かにあの暑苦しいのがずっといるのはヤだもんね。


「それじゃ天騎士おにーさんをぼっこぼこにするわよ」

「はい。がんばりましょう!」


 アタシの声に聖女ちゃんが頷き、使い魔のとげまるが同調するように膨れ上がった。


 ……うーん、ギリキモかわいいと言えなくもないレベル?

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