15:メスガキはいっぱい感謝される
「トーカさんのお帰りだ!」
「すんません、勝手に盛り上がっちまって。あっしらもはしゃぎすぎました」
「ですけど、迷惑かけるつもりはなかったんです。許してください」
聖女ちゃんに文字通りに首根っこ引っ張られて戻ってくれば、謝罪と反省の言葉が返ってきた。
「え? いや、勝手に戻ったのはアタシなんだし。むしろこっちが空気読まずにごめんていうか」
「いえ! オーガキングを倒してもらったトーカさんに迷惑かけちゃいけません。しかしその、このままお礼も何もしないというのも……」
アタシは何というか、開いた口が塞がらないような顔をしていたんだと思う。アタシが勝手に逃げるように去ったのに、むしろ気を遣うように扱ってくれる。
なんなのよ、もー。
「あー、もう! わかったわよ。歓迎でもお祭りでも好きにしなさい。逃げも隠れもしないから」
「……え。いいんですか?」
「そりゃノリについていけないところはあったけど、一晩だけならつきあってあげるわ。それでいいでしょ」
最後のセリフは、聖女ちゃんに向けて言う。ニコニコしながらうなずいて、首根っこを放してくれた。ったく、もう。
「さすがはトーカさんです。ささ、皆さんお待ちですよ」
「はあ……。適当に受け流して終わらせましょ」
「ええ、それでいいですよ」
うん。つきあうだけだから。この強引な聖女ちゃんの我儘に付き合ってあげるだけ。感謝の言葉とかも全部聞き流して、適当に相槌打って終わらせるわ。
「本当にありがとうございます。あの岩山を通らないとヤーシャに行けず、流通が止まってしまいまして。トーカさんのおかげで明日から馬車が通れそうです。あやー者のことはご存じで」
「知ってるわ。中華っぽい雰囲気の町でしょ。サンゾーとかいうお坊さんがいる街」
「中華……? それはわかりませんが三蔵法師様はご存じですか。いやはや、トーカさんは幼いのに博識で」
ゲームの知識だもんね。知ってて当然よ。
ちなみにそのサンゾーはサブジョブ覚醒イベントで会うNPCなんだけど……そういえばレベル50超えたし、そろそろ会いに行くか。
「たいしたものです。ほとんどの騎士や英雄はオーガキングどころか、その手下のオーガ相手で手いっぱいでしたのに」
「まーね。トーカにかかればこんなもんよ」
「先行で街に攻めてきたジェネラルオーガは天騎士様が討ち取ってくれましたが、残党のオーガが岩山を占拠して大変でした。時折町に近づいて岩を投げて脅してくる始末。おかげで街の人は安全に過ごせそうです」
「天騎士? なんでそいつがオーガキングまで倒さなかったのよ? ジェネラル倒したついでにやってくれればよかったのに」
天騎士。天使に認められた騎士だ。聖女並みに育てるのが大変だけど、中盤以降はかなりの強さを持つ。ジェネラルオーガを倒せるということは、それなりに成長しているはずなのに。
「さあ……? なにぶん異世界から来た方は独特の価値観を持つとしか説明されてなくて……いえ、トーカさんを責めるわけではないのですが」
「いいわよ。アタシも大概ひねくれてるし。聖女ちゃんがいなかったらオーガキングなんか倒そうとも思わないわ」
「はっはっは。聖女様のおっしゃったとおりですね」
手を振るアタシに、町の人はそう言って笑う。何のこと?
「トーカさんはオーガキング退治に乗り気ではなかった、というでしょうが自分よりも真剣にオーガキングを倒すために尽力したと。諦めることなく最後まで、頑張ったのは貴方だと。貴方がいたから、私もあきらめなかった。
聖女様は、そうおっしゃってました」
む。何よそれ。別にアタシはそこまでこだわってなかったし、諦めなかったのも自分のためなんだし。
「正直、歓迎を拒否されて冷めかけていた私たちでしたけど、聖女様は必死に引き留めてくれました。トーカさんはああいう態度をとったけど、決して私たちが嫌いなんじゃない。ただ、戸惑ってるだけですって」
「……ふん。勝手な妄想よ。っていうか眠かったの。それだけ!」
アタシの言葉に、町の人たちはうなずいて言葉を返した。
「はい。それでいいですよ。トーカさんの思惑はどうあれ、私たちチャルストーンのみんなはオーガキングを討ってくれたことに感謝しかありません。残党のオーガはいるかもしれませんが、その数は王を討たれたことで減るでしょう。これで街に平和が戻ってきます」
「そうそう。レベリング? 英雄様は強くなりたいっていうのはあるかもしれないけど、それで俺たちが助かるならめっけもんさ」
「理由はどうあれ、夫を助けてくれてありがとうございます」
「あの山にしか生えていない薬草があったんです。これで採りに行けます!」
次々に告げられる感謝の言葉。そしてお礼。
アタシはこの人たちを助けたい、なんて思ったことはなかった。ただ聖女ちゃんの我儘を聞いて、その後はゲーマー的な意地でオーガキングを倒すために知恵を絞った。ただそれだけだ。それが偶然、町を救っただけだ。
こんなに感謝される理由なんて――ないのに。
「何度も言うけど、この町を救いたいって言いだしたのはこの子だからね! アタシはただつきあっただけ! そういうのはこの子に言いなさい!」
アタシは隣に入る聖女ちゃんを引っ張って指さす。
「はい。たくさん感謝の言葉をいただきました。だから次はトーカさんの番です」
「だからアタシはアンタにつきあっただけで――」
「はい。町を救おうと言い出したのは私で、トーカさんは私の我儘に付き合ってくれました。ただそれだけです。
ただそれだけのことに、感謝しています。私も、皆さんも。ただそれだけです」
そしてにこにこしながら、チェックメイトとばかりに聖女ちゃんは言葉を継げた。
「トーカさんはみんなに感謝されていいんです。善意とか正義とか関係なく、あなたの行動を感謝したいんです」
アタシの逃げ道を全部ふさぐように、この子は笑顔でアタシに告げた。
人間、善意の裏に悪意があって。正義とかで人をたたくのが人間で。だけどそんなことは関係なく、アタシのやったことを認めてくれる。ただそれだけ。
アタシの行動に裏があろうが関係ない。アタシが聖女ちゃんを囮として利用しようとしたかもしれないとか、そんなことは関係ない。いや、そうと分かったうえでなのかもしれない。
アタシを、アタシの行動を、否定せずに受け入れてくれたのだ。
胸に満ちる熱い感覚。これまで子供だの遊び人だのレッテルで馬鹿にされてきたアタシが感じたことのない熱。アタシはそれを感じていた。これが感謝されることなんだって理解して、
「つまりあれよね。あんたに『赤い稲妻』を着せたことも感謝するんだ。うわー、はずかしー」
うんうん、とうなずきながらそんなことを言った。思わぬ――というかルール無視の反則技を食らったかのように聖女ちゃんは真顔になる。
「それはありません。っていうかそのことは言わないでください! 町の人にも言ってないんですから!」
「赤い稲妻? それってあの恥ずかしい防具……?」
「あ、そうなんだ。聖女なのに真実を告げてないんだー。ふーん」
「か、語るまでもなかったことです! そもそも格好で言えばトーカさんの服だって!」
「別に恥ずかしくないもーん。なんならここで着替えようか? 【早着替え】!」
「きゃー! も、も、も、もう! トーカさんは少しは恥じらいをですね!」
着替えたあたしにタオルをかけながら叫ぶ聖女ちゃん。えー、これぐらい大したことないのに。
「照れ隠しで私をダシにするのはやめてください……!」
「……別に照れてないわよ」
小声でアタシに告げる聖女ちゃんに、目をそらすアタシだった。
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