14:メスガキは逃げ出した(しかしまわりこまれてしまった!)

 何をするにしても、一度街に帰りたい。一度宿に戻って体を休めたい気分だった。聖女ちゃんも同じ意見だ。あたしたちは帰還用アイテムの『トンボガエリ』を使い――


「その前に着替えさせてください」


 こんな格好で街に帰りたくないと主張する聖女ちゃん。ちぃ、気付いたか。


 聖女っぽいローブに着替えたのちにチャルストーンに帰還する。


「おい、あの二人じゃないか?」

「間違いない。俺、あの人に助けてもらったぞ!」

「オーガキングを倒した英雄様の帰還だ!」


 帰還した瞬間、もみくちゃにされた。なになになに!?


「おお、英雄様。私はチャルストーンの町長です。オーガの群れを退け、そして王であるオーガキングを倒していただき感謝します」


 あー、オーガキングを倒したことが知れ渡ってるのか。<フルムーンケイオス>だと倒して経験点とドロップもらって終わりだったのに。まさかこんなことになるなんて。


「ささやかではありますが、歓迎の宴を披露したいかと思います」

「あ、うん。今は疲れてるから後にして」

「然様ですか。では後程。皆の者、英雄様は英気を養うとのことだ。まだまだ盛大に準備をするぞ」

「おう! 盛大に祝うぜ!」


 眠気をこらえるようにしながら答えたあたしに、町長はそう叫ぶ。それに応えるように町の人たちは言葉を返した。アタシ達はその声を背中で聞きながら宿に入って部屋に入る。


「もー、派手に騒ぎすぎ」

「それだけオーガの脅威が恐ろしかったんでしょうね。あの山が危険というだけで安全面でもそうでしょうけど、流通的にもひっ迫していたんだと思います」

「確かにこの山超えたらおっきい街あるけどね」


 疲れていることもあって、あくびをしながら聖女ちゃんに言葉を返す。会話を継続するだけの気もなく、そのままベッドに腰かけた。そのままのそのそと寝巻に着替える。


「ゲームじゃ、あんなに派手に騒がれることなかったのに」

「トーカさんにとってはゲームの世界なんでしょうけど、この世界の人からすれば立派な現実なんです。殺されれば死にますし、助けられれば喜ぶんです」

「でもここまで喜ぶとかはちょっと――」

「信じられませんか? 人の善意が」


 するり、と心に滑り込むように聖女ちゃんの言葉が入ってくる。


「善きことをすれば、善きことが返ってくる。これは当たり前のことなんです」

「……ふん。悪意を返す人だっているわ」

「ええ。それは否定しません。ですが、悪意を返す人だけじゃないはずです」

「そんなこと言ってると、痛み目見るわよ。アタシみたいなヤな子とかに」

「それでも、私は善きことをし続けたいんです。トーカさんに助けられたみたいに」


 あたしのイヤミにまっすぐに言葉を返す聖女ちゃん。平行線だ。そう思ってアタシは眠気に身を任せた。


 夢すら見なかった睡眠。気が付けば、聖女ちゃんに揺さぶられていた。窓の外はすでに夜。なのに明かりは強く、そして騒ぐ音は五月蠅いぐらいだ。


「起きてください、トーカさん。皆さんが待ってますよ」

「皆さん?」

「この町の皆さんです。オーガキングを倒したトーカさんを讃えるために待ってるんですよ。

 さあ、早く早く!」


 聖女ちゃんにせかされるままに着替え、そして宿のロビーに出ると、


「英雄トーカとコトネの登場だ!」

「ありがとう! あんたらのおかげで大手を振って外を歩けるぜ!」

「ワタシ、ヤーシャに帰れる! 感謝!」

「息子を救ってくれて、言葉もありません……。あなた様がいなければ、私は……!」


 感謝と喜びの声。アタシと握手をしたり、拝まれたり、頭を下げられたり。そんな善意しか感じられない声ばかりに囲まれた。


 これだけの人たちにストレートに褒められたり感謝されるのって、どれだけぶりだろ? 何かしたら悪意と嫌味で返されてばかりだったから、ちょっと、その、やばい、目頭が熱くなってきた。


「あ、アタシはオーガなんてどーでもよかったのよ。そこの聖女ちゃんがどうしても助けたいって言ったから助けてあげただけよ! だから、勘違いしないでよね!」


 言ってから何このツンデレテンプレ、って顔が赤くなった。違うのっ! 本当にアタシはオーガはどうでもよかったのっ!


「はい。私の我儘をかなえてくれたのはトーカさんです。私一人では何もできなかったでしょう。最後まで、私の我儘に付き合ってくれたんです」

「そ、そうよ。アタシはこの子の我儘に付き合っただけなの。だから感謝とかはこの子にしなさい。アタシはまだ眠いから、ちょっと戻ってるわ」


 言ってアタシは踵を返す。


「あー、もう。バカばっか。アタシの行動に裏があるとかそんなこと全然考えないんだから。アタシはレベリングのためにオーガキングを倒して、聖女ちゃんは都合がいいから盾にして、それが見事はまって一気にレベルも上がって、それが目的だったんだから。うん、そうそう。それを勝手に勘違いしてアタシをいい人扱いするとかほんとバカ。そんなんじゃ悪い人に騙されてひどい目見るんだから。その甘ちゃんな考えはやめときなさいよね」


 言いながら階段を上がる。言いながらぐちゃぐちゃになった自分の心を整理する。だけどどこまで言いつくろうが、アタシが目をそらしているのは明白だ。


「……わかってるわよ。バカなのはアタシだって」


 誰もいない廊下でアタシはため息をついた。あの人たちがバカとか、そんなわけない。単にアタシが人の善意を信じられないだけだ。


『死ね死ね死ね! ――――なんか死んでしまえ!』

『――――人はクズだ! あんなこと言って、碌な人種じゃないな!』

『――――のやってることが悪いから、生活が安定しないんだ。もっと考えて政策を出せよな!』


 嫉妬、罵倒、罵詈雑言。


 そればっかり聞いてたアタシがゆがんでることぐらい、わかってる。アタシは親に殴られたわけでも、いじめられたわけでもない。むしろ登校拒否したアタシに理解を示し、家で<フルムーンケイオス>をやらせてもらうぐらいに愛されてる。それを疑いなんかしない。アタシは親の愛を一身に受けていた。


 それでも、そんな親でも心の底は『ああ』なのだ。


 それが人間なんだ、って理解した。愛することと同時に汚い心を持っているのが人間だ。善意と悪意。その両方が存在して、だからこそ善意だけを信じることができない。


『信じられませんか? 人の善意が』


 聖女ちゃんの言葉を思い出す。アタシの顔を見て、するりと心に入ったあの言葉。 


 あの子は、頭がいい。ただ信念を曲げて生きることができないだけで、現実が見えていないわけじゃない。理想と現実のはざまで悩みながら、笑って理想の道を進んで殉教する。まさに聖女様だ。


 うん。善意を信じられる子が善意にまみれるのは正しい。そもそもオーガを助けたいって言いだしたのはあの子だ。アタシはそういうのはガラじゃない。このままベッドに入って――ぐえ。


「あなたは主賓なんですから、いきなり寝るとか言わないでください!」


 部屋に入ろうとしたアタシの襟をつかむ聖女ちゃん。首が閉まって、咳きこんだ。


「けほっ! 何するのよ。アタシ眠いのに」

「わかりやすい嘘ついて逃げないでください! ああ、もう。褒められなれてないな、って思ってましたけどここまで酷いとは思いませんでした!

 こうなったら少し荒療治です。つきあってもらいますよ」


 言って引っ張る聖女ちゃん。ちょ、ちょ、ちょっとー!


「ぼうりょくはんたーい! おーぼーよ!」

「ええ、暴力で横暴です。それぐらいしないと、トーカさんは報われようとしないんですから」

「いやアタシは別に報われなくてもいいって」

「それこそわかりやすい嘘じゃないですか」


 ぴしゃり、と聖女ちゃんは言い放つ。その断言に、アタシは何も言い返せなくなった。いや、嘘言ったつもりはないんだけど。うん、ないよ。アタシは別に報われたくないっていうか、レベリングだけが重要だっていうか。


「とにかく、トーカさんは自分がやったことでどれだけの人を助けたかを知ってください。レベルとかステータスとかの価値は私にはわかりませんけど、それ以外の価値もあるんだっていうことを知ってください!」


 そしてあたしは、有無を言わさず祭りの座に戻された。


 

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