11:メスガキは人食鬼王に挑む
「聖なるかな、聖なるかな――」
朗々と響く聖女ちゃんの歌声。その声の届く範囲内の味方に聖なる加護が与えられる。
とはいえ、アタシにとっては雀の涙だ。オーガキングのパワーからすれば、あってなきが如く。まともに殴られれば、この加護もろともアタシは吹き飛ぶだろう。
「オラァ!」
振るわれるオーガキングの蹴り。【威光】の守りと【深い慈悲】の加護。二重の聖なる盾がオーガキングの攻撃とぶつかる。衝撃を完全にとめっれなかったのか、聖女ちゃんは後ろによろめいた。だけど――倒れない。
「大丈夫、です」
蹴られた場所を押さえて、痛みを堪えるように言う聖女ちゃん。我慢してるけど、ダメージは明白だ。歌を中断してHPポーションを口にする。初手の一発でこの状況。これがオーガキングだ。
長期戦は耐えられない。とにかく速攻あるのみ。聖女ちゃんにヘイトが向いている間に、一気に削り取らなくちゃね。
「王様って割には頭悪そうな顔してるね。涎垂らして赤ちゃんみたーい。威厳なーい。知性なーい。ナイナイ王様、ウケるー」
【笑裏蔵刀】。相手を笑いながら気を逸らし、間隙を突くようにナイフを振るう。ナイフはオーガキングの太もも(アタシの背だとここまでしか届かない)に刺さり、<毒>と、そしてプリスティンククロークの効果で<古呪>を与える。
『格上殺し』『勇猛果敢』『不可能を覆す者』『単独撃破』のトロフィーバフが乗ったクリティカル攻撃。その痛みがオーガキングの表情を歪ませる。
「ションベン臭イ、ガキ、ガァ! チチ臭イガキ、倒シタラ、腕千切ッテヤル!」
「野蛮な王様こわーい。語彙力も子供みたいで、あたま悪ーい」
「あの、乳臭いっていうのは私の事、ですか……? トーカさん、頷かないでください!」
いやだってその胸、って感じで頷いたら激昂した聖女ちゃん。あ、気にしてたんだ。いじるネタゲットして、少しほくほく気分。いろいろやりこめられてたもんね、この子に。
【威光】による<盲目>。スネークダガーによる<毒>。プリスティンククロークによる<古呪>。命中低下に二重のスリップダメージ。攻撃速度低下に確率で行動不能。
これでようやくスタートライン。この状態をできるだけ維持して、ダメージを重ねていくのが戦術。っていうか今のアタシたちにそれ以外の勝ち目はない。
バステのスリップダメージとアタシのクリティカル攻撃。これが上手く回ればめっけもの。そんな半ば運任せの戦術。
「アタシの日ごろの行いを見ているカミサマは、きっと幸運を与えてくれるわよ」
「トーカさんの日ごろの行い……。ええと、友人として一言いいですか?」
「やだ。聞かない!」
脱いだ服をそのままにしないくださいとか、言動はおしとやかにとか、もう少し寝相をとか、その辺のお小言が来そうだから、聞かない。やーだー。
「とにかく運任せだから、HPは回復できるときに回復しといてね」
<フルムーンケイオス>におけるHP回復は、魔法とアイテム、後は自然回復。
魔法はそのアビリティを覚えていれば、MPを消費してすぐに回復する。聖女ちゃんの【聖歌】もこのカテゴリー。一般的な回復手段ね。
アイテムは使用時に片手をフリーにしないといけない。両手武器を持っていたら、回復アイテムは使えないわ。その上、使用する際には何秒か足を止める必要があるの。ポーションなら1秒程度だけど、食べ物系は数秒ほどだ。なので戦闘中にはあまり向かない。
自然回復は、戦闘状態でなければ緩やかに回復していくわ。
で、アタシ達はその『あまり向かない』ポーションや食べ物を戦闘中の回復源にしている。これは聖女ちゃんのMP節約の為だ。囮役の聖女ちゃんはリソースを防御に回してもらってる。MPの余裕はなく、回復はアイテム頼りになるわ。
<毒>に取る速度減少と、<古呪>による行動不能状態。これが生み出す隙をついて、攻撃の合間に聖女ちゃんのHPを回復させていく。
「ん。食べる?」
「え? あ、はい。いただきます」
アタシが差し出した棒状のお菓子を口にする聖女ちゃん。聖女ちゃんが食べた後で、アタシもそのお菓子を口にする。
「こういうお菓子は初めてです。その、新鮮で」
「ほんとお嬢様だったのね、アンタ」
「あと、その、こう、一つのお菓子を、二人で分け合うというのも、新鮮ですね」
なんか顔を赤らめてそんなことを言う聖女ちゃん。
一応言うけど【ピクニック】の効果だからね。『食べ物』の効果を周囲に与えるアビリティ。
「イチャイチャ、シテンジャ、ネー!」
<古呪>の行動不能から回復したオーガキング。あたしたちに棍棒を振り上げてくるけど<盲目>により少し外れた場所に振り下ろされた。衝撃の余波が風となって飛んでくるが、その程度。
とはいえ油断はできない。オーガキングは素の命中率が高いので<盲目>状態でも半々の確率で当ててくるだろう。その一発で戦線崩壊しかねない。ぶっちゃけ、危ない綱渡りだ。
「トーカはココよ。捕まえてごらーん。あははは!」
「チョコマカ、ウットウシイ……! 先ニ、オマエ、倒スカ?」
度重なるアタシの攻撃に業を煮やしたのか、オーガキングのヘイトがこちらに向き始める。
アタシがオーガキングの単体攻撃を受ければ、先ず耐えられない。そして聖女ちゃんに相手のヘイトを増やす手段はない。『赤い稲妻』は初期ヘイトを稼ぐだけで、それ以降の攻撃で変化する相手の怒りはコントロールできない。
「トーカさん……!」
「安心しなさい。完全にこっちを狙う前に倒せばいいのよ」
アタシが殴られる可能性を懸念した聖女ちゃんが心配そうに声をかけてくる。心配しないで、と言葉を返すが理想論だ。最悪の可能性を考慮すれば、殴られることを考えて何らかの手段が欲しいのは事実。
「ガアアアアアアアア!」
大きく叫ぶオーガキング。オーガさえ委縮させる一喝。肉体的なダメージは皆無だが、広範囲を<困惑>させるバステ技。大多数のパーティ戦なら混乱する仕様だが、アタシにとってはボーナス時間だ。
「はしたなく大声出しちゃって。そんなにトーカの動きがよかったの? もっともっと頑張るね」
【パリピ!】を使ってバステ回復。命中低下は聖女ちゃんには問題ないから、自然回復に任せる。MPは絞らないと、後が持たない。
「チクチク、痒インダヨ!」
そして追撃とばかりに木の棍棒を地面にたたきつける。自分を中心とした物理の範囲攻撃。衝撃が地面を走り、爆発するように吹き飛ばされるアタシと聖女ちゃん。
「あ、いったぁ……!」
範囲攻撃だから単体攻撃よりダメージは低いけど、それでもアタシにとっては死活問題レベルの一撃。聖女ちゃんの【深い慈悲】が無かったらやられてた。
クリティカルバニーコンボは……まだ早いわね。危険すぎる。
短期決戦がキモだけど、いま賭けに出るのは無謀すぎるわ。もう少しオーガキングのHPを削らないと。食べ物でアタシと聖女ちゃんのHPを回復させながら、オーガキングが自然回復していったバステをまた付けていく。
「グヌヌヌ……! 真正面カラ戦ワヌ卑怯モノ、メ。恥ヲ知レ!」
「おあいにく様、アタシは遊び人なの。恥ずかしい事、だーいすき」
「トーカさん、その言い方は……」
<毒><盲目><古呪>。
バステで苦しむオーガキングの叫びに、投げキッスをしながら返すアタシ。そんなアタシに呆れるように言葉を返す聖女ちゃん。なによぅ。
とはいえ、このままだとジリ貧だ。バッドステータスでオーガキングのスペックを殺しながら、クリティカルで大きく削っているに過ぎない。4桁近くのオーガキングのHPを奪い取るには、まだパンチが足りないわ。
それに、もう一つの問題もある。
「HPポーションの数は?」
「あと、7本です。MPは3本」
ポーションと食べ物によるHPとMPの維持。それが尽きそうになっていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます