10:メスガキは人食鬼の王に会う

「うそ。本当にオーガキングがいるわね」


 悲鳴の方に向かった聖女ちゃんを追いかけたアタシは、その姿を見て驚きの声をあげる。


 そう言えばオーガのスタンピートイベントがあったんだっけ? だったらこいつはそのボス存在。こいつを倒さないと、スタンピートイベントは終わらない事になるわね。


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名前:オーガキング

種族:幻獣(ボス属性)

Lv:83

HP:1398


解説:人を喰らう巨人族を力で束ねるオーガの覇王。その力は圧倒的。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 大きさは4mとオーガをさらに一回り大きくした巨人。ここまで大きいと、遠くからでもわかるぐらいね。人の頭蓋骨をブレスレット状にまとめて腕に巻き、アタシの身体よりも太い木の棍棒を手にしている。パワーも相応に高いわ。


 オーガのお約束【ハングリースタイル】に加えて人間種族へのダメージ増加なパッシブアビリティ【人食い】を持っている。


 攻撃方法も単純な単体攻撃や、棍棒を振り回して周囲に攻撃。【投擲】で岩を投げてきたり、【咆哮】で周囲を<困惑>させたりと結構厄介なボスね。


 とはいえ、総括的に見れば物理に依る力押しが主体のボス。しっかり準備をして相応の構成をしたパーティなら勝てない相手ではないわ。


「というわけで逃げましょう」

「ええ、逃げるんですか!?」

「準備も何もかも足りないわよ。撤退して準備してから挑むのが一番ね。あの『赤いナントカ』さんも逃げたみたいだし」


 見れば移動系アイテムを使ったのか三人の英雄は消えていた。勝てない相手には挑まない。基本中の基本よね。


「アタシらも戻りましょう。今のところ気付かれてないみたいだし――」

「待ってください。あそこ!」


 聖女ちゃんが指をさすのは、オーガキングの腰部分。そこにはロープで吊るされた人間がいた。騎士風の人もいれば、山装備をした一般人ぽい人もいる。おそらくオーガを討伐しに来た騎士と、オーガを恐れずに山に入った人だろう。


 オーガは人を食う。あの人たちの末路がどうなるかは、想像に難くない。


「助けないと――」

「逃げるわよ」


 何か言おうとする聖女ちゃんに、ぴしゃりと言い放つ。


 交差するアタシと聖女ちゃんの視線。その奥に込められた聖女ちゃんの意図が、いやでもわかってしまう。


「はい。トーカさんは街に戻って助けを呼んできてください。私は、助けに行きます」


 うん。そうよね。アンタはそういう子だもんね。


「バカじゃないの。死ぬわよ」

「はい。馬鹿な事だと思ってます。それでも見捨てる事はできません」

「なんでよ。なんで馬鹿だとか愚かだとか死ぬとかわかってるのにそんなことできるのよ。はっきり言って無駄死によ!」


 分かってる。そんな事はこの子だってわかってるんだ。英雄的行動に酔ってるんじゃなく、自殺願望があるんじゃない。


 ただこの子は――


「それでも、ひとに手を伸ばすことを諦めたくないんです」


 嗚呼、本当に馬鹿だ。そうすることが正しいと信じて、その正しさに憧れて、憧れた道に真っ直ぐ進めて。


 きっと、模範になる人がそうだったんだろう。その背中を追うようにこの子は行動しているんだろう。きっといい親か、先生かがいて。


『死ね死ね死ね! ■■■■なんか死んでしまえ!』

『▲▲人はクズだ!』

『●●●のやってることが悪いから、生活が安定しないんだ』


 他人なんか尊敬できるはずがない。一皮むけば、人間はみんなそうだ。それが人間の本性で、どうしようもないことなのだ。


 ましてや今は命がかかっている。自分の命を大事にするのは当然だ。その為に他人の命を見捨てても、仕方ない。正義とか、正しいとか、そんなモノの為に命を落とすなんて絶対間違ってるのに。


「ホント、アンタって救いようのないバカね!」


 なのになんで、こんなにカッコいいのよ。間違ってるのに、馬鹿なのに。


「勝てない勝負に挑んでどうするのよ? オーガキングのお夜食が一個増えるだけじゃない。あの王様を喜ばせたいの、アンタは」


 アタシはそんなの納得しない。間違っているうえに馬鹿な相手だから、容赦なく罵ってやる。


「それでも私は――」

「助けに行くんでしょ! もう分かってるわよ、馬鹿の行動なんかトーカには御見通しなの!

 ほら、行くわよ!」


 聖女ちゃんの方を見て、手を差し出す。


「はい。行きましょう、トーカさん」


 散々罵られたのに、アタシが手を差し出すのが分かっていたかのように聖女ちゃんは笑った。その後で、意趣返しとばかりに言葉を返してきた。


「逃げるって言ってたのに、逃げないんですね」

「……うっさいわね」

「あ。ごめんなさい。意地悪するつもりじゃなかったんです。ただ、少し嬉しくて」


 嬉しい? 散々馬鹿にしたのに、何言ってるのよこの子は。


「トーカさんは助けてくれるって信じてました。その通りになってくれて、嬉しいんです」


 …………もう。何を言ってるんだか。アタシを信じるとか、どーにかしてる。


「いい、アタシがオーガキングに挑むのは――」

「はい。レベルの為ですよね。そして私は都合のいい囮役で、トーカさんの頭の中にはすでに作戦が出来ているんですよね」


 言おうとしたことを全部言われて、言葉がつまる。もう、何なのよ。もー!


「そうよ、それ以外ないの! レベル80のボスなんか、この辺じゃそうそう出会えないからね。

 それにプリスティンクロースのぶっ壊れっぷりを教えてあげるいい相手なんだから!」

「はい。期待しています、トーカさん」


 信頼100%の微笑みを返す聖女ちゃん。それに耐えきれず、思わず目を逸らす。何よこの子。リアル【威光】でも持ってるんじゃないの、ってぐらいにキラキラした笑顔でこっちを見てるし。


「作戦はオーガの時と同じよ。アンタが囮でアタシが攻め役。

 だけどダメージ半端ないからね。【深い慈悲】と【威光】の二重バフでも辛いと思うから、隙を見て歌を止めてポーション飲んで!」


 相手は一体。だからうまくバッドステータスで封殺できれば圧勝できるわ。


 だけど相手はボス属性。バッドステータスがかかりにくくなってる上に、レベルも高い。不測の事態にはいつでも対応できるように、HPの回復は怠ってちゃダメだ。


「ホウ、今日ハ、大量ダナ」


 アタシたちを認識したオーガキングはそんなことを口にする。同時に発動する【ハングリースタイル】を使用する。飢餓による攻撃力の増加――


「コドモ、肉少ナイけど、味ウマイ。タップリ舌デ味ワッテカラ、喰ウ」

「やだー。トーカ達の身体に欲情するとか、サイテーな趣味してるわね」

「確かに食欲も欲求ですから、欲情と言えなくもありませんけど」


 アタシの言葉に、少し顔を赤くして呟く聖女ちゃん。言葉としては間違ってないんだから、問題なし。


「味ガ無クナルマデ、タップリ舐メ回ス。三日三晩、ドロドロニ舐メ回ス。出テクル汁モ、全部舐メテ飲ム。メスコドモ、体ノ隅々マデ、イイ味、スル」


 ……本当に食欲の事、よね? そこはかとなくそれ以外の欲求が混じっている気もするけど。


 ともあれそんな目に合うつもりは毛頭ない。アタシと聖女ちゃんはオーガキングを倒すために、その距離を詰めていく。


「トーカさん!」

「アタシに見つかったことを、後悔させてあげるわ」


 アタシは笑みを浮かべて、オーガキングに挑む――

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