2章 遊び人と天の騎士

1:メスガキは宿屋で話を聞く

 チャルストーン――


 クレスト皇国首都から出て、南に少ししたところにある街だ。オルストシュタインのような城や神殿と言った豪華さはないけど、商売が栄えていてそれなりに大きな街になっている。なんでも流通の要とかで、いろんな商人が集まっているとか。


 ゲーム的には英雄達の拠点の一つとなっており、少し行った所にある地下遺跡ミュラや精霊が住む塔パーミル、そして大陸三大高難易度狩場ともいえるアンデッドの巣窟ともいえる廃城トランドなど、多くの狩場が存在している。


「ロマネスク様式ですね」

「ろまねすく?」


 チャルストーンの街並みを見て、聖女ちゃんはそう言った。


「はい。8世紀ごろの石造建築です。私も実際に見るのは初めてで、本当にそうかは解りませんが……。あ、ここは違う世界なんですね。すみません」

「あー。そうね。ゲームの方は多分そう言うのを元にして作ったんだと思うけど」


 アタシは何となく『ファンタジーっぽい街並み』ぐらいにしか考えてなかった。だけどゲームやファンタジーを知らない人の意見は結構新鮮だ。


 まあ聖女ちゃんも言ってたけど、ここは元の地球じゃない。歴史も何もかも違う文化なのだ。それでも衣食住が似通ってしまうのは、人のサガと言うべきか。


(まあ、その辺は深く突っ込んだら負けよね)


 その手の論争は専門家に任せて、アタシたちは宿屋に向かう。初めて訪れるんだけど、ゲームによる知識はある。てくてくと宿屋の方に歩いていき、その扉を開ける。


「いらっしゃいませ。当『輝く羽根』亭にお泊りでしょうか?」

「そうよ。二人分。とりあえず一週間ほどね」


<フルムーンケイオス>だとHPMPを全快させる効果を持つのが宿屋だ。だけど高レベルになると自力回復で賄えるため、初期段階しか使用しない。聖女ちゃんの回復性能を考えれば、実は泊まらなくてもMP自然回復で行けなくもない。


「結構歩いたので疲れました。三日ほど歩きづくめでしたものね」


 ただゲームではなくリアルな世界だとそうもいかない。道を歩けば疲れるし、喉も乾くし埃っぽい。町から出たら夜は真っ暗で移動もできず、野宿したりと大変な道中だった。


「ファンタジーなお便利アイテムがあったから、たんに疲れただけだけど」


 アタシは旅の前に四男オジサンに強く勧められた『結界石付きテント』の事を思い出す。特殊な結界を生み出すテントで、外敵に存在を悟らせない効果があるとか。これがないと野犬や盗賊などに襲われかねないと言って渡してくれたのだ。


 とはいえシャワーとかエアコンとかそんなものはなく、いろいろ汚れたり疲れたのは確かだ。きちんとした布団でゆっくり休みたーい!


「ヘルトリング様にはお世話になりっぱなしですね」

「アタシはこれ以上のお世話してる方トーゼンよ」


 言ってアタシは一週間分の宿代を渡す。囚人イベント中はドレス買ったりと結構出費がかさんでいたので、結構財布の中がピンチだ。身体休めたら早速モンスターを狩らないとね。


「明日には山に行ってオーガ狩りよ。『優しき者』習得とレベルアップ。短期集中でみっちりやるから覚悟しといてね」

「たくさん人を癒せばいいんですね。了解です」


 アタシの言葉に聖女ちゃんは嬉しそうにうなずいた。


 どんだけハードかは先に告げている。休むことなくモンスターを狩っていき、ダメージを受けている他の狩人……召喚された英雄や狩人NPCを癒していくのである。MP回復アイテムをふんだんに買って、休むことなく山を走り回るのだ。


「プライベートの時間とかないんだけど、いいの? 起きてずっと動き続けて、最後に寝るだけとか辛いくない? ブラック企業並よ?」

「はあ。それぐらいなら家でもそうでしたし」

「家?」

「起きて学業に勤しみ、各週ごとのお稽古を行い、合間に勉学にいそしむ。家庭教師から学び、宿題を片付けた後に予習復習。その後に就寝――」

「本当にいい所のお嬢さんだったー」


 聖女ちゃんの元の世界での生活を想像し、アタシは頭を抱えた。クラスに一人はいそうな、超マジメっ子。家の為とかそんなのでいろいろぎゅうぎゅうに詰め込んだ教育体制。アタシなら耐えられない。


 この子の精神的な強さの根本て、こういう所から来てるのね。逃避とか考えられない性格になってるわ。


 いいことなのかどうかは、まあいいや。アタシはそんなキャラじゃない。


 ともあれ、本人が大丈夫というのならそうするまでだ。みっちり過密スケジュールで行くわよ!


「お客様、オーガを狩るとおっしゃいましたが。もしかして英雄様ですか?」


 アタシの会話に割り込んできたのは、宿屋の主人だ。改めて顔を見ると、ちょっとひょろい系のオジサンだ。髪の後退具合が悲しいことになっている。


「そうよ。なぁに? 子供は危険とか、遊び人がオーガを狩れるはずがないとかその手? ワンパなんだから、もー」

「わんぱ……? いえいえ、そのような事は。確かに遊び盛りの年代のようですが、そこを疑うつもりはありません。

 ただ、オーガを狩りに行くのはやめた方がいいかと」


 あら殊勝。今までだと『遊び人ゴトキガー』『ガキがダマッテロー』的な感じだったのに。

 っていうか、なんでバーコードオジサンに狩りを止められないといけないのよ。


「あの、オーガを狩ってはいけない理由があるのですか?」

「まあその、実はつい先日オーガの一軍が攻めてくるという事件がありまして」


 出た。スタンピートイベントね。


 運営が起こすイベントで、ランダムにモンスターの出現率を上げるイベントよ。町近くまでそのモンスターが溢れることがあって、一種のお祭り状態になる。


 世界設定的には魔王<ケイオス>の侵略だ、とかそんな感じになってる。


「オーガの一軍……それで街に被害が出たという事ですか?」

「いえいえ。その侵攻自体は英雄様がオーガの将軍を討ち取って止められたのですが……。その際に多くのオーガが逃亡してしまいました」


 ふーん。イベント自体は終わったんだ。


 ちなみに、アタシのスペックだとオーガのスタンピートイベントはパス。流石に数十体近くだと一発食らう可能性は高いし、ワンパン喰らえば倒れちゃうもん。オーガの攻撃は単純物理攻撃だから、服で属性耐性高めて無効化とかできないし。


「今は取り逃がしたオーガが岩山内に多く潜んでおります。数体単位で徒党を組み、時折山から下って街道増の商人や旅人を襲う始末。騎士団や兵士も警戒していますが、被害は広がる一方でして」


 なにそれ?


 要するに、オーガの出現スポーン率が上がってるって事? しかも数体単位で出てくる?


「あー。だから危険だって言いたいの?」

「はい。これまでは散発的に現れたオーガですが、今は組織だって動いています。これまでオーガを狩っていた英雄様も撤退し、中には命を落としたものもいます」


 あー。そうよね。


 山にいるオーガの出現率はそこそこ。出てきても一体ぐらい。だからこそ<フルムーンケイオス>でいい狩場でいい経験値として認識されていたのだ。


 だけど、集団で出てきてしかも数が多いとなると、厄介だ。山には他のモンスターもいるので、下手すると囲まれてデッドエンドのパターンになる。


 ぶっちゃけ、面倒。だったら少し効率は落ちるけど、地下遺跡に行くのがいいかな。


「まー、そういうことなら――」

「いいえ。だからこそ私達のような英雄が行かねばなりません」


 何かを言う前に、聖女ちゃんが言葉を遮って言い放つ。ちょっと!?


「ご安心ください。私とトーカさんでそのオーガの脅威からこの街を救って見せましょう」

「おお、その雰囲気、そしてその聖印。もしやあなたはクライン皇子の懐刀と呼ばれた聖女なのですか?」

「あ、それは、その、秘密ということで」


 皇子との関係性を問われて、慌てて口に指をあてる聖女ちゃん。あの皇子の懐刀って言われてもにょる気持ちはわかる。


 それはまあどうでもいい。


「頑張りましょう、トーカさん。オーガの被害を押さえてこの街の人達を安心させましょう」


 えー。マジでー?

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