2:メスガキはわがままを言われる

「なんであんなこと引き受けたのよ」


 アタシはチャルストーンのメインストリートを歩きながら、聖女ちゃんに愚痴った。


「あんなこと、とは?」

「オーガの事よ! オーガを倒すって宿屋の人に啖呵きったじゃないの」

「ここにはオーガを倒しに来たのではないのですか?」

「そうなんだけど、事情が違ったのよ!」


 あー、もう。


<フルムーンケイオス>だとチャルストーン近郊の山に出てくるオーガは基本単体出没。ボスというほど出現率が低くはないが、それでも出てくる数は絞られていた。一体倒れれば、またどこかでオーガが沸く。そんな感じだ。


 山のどこかに沸いたオーガを狩るために走り回り、不意打ちでぶっ殺す。聖女ちゃんは一緒に行動しながらNPCやら他の英雄やらを癒して、トロフィー獲得条件を積み重ねていく。


 それが当初の作戦だった、んだけど。


「オーガが複数徒党を組んで出てくるとなると、不意打ちでどうこうできなくなるのよ。一体ならどうにかなるけど、二体だと反撃で痛い目を見る。三体いると不意打ちも難しいかも」


『格上殺し』系のトロフィーボーナスが乗って、服を色々吟味して不意打ちでバッドステータスをいろいろ乗っければ勝ち確。


 だけどバステを乗っけれるのは一体だけ。二体目に殴られて、HPを削られながらどうにか勝てるぐらい。


 クリティカルバニー戦法はハイリスク。オーガだけならともかく、山にはほかにもモンスターはいる。そいつらに不意打ちされて倒れる可能性は、ゼロではないわ。


「そうだったんですか。すみません私が不勉強で」

「まあ説明してなかったアタシも悪かったんでお互い様って事。納得できたんならさっきの話はやっぱりやめます、って事に――」

「でも、困ってる人がいるんですよね」


 して別の狩場に行こう。と言おうとしたところで聖女ちゃんは硬い口調で言葉を挟んだ。


「山にたくさんいるオーガ。それを倒さないと、街の人達は困るんですよね」

「まあ、そうみたいね。でもそれはゲームの演出っていうか、そもそも他人事なんだから。アタシらには関係ないわよ」

「困ってる人がいるんですよね」


 会話がループする。


「困っている人がいるのなら、見捨てるわけにはいきません」

「いやあのね。それはまあそうなのかもしれないけど、別に助けたってアタシらにいいことなんてないわよ。結構無駄な事なんだから、効率考えるとハイリスクな狩りはしない方が」

「トーカさんは――」


 聖女ちゃんはアタシの方を見て、はっきりと言いやがった。


「イヤならイヤってはっきり言ってほしい、って言いました。

 私、困っている人を見捨てるのはイヤです」


 アタシが闘技場で言ったことだ。いやまあ、確かにそう言ったけどさあ。


「ばっかじゃないの」


 だからアタシもはっきり言ってやった。


「人のために戦うとか、無駄な事よ。報酬があるクエストとかじゃないし、どんだけ倒していいかもわかんない不透明なんだし。だいたい死ぬかもしんないのよ。

 こんなの進んでやるなんて、頭悪いとしか思えないわ」

「はい。そうだと思います。この世界の事に関して、トーカさんは私よりも詳しいです。きっとこれは無駄なことで、私の自己満足なんだと思います」


 それでも。


「それでも、私は困っている人を見捨てる事はできません」


 なんて甘ったるいことを真顔で言い放った。


「……そ。それがアンタのワガママだって自覚してるならいいわ。

 だったらアタシがそれに付き合う義務はないわよね」

「はい。私一人でもやるつもりです。とても難しいことだと思います。途中で力尽きてしまうかもしれません。

 それでもできるだけ多くの人を助けたいんです」


 あー、もう。この子、本当にバカだ。

 理想に目がくらみ、現実が見えないバカじゃない。

 自分のできる事を把握しているくせに、出来ない事に挑むバカだ。


「あー、バカ。バカにつける薬はないっていうけど、ホントそれ。どんだけ甘々で無鉄砲なのよこのバカは。聞くに堪えないわ。

 思います、とか。かもしれない、とか。んなわけないでしょ、100パーそうなるわよ! 難しい、じゃなくて無理! 途中どころか最初の一歩でアウトよ!」


 今の聖女ちゃんは【聖歌】一極ぶりのバフ&回復オンリー構成だ。オーガに出会っても攻撃すらできず、即座にやられてしまう。

 杖で殴れるけど、オーガにダメージを与えるのは無理だろう。


「アンタが生き残る可能性は『死にそうになっている所に偶然ラノベ主人公っぽいチートキャラが現れて助けてくれる』ぐらいよ。そんでそのまま恋に落ちるヒロインになるとかそんな感じ?」

「え? ち……ちーと? ずるい人、ですか?」

「と・に・か・く! アンタ一人じゃムリ。それはあんた自身も理解してるんでしょう。それでもやるの?」

「……はい。てすが困ってる人がいるのを見捨ててしまったら、私が殺してしまった人達に顔向けできないんです。

 彼らの犠牲で、聖女の力を高めたのですから」


 ……うわー。そういう事かー。


 聖女ちゃんの根底にあるのは『人を助けたい』っていう彼女自身の想いだけど、それに『しょく罪』的な負の感情がのっかってる。自分が殺してしまった相手に対する負い目みたいなものが。


 んなもんゲームのNPCなんだし気にしたら負けなんだけど、聖女ちゃん的にそこは譲れないんだろう。


 どうでもいいわ、と切り捨ててここでバイバイしてもいい。遊び人のレベリング的には聖女ちゃんは邪魔だ。この子自体がアタシのバッドステータスにしかならない。


 ただまあ、この子と一緒にいないと政治的に? アタシは丸裸になる。皇子を蹴っ飛ばして皇国自体にいい感情を持たれていないアタシは聖女ちゃんがいないと皇国の人達全員から冷たい目で見られるとかなんとか。


「んじゃ、オーガ退治にいきましょ」


 なので仕方ない。退治するのはそういう事なんだからね!


「……え? トーカさんはオーガ退治には反対なんじゃないんですか?」

「反対反対大反対! いまでもヤよ、こんなハイリスクな狩りは。

 でもアンタがそこまで覚悟決まってるならノッたげるわ。言っとくけど、かなりハードになるからね」

「トーカさん……はい、ありがとうございます!」


 頭を下げる聖女ちゃん。


 ここで散々へこませておけば今後意見が分かれた時に『あの時こういったじゃん』的に有利になるし。今回は折れておくのもありあり。そういう事だからね。


 それに聖女ちゃんがやりたい、って言ったんだからどんな作戦だろうがやってもらうわ。


「そうと決まれば買い物よ。言ってもアタシお金ないからあんたが出してよね」

「はあ……。それは構いませんけど。何を買うんですか?」

「ビキニ」


 アタシの言葉に聖女ちゃんはキョトンとした。そしてそのままおうむ返しに問い返す。


「ビキニ?」

「ビキニ」

「あの、聞き違いでしょうか? ビキニって聞こえたんですけど」

「そうよ、ビキニ。しかもただのビキニじゃないわ。通称『赤い稲妻』って呼ばれるビキニアーマーよ」

「び、びきにあーまー? その、えーとすみません。何なんですかそれ?

 そのビキニっていうのはおそらく水着のビキニの事だと思うんですけど。これから山に行くんですよね? なんで水着を? 湖があるとかですか? あと、アーマーって鎧ですよね? え? びきにでよろい? え?」


 あー、何も知らないとそう言う考えになるのか。ちょっと新鮮。


「違うわよ。あの山に水場とかないわ。完全に岩山。草もあまり生えてない岩場よ」

「訳が分かりません。その、何でトーカさんはそんな所に水着でいくんですか?」

「あ、ごめん。言葉が足りなかった」


 まあ説明を端的にしたのは、わざとなんだけど。

 だってワガママ一つ通されたんだもん。こんぐらいのイジワルは、ねえ。


「ビキニアーマーはアンタが着るの」

「…………へ?」

「困ってる人を見捨てたくないんでしょ? 作戦は道すがら説明するわ。

 さーて、忙しくなるぞー。アタシも頑張らないとね」

「あの、あの、あの! ビキニってあのビキニですよね! お腹とかでてるあの。お外でそんな恥ずかしい恰好は――」


 早足で移動するアタシを追いかけるように聖女ちゃんが泣きついてくる。

 その慌てっぷりに心の中で舌を出しながら、アタシは脳内で作戦の細部を詰める為に頭を回していた。

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