閑話Ⅰ
朝桐桃華という少女
『人を傷つけることをしてはいけません』
『悪口を言ってはいけない』
まだ幼い桃華は親からそう教えられた。それは正しいことだと思ったし、皆もそう思ってるのだと思ってた。
子供にとって親は一番人生の近い手本だ。親を見て子は育つと言うが、実際のところは親を見る機会が一番多いというだけだ。兄弟姉妹をみて成長する子供ももちろんいる。
桃華の人格形成に置いてのポイントは、兄弟姉妹がいない一人っ子だったこと。
そして桃華の親が『普通』の感覚を持っていたことだ。
「死ね死ね死ね! (芸能人の名前)なんか死んでしまえ! 私の(ドラマの配役)を殺すとか、ありえない!」
「(特定の国名)人はクズだ! あんなこと言って、碌な人種じゃないな!」
「(政治家)のやってることが悪いから、生活が安定しないんだ。もっと考えて政策を出せよな!」
スマートフォンを手に、愚痴を言いながらそんなことをSNSに書き込んでいる。感情のままに好き嫌いで特定の存在を罵り、嘲笑い、ストレスをぶつける。そんな『普通』の感覚。現代社会ではそう珍しくない事。
まだ幼い桃華には、親の批判が正しいかどうかなどわかるはずがない。そもそも正しいとか間違っているとか、どうでもよかった。
ただ言えるのは、人を傷つけてはいけないとか悪口を言ってはいけないと言っていた親が、平然と他人を傷つけるようなことを言っているんだなぁ。という事実だ。
桃華の最大のポイントは、その事実を素直に受け入れてしまったことだ。
『違う。こんなはずはない』
『ちょっとした間違いなんだ。お父さんとお母さんは本当は優しいはず』
そう思う事が出来れば、もしかしたら違った性格になっていたのかもしれない。親を疑いながらも、あれは悪い夢だったんだと多少歪みながらも、他人を傷つけないように努力していたかもしれない。
「ばっかじゃないの。大人なんてただ体が大きいの子供じゃない」
「先生だっさ。柔軟な考えを持ちなさいって言ってたのに、子供だからって否定するとか」
そして桃華は大人を見下すようになった。大人だけではない。周りの全てを見下すようになった。大人も子供も男も女も、皆等しく。
それはただの反抗期というわけではない。桃華も相手の意見は(小ばかにしながらも)聞くし、納得できれば(多少毒舌だけど)頷く。けして物分かりが悪いわけではなかった。妥協していいと思うなら妥協もした。
ただ、『子供だから』等といった議論とは関係のないレッテルによる否定は強く否定した。
「あの学校に入らないと、アンタの人生終わりだからね! 言う通りに勉強してなさい!」
「人生終わるってどう終わるのよ? 勉強してたらいいとかどうしてわかるのよ?」
「生意気言わずに子供は勉強だけしてればいいのよ!」
「子供がつまらない意見なんかするな。先生の言う事を聞いておけばいいんだ」
「なによ。子供だからとか関係ないじゃない!」
「うるさいなあ。キミは先生に教えてもらう立場なんだから、もう少し従順になれ」
「お前みたいなガキと違って、こっちは人生を長く生きてるんだ。大人は間違いなんかしないんだよ!」
「子供には分からない? だったらわかるように説明しなさいよ! 大人が偉いんだったらできるでしょ!」
「子供に説明しても分からないんだよ! もっと大人になってから教えてやる!」
そしていつしか桃華は孤立する。出る杭が討たれたのか、あるいは桃華の方から見限ったのか。どちらが先かはわからない。学校に行くことを拒否し、家に籠るようになった。
登校拒否する桃華は、親がいない間に許可を貰ってオンラインゲームをしていた。それが<フルムーンケイオス>だ。最初はどうでもいいと思いながら初めて、
「あ、これ可愛いかも」
遊び人のキャラ造形が気に入って、遊び人になった。
ゲーム開始後に遊び人の不遇さを教えられたけど、トーカはネットからデータを入手し、色々思考して『遊び人のメソッド』を構築する。そしてそのメソッドは大当たりし、それをSNSにアップして絶賛された。
『アタシ、認められてる』
それは自分のせいとはいえ、現実世界で孤立した桃華にとって喜びとなった。それは多くの人と言い争った桃華にとって、癒しだった。自分を子供と思ってない人達の、素直な言葉。
このことが無ければ、桃華は完全に人間を見捨てていただろう。人類が皆愚かだと見限って、優しい人なんて物語にしかいない空想だと現実を割り切っていただろう。
桃華はゲームを進めていく。試行錯誤を繰り返し、最適解を見つけながら。
「あ、れ……?」
睡魔に襲われるように意識が遠のいていく。そして――
「オー・ギルガス・リーズハグル・シュトレイン。偉大なる三大神に願い仕る」
「天杯の寄る辺に従い、剣の導きに従い、聖母の歌声に導かれし者よ」
「時は満ちた。始祖との契約に従い、我らに救いを与えたまえ――」
朝桐桃華は<ミルガトース>に召喚された。
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