28:メスガキと聖女
「……っ!」
聖女ちゃんが杖を振るい、アタシを打つ。
【聖女】は物理アタッカーではない。だからダメージ自体はそんなに大きくない。
だけど囚人服を着たアタシは防御もできず、HPも高くないのでその一撃でかなりキッツい。
何よりも――痛い。
ゲームだとただの数値の増減でしかなかったのに、それがリアルだ。脳がぐらぐら揺れて、杖で叩かれたところがじんじん痛む。痛みがさらに脳を刺激してアタシの心を追い込んでいく。
痛い、痛い、痛い、痛い。
こんなのをずっと続けられたら、どうにかなりそうだ。これから逃れられるなら、もう何したっていい。泣いて土下座したら許してくれる、って言われたら絶対する。こんなことを続けられて耐えられる人間なんて、よっぽどのマゾか変態よ。
「――そっか、こんな思いをずっとしてたんだね。アンタ」
自分を殴った聖女ちゃんを見る。
慣れない手つきで杖を持ち、瞳の焦点はあっていない。心ここにあらずと言った感じだ。
<魅了><洗脳><喪失>の三連バステコンボ。
<魅了>はモンスターに支配された状態。自分でキャラをコントロールできず、仲間に殴り掛かってくるバッドステータス。
<洗脳>は精神系バッドステータスの効果時間延長。一定時間たてば自然消滅するバステだけど、これがあるとその時間が延長される。
<喪失>は精神系バッドステータスの自発的解除不可。抵抗の値に依存したバステの自動解除判定が必ず失敗する。
要するに<魅了>が延々と解けない状態だ。
「――や。こんなの、いや――」
「友達――殴るの、わたし――」
「いやなんです、逃げて――」
時折聖女ちゃんの唇から洩れる声。自意識はあるけど、体は言うことを聞いてくれない。
振り上げた杖が、アタシに下ろされる。
「……ッ、あ……っ」
その一撃に耐えきれず、アタシは地面に転がった。痛みにうずくまり、身を守るように体を丸くする。泣いている顔だけは見せまいと、顔を隠して。
「見ろよあの格好! まるで赤ん坊だ!」
「無様だな、クソガキ! それが正しい姿なんだよ!」
「さあ聖女様、トドメを――お?」
湧き上がる観客。だけどその声は、聖女ちゃんの行動で止まった。
「聖なるかな、聖なるかな――」
歌だ。
綺麗な声。スキルとかアビリティではない、聖女ちゃん本人の声。この世界の力ではなく、彼女本人が培ったリズムと声の張り。
そしてそこに乗せられる【聖歌】のアビリティ――【深い慈愛】。
効果は歌の効果範囲内に音の護りを与えるアビリティ。広範囲の物理魔術に対する防御バフ。歌っている間しか効果はなく、歌い手は動けない。
(……え? なに……?)
それはこの状況では意味のない行為。精々が、歌っている間は攻撃されないという程度の事。歌が終われば防御バフも消える。そんな行動。
あ、そっか。<魅了>されて自由が効かないとはいえ、その行動はランダムなんだ。攻撃することもあるし、アビリティを使う事もある。
「無意味なことを……!」
あ、クソ皇子が苦々しげな表情を浮かべてる。
かと言って叫んで声を上げることはない。みんなが見ている前では、そんな真似はできない皇子の立場とプライドで。
「おお、聖女様の歌だ!」
「聖女様が我らの為に歌ってくださっているぞ!」
「あの罪人に対する憐れみを感じる!」
湧き上がる観客。このアビリティがどんなもので、意味がないのかを理解していないの?
(そっか。『聖女』のアビリティとか、みんな知らないんだ……)
希少なジョブと言われた『聖女』。この世界の人間はその全容を知っているわけじゃない。むしろ初めて聖女を見たという人がほとんどだ。実際、召喚した皇子も育成ミスってたし。
「あぐぅ……!」
とか考えてたら、体に痛みが走った。歌はいつの間にか終わっており、倒れているアタシに杖を振るう聖女ちゃん。
「もう。殴られてるのはアタシなのに、何であんたがそんな痛そうな顔するのよ……!」
その顔が、あまりにも痛々しくて。
その顔が、今にも泣きだしそうで。
その顔が、もう壊れそうで。
それに耐えきれず、アタシは感情のままに叫んでいた。
「聞きなさい! アンタは確かに命を奪ったかもしんないけど、それでもそれを乗り越えてやりたいことをはっきり言ったわ!
それってとってもすごいと思う! アタシだったらこんなの続けられたら絶対泣いて屈してたもん! 痛みとか苦しみに耐えて立ち上がるアンタは、すごいよ!
だからこんなのに負けないで! アタシがどうにかしてあげるから!」
殴られながら、痛みに堪えながらアタシは叫ぶ。
こんな痛みにずっと耐えてきた聖女ちゃん。やりたくない事をずっとやって来た貴女。こんな子が、報われないなんて間違ってる。
シンデレラはおとぎ話で、現実はこんなものだとしても。
それに怒るのはアタシの自由だ。
アタシがどうにかする? そんなの無理に決まってる。そんな事は闘技場のみんなも知っている。このままアタシは殴られ続け、こんな叫びは戯言となる。
それでも、アタシは叫ぶ。
「無理――だって、逆らっても――」
「無理じゃない! イヤならイヤってはっきり言うの! 遠慮なんかするな!
アタシたち、友達でしょ! だったらアタシを信じろ! 信じてよ! こんなくっだらないことする大人なんか、鼻で笑って見下してやるからさ!」
「あ――トーカ、さん――」
そんなアタシの叫びが通じたのか。
はたまた<魅了>によるランダム行動の結果か。
杖を抱くようにして聖女ちゃんはまた歌い出す。
「うるわしの
綺麗な声。この罵倒の嵐の中にあっても、汚れなき聖女ちゃんの声。
ああ、そうだ。アタシ一人じゃ、この状況を打破できない。
聖女ちゃんの力じゃ、自分の<魅了>も<洗脳>も<喪失>も解除できない。
だけど、二人なら――
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★アビリティ
【人に善意あれ】:善意を信じる心に、奇跡は宿る。アビリティを使用している間、効果範囲内の味方全員のHPとMPを自動回復しバッドステータスの効果を無効化。本人には効果はない。1秒ごとにMP5消費。
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来た、来た来た来た――!
【人に善意あれ】の効果はHPMPの自動回復と、バッドステータスの効果の無効化。バッドステータスはかかったままだけど、その効果は全部消える。聖歌の効果は歌ってる聖女ちゃん本人には効かないけど、アタシにはバッチリだ。
囚人服の<封印>と<無力>の効果が消えた。アビリティもばっちり使えるわよ! <収容魔法>の封印も解けて、アイテムも使用できる。
【人に善意あれ】の効果でHPが自動回復し、痛みが和らいでいく。アタシは立ち上がり、ステータスを開く。
「コトネ、その歌を――」
皇子が事に気付いて、焦りの表情を浮かべる。
ここで一言皇子が『やめろ』と言えば、<魅了>状態の聖女ちゃんはその命令を聞いちゃう。そして二度と【人に善意あれ】は使わないように命令するだろう。
だからこの一瞬がチャンス。
【早着替え】で<収容魔法>内の服と囚人服を着替えるのもアリだけど、それだとあたしが助かるだけだ。聖女ちゃんは操られたまま。だから――
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★ジョブスキル(スキルポイント:5)
【遊ぶ】:Lv0→2
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さっき『大切な友達』で貰ったスキルポイント15ポイントを使って、【遊ぶ】を2レベルにあげるわ。そんで得られるのはこのアビリティ!
<【遊ぶ】がレベル2になりました。アビリティ【パリピ!】を獲得しました>
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★アビリティ
【パリピ!】:テンアゲでいっちゃおう! 精神系バッドステータスをジョブレベルの数だけ解除する。MP3消費。
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「……っ、ぁ……ん!」
甘い痺れがアタシを襲う。そしてテンションが高まっていく。
説明どおり、ジョブレベルの数だけ精神系バッドステータスを解除するアビリティよ。ジュブレベル2の奴なんであまり使えないんだけど――聖女ちゃんの三連バッドステータスの二つは解除できる。
「この<フルムーンケイオス>の世界を一緒に楽しもう! いろんなところに行って、いろんなことをしようよ!」
アタシが差し出した手。
その手を聖女ちゃんは、しっかりと掴んでくれた。
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