23.5:血まみれの聖女(聖女コトネside)

 私、十六夜琴音は異世界に召喚されました。


 いきなりの事に驚きましたが、御父様の『困っている人を見捨ててはいけない』『自分にできる事をしてあげるんだ』という言葉に従い、クライン皇子の言葉に頷きました。


「安心したまえ。聖女のようなジョブの扱いには慣れている。私の言うことを聞いてくれれば、すぐに家に帰してあげるよ」


 遠い世界に連れてこられた不安を察したのか、クライン皇子はそう言ってくれました。なのも考える事はない。子供は大人の言葉に従っていればいい。私の言うことを聞いて、それに反しないように行動するんだ。


 ――そこからが地獄でした。


「さあ、この男を殺すんだ」


 最初、クライン皇子が何を言っているのか理解できませんでした。


「この男は我が皇国の騎士団長であるにもかかわらず、国に反逆しようとした不要者クズだ。

 だが騎士団長という立場だけあって、レベルも高い。この者を倒せば、かなりの経験点が入ってレベルアップが出来る」


 レベル? 経験点? 何を言っているのか、まったくわかりませんでした。


 そして何よりも、


「殺す……? そんな、死んだら、人は死んだらお終いなんですよ。なんでそんなことを――」


 するんですか、という言葉を紡ぎ出す前に私は強い衝撃を受けて地面に転がっていました。


 皇子が拳を振るって私を殴った、と気づいたのはかなり後。その時は突然の暴力に何もかも分からなくなってしまったのです。


「私の言うことを聞け、と言っただろう。コトネ」


 先ほどと変わらぬ口調。先ほどと変わらぬ優しさ。


 ここで殴ることも、人を殺すように強要することも、私に対する優しい態度と同じように行ってくるのです。


 わけがわかりませんでした。

 暴力は人を傷つける行為。それはいけない事。

 笑顔は人を仲間にする行為。それは普通の事。

 その二つを同時に行い、それが矛盾していない。笑顔で殴り、暴力で絆を結ぶ。この人はそれが出来るヒトなのだ。


 わからない。なんでそんなことができるのか、わからない。


「やはりこれを使うしかないか。異世界人はこれだから困る」


 クライン皇子は言って私の額に手を当てる。その瞬間、私の脳に何かが侵入してくるような感覚に襲われた。蛇のような細長い何かがうねりながら私の脳内全部を埋め尽くしていく。抵抗しようとするけどそれをすり抜け、難なく私の脳内をかき混ぜていく。


「ああああああああああ!」


 やだやだやだやだ。

 抵抗する私の声などお構いなしに、は私を埋め尽くす。私は起き上がり、近くにあった杖を手にした。それを騎士団長と言う人に向けて、


「皇子!? 聖女様を<魅了>するなど――」

「黙れ反逆者。私が召喚した英雄を私がどう扱おうが自由だ。

 何が『英雄にも権利を』だ。貴様のような輩がいるから魔王討伐は遅々として進まぬ。英雄などただの道具だろうに」

「彼らにも意思がある! この世界で生きていく権利がある!」

「最後までつまらぬ奴だったな。やれ、コトネ」


 振り下ろした。杖から伝わる肉と骨を叩く感触。暴力を振るった事実と、その生々しい感覚が確かに伝わってくる。


 吐きそうになった。


 杖で殴られ、痛みを浮かべる人の顔。流れる血。自分が暴力を振るったという事実。


(いや、いやいやいや!)


 そんな自分に吐き気がした。暴力を振るっている自分。その感覚を感じている自分。止まらない自分。なにもかもから逃げたくなった。


『やれ、コトネ』


 だけど体は止まらない。命令に逆らえない。私の意思に反して杖は振り上げられ、そして降ろされる。その度に手のひらから命を奪っていく感触が伝わってくる。


「聖女コトネ。貴方が私を攻撃するのが本意ではない事は解ります」


 殴られながらも、その人は悲鳴もうめき声もあげずに、私に語りかけていた。


「貴方が『傾国の指輪』で<魅了>されてている事は明白。だからこのことは悪い夢と思って、忘れてください」


 最後の最後まで、私にこのことを忘れろと言って、そして力尽きた。


<イザヨイ・コトネ、レベルアップ!>

<イザヨイ・コトネ、レベルアップ!>

<イザヨイ・コトネ、レベルアップ!>

<イザヨイ・コトネ、レベルアップ!>


<条件達成! トロフィー:『格上殺し』を獲得しました。スキルポイントを会得しました>

<条件達成! トロフィー:『勇猛果敢』を獲得しました。スキルポイントを会得しました>

<条件達成! トロフィー:『不可能を覆す者』を獲得しました。スキルポイントを会得しました>


 脳内に響く奇妙な音。


 だけどそんな異常よりも、私は人の命を奪ったという事実に打ちひしがれていました。何度も何度も杖を叩き下ろして披露した体。流れる血。掌に残る感覚。そして力尽きた相手の脱力。その全てが、私の心に残っている。


 だけど、これは始まりでしかなかったのです。


「次の罪人を連れてこい」


 クラウン皇子がそう告げる。その意味を知り、私は悲鳴を上げようとして――


「騒ぐな」


 再度殴られ、地面に転がった。そして皇子の手のひらが額に当てられる。


 やだ、それをされるのはやだ。わたしがわたしじゃなくなる。もうあんなおもいは――


 気が付けば、ベッドの上でした。

 気を失うほどに摩耗した精神。現実逃避したくなるほどの惨劇。


 だけそれは、目を覚ました瞬間に私の脳裏に蘇る。

 泣き叫ぶ大臣。

 逃げ惑う文官。

 命乞いをする女給。

 私と同じぐらいの年齢の、女の子――


「いやあああああああああああああああああああ!」


 叫んでも記憶は消えない。叫んでも罪は消えない。叫んでも事実は変わらない。


 私は殺した。多くの人を殺した。皇子の命令で? そんなことは慰めにはならない。その証とばかりに、


「ステータス」


 最初は解らなかった言葉の意味。だけど皇子に操られて命令され、その意味を理解させられた。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


★イザヨイ・コトネ


ジョブ:聖女

Lv:37

HP:67/67

MP:116/116


筋力:6

耐久:12+(10)

魔力:35+20+(40)

抵抗:34+(20)

敏捷:15

幸運:7


★装備

セイクリッド・ロッド

高位聖職衣


★ジョブスキル(スキルポイント:10)

【聖歌】:Lv6

【魔力増加】:Lv4


★アビリティ

【深い慈愛】

【太陽は東から】

【人に善意あれ】


★トロフィー

『格上殺し』『勇猛果敢』『不可能を覆す者』

『英雄の第一歩』


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 これは私が多くの人を殺した結果。最初は小さかった数値は、人を殺すたびにどんどん増えていった。


 そしてジョブスキルを取れと言われ、分からないままに選択した瞬間に痺れるような感覚に襲われる。


 未知の熱と衝動に崩れ落ちる事さえ許されず、何度も何度も私はクライン皇子に操られ、そして殴られる。


「私は人殺し……」


 人を殺して得た力は、他人を癒す歌声。


「なんで……? わたし、なにかわるいことした……?」


 答えはない。ただ、殺した証とばかりにステータスはそこにあった。


『彼らは生贄となったのだ』


 クライン皇子は言った。


『贄となったもの力とし、魔王を退治してこの世界に平和をもたらすのだ。

 それが彼らに対する罪滅ぼしだ』


 罪。そう私は罪を背負いました。


 それを雪ぐには、もうそうするしかないのです――そう、逃げるように決意しました。


「あの……」


 せめてもの救いとばかりに、私はその力で怪我人を癒したいと皇子に進言しました。何度か殴られた後に『……それはそれで私の功績になるか』と言って許可をもらいます。皇子と同伴し、多くの病院や貴族の館を回りました。


「闘技場に行くぞ、コトネ。私には向かった英雄の無様な最期を見せてやる」


 皇子に逆らえばこうなる。それを示すために私は闘技場に連れていかれました。


 その内容は全く覚えていませんが、皇子が不機嫌だったことは覚えています。そのせいで何度も殴られました。


「不愉快だ。その傷は自分で癒しておけよ」


 いつものセリフを残し、皇子は部屋から出て行きました。


 一人になった後に外に出て、闘技場で傷ついている多くの人を知りました。その人達を癒していたら、兵士さん達に止められました。


 その日はそれで闘技場の部屋に戻されましたが、まだ怪我人がいるんじゃないかと歩いていたら、


「ねえねえ、何してるの?」


 ある女の子の話しかけられました。


 鉄格子の向こう側。囚人の服を着た、私と一緒にこの世界に来たはずの女の子。


「な、何でそんな所にいるんですか? わ、悪いことをしたんですか?」

「あー、まー、そんな所」


 ――悪いことをしたのは、私もなのに。私は囚人じゃないのはどうして?


「じゃあ、もしかして闘技場で戦わされているんですか? お怪我はありませんか!? どこか痛い所は――」


 癒さなきゃ。酷い目に遭っているなら、癒さなきゃ。人を殺した私が出来る、唯一の本当の罪償い。お願い、傷を癒させて。お願い、私の罪を雪がせて!


「聖女ちゃんはここで怪我人を癒して待ってなさい。そうすれば『癒し』系列のトロフィーも得られてすぐに追いつくから!」

「……え?」

「知らない? 聖女は最初は回復に徹した方が効率がいいのよ。無理やり戦闘するよりも――」


 なにかが、こわれたきがしました。


「――ころさなくて、よかったんですか?」


 あのかんしょくも、あのかんかくも、あのはきけも。

 いまかかえている、ざいあくかんも。


「だれもころさなくて、よかったんですか? こんなつらいおもいをしなくても、よかったんですか?

 むりやりぶきをもたなくても、いのちごいするひとをころさなくても、よかったんですか?」


 いみがなかったんですか?


 その答えを聞く前に、私は退き剥がされて部屋に戻されました。


 あの子と話がしたくて、必死に願ったらある文字が浮かびました。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


★フレンド申請

 アサギリ・トーカ 様に、フレンド申請を行います。

 相手が承認すれば、フレンド欄に名前が登録されます。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 意味はよくわからないけど、あの子ともう一度話が出来るのならなんだってよかった。

 

 だれか、おしえてください。

 わたしは、ひとをころさなくてよかったんですか?

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