23:メスガキは聖女と話をする

「うわー。どうしよう」


 アタシは中庭でベンチに座り、四男オジサンにもらったケーキを食べながら悩んでいた。


「悪魔かー。面倒なのよねー」


 悪魔。


 魔王の眷属とも言われる力を分け与えた存在で、まあそれなりに強い。契約により人間に力を貸すこともあり、同時に契約を破れば大惨事となる。一部の街はそんな設定で悪魔属が跋扈してるダンジョンとなっていたりもする。


 魔王に対抗する皇国のくせに悪魔使いがいるとかどうなんだ、というツッコミは<フルムーンケイオス>内でも思いっきりされてて、この国実はヤバいんじゃね、実は魔王と繋がってるんじゃね、とSNSでは話題になっていた。


 まあそれは『この設定ないわー』程度の話題だったんだけど、あの皇子のワガママっぷりを考えると、あながち冗談じゃないのかも?


 英雄を召喚しながら、同時に敵である魔王の力をコントロールする。そして自分の都合のいい状況を作り出す。まっちぽんぷ? とかそんな感じ。


「ま、それはどーでもいいわ。問題は悪魔ね」


 今のアタシに重要な事は、悪魔との対抗手段だ。


 実は、手段はある。


【着る】をレベル6にすれば【ドレス装備】というアビリティを貰える。ドレスは服の高級版で、その中には聖なる属性の装備品もある。それを【デリバリー】で買えば、あとはウッドゴーレムのパターンで撃破はできる。


 だけど問題は、


「ポイント足りないのよねー。あと5ポイント」


【着る】をレベル4から6にするには55ポイント必要になる。あと1レベル分だ。


 そして囚人イベント中はレベルが一切上がらない。闘技場剣士やゴーレムを倒しても、経験点は0だ。あー、もう。


「またクリティカルバニーで決める?」


 バニースーツによる【デリバリー】【ツケといて】【早着替え】【カワイイは正義】のコンボだ。HPが1桁の時に超絶クリティカル補正がかかるバニースーツを着ての一撃必殺。一対一ならまず負けはない。

 ないんだけど、ちょっと抵抗がある。


「流石にウサギスーツもう一着買うのはねー。ダブっちゃうじゃん」


 アタシの<収容魔法>内には既にバニースーツはある。囚人イベント中は使えないが、イベントが終われば返ってくるのだ。


 そして囚人イベント中に【デリバリー】で買ったアイテムも、当然アタシのものだ。そうじゃなかったら金返せ、よ。


 ともあれここでバニースーツ買ったら、イベント終了時にバニースーツが二つになる。売ればいいじゃん、とか言われそうだけど服がダブるのは気分的に良くない。乙女として、恥ずい。


「でも最悪はそれか。仕方ないわね」


 ちょっと陰鬱な気分になって、ケーキを食べる。おいしい。買い物被りになる事確定な陰鬱な気分が、少しだけ晴れた。


 ともあれ、やることは決まった。アタシはベンチから立ち上がり、自分の牢屋へ戻っていく。その途中、囚人とそうでない人を分けるフロント部分で、


「……およ?」


 視界の端に人影を捕らえた。こんな刑務所にはそぐわない、清らかなオーラっぽいものを感じさせる女の子。


 鉄格子の向こう側――一般エリアにいる彼女は、そこから囚人エリアに入るか否かの場所でうろうろしていた。近づこうとして、足を止めて踵を返し。でもまた思い至って近づき、そしてまた振り返る。


 フロントにいる兵士もそれを見ているが、中に入ろうとしない限りは咎めはしないようだ。近づくと何か言いたげに見るあたり、何かしらの命令を受けているのかな?


「ねえねえ、何してるの?」


 アタシは囚人エリアから鉄格子を隔てて聖女ちゃんに話しかける。


 見張りの兵士がアタシを睨むが、それを受け流した。アタシよりも聖女ちゃんの動向を気にかけている感じだ。


「え……? 貴方は、もしかしてあの時の?」

「そそ。貴方と一緒に召喚されたトーカよ」

「な、何でそんな所にいるんですか? わ、悪いことをしたんですか?」

「あー、まー、そんな所」


 事情を説明しようとすると、兵士が警棒を手にするのが見えた。やーん、怒りっぽいんだから。


「まあ、楽しい囚人イベント中って所。あと2回勝ち抜いてお終いよ」

「じゃあ、もしかして闘技場で戦わされているんですか? お怪我はありませんか!? どこか痛い所は――」

「うわぉ!?」


 鉄格子にしがみつくようにしてアタシに話しかける聖女ちゃん。見張りの兵士が慌てて止めるほどのしがみつきだ。


「あ、うん。アタシは大丈夫。だからそこまで必死にならなくていいよ」

「大丈夫だなんて……! 聞けば剣で切られたり、魔法生物に殴り掛かられたりされた方もいると聞いてます。貴方はそれほど強い相手ではなかったかもしれませんが――」

「あ、うん。それほど強くなかったかな」


 アタシが適当に受け流すと、兵士達がイラつきの顔をしていた。『テメェ、次は覚えてろよ』的な顔だ。


 やーん。大したことなかったのは事実だもん。


「とにかくアタシは全然元気で大丈夫でこの世界楽しんでるから。そっちはどうなの?」

「――――あ。た、楽しんで……ます。はい……」


 何とはなしに振った話題に、聖女ちゃんは急に表情が静かになった。言葉少なく、そして仮面をかぶったように大人しく。


「皇子の教育の元、聖女として鍛えられています。魔王<ケイオス>を倒すために、日々修行に励んでいます」


 よどみない言葉。感情のないセリフ。


 まるで、そう言いうように強要されて、何度も繰り返している事。誰かに何かを言われたら、そう言い返せと誰かに命令されているかのような――


「魔王<ケイオス>? あんなのトーカがサクッと倒してあげるわよ」


 その態度にイラっと来て、アタシは鼻で笑うようにそう言い放った。


「聖女なんてマゾ属性なジョブなんかに任せてたら、何年かかるかわかったもんじゃないもん。

 聖女ちゃんはここで怪我人を癒して待ってなさい。そうすれば『優しい』系列のトロフィーも得られて、すぐに追いつくから!」

「……え?」

「知らない? 『聖女』は最初は回復に徹した方が効率がいいのよ。無理やり戦闘するよりも、他人を癒してもらえる『優しき者』『天使の癒し』『レディバード』のトロフィーでジョブポイント稼いだほうがいいのよ。

 そこから【聖魔法】を軸にして【聖歌】【聖言】コースでバッファーになるか、【聖武器】【聖人】コースで前に出るかの二択――」


 聖女を育てる最大効率は、とにかく最初はヒーラーに徹することだ。


 癒した人数ごとにもらえるトロフィーでジョブポイントを稼ぎ、そこからアビリティを習得する。聖女のジョブは覚えるのに苦労するけど、それに見合うだけの効果はあるわ。


 ぶっちゃけ、初期育成さえ突破して育成方向を定めればどうにかなるジョブなのよ。マゾいけど。


「……って、あれ?」


 そこまで言って、アタシは聖女ちゃんが無反応な事に気付いた。あー、調子に乗ってべらべら喋っちゃったかな?


 ゲームを知らない相手だと、ここでぽかんといちゃうのよね。そう思ってみてみたら、


「――ころさなくて、よかったんですか?」


 泣いていた。


 恥も外聞もなく、鉄格子を掴んだままアタシの方を見て、涙を流していた。


「だれもころさなくて、よかったんですか? こんなつらいおもいをしなくても、よかったんですか?

 むりやりぶきをもたなくても、いのちごいするひとをころさなくても、よかったんですか?」


 え、なに?


 よくわからないけど、アタシは聖女ちゃんの地雷を踏んだみたいだ。アタシの方を凝視して、答えを求めるように言葉を繰り返す。


「聖女様!」

「ええい、離れろガキ!」


 異常事態と判断したのか、兵士達はアタシを取り押さえ、聖女を鉄格子から引きはがす。アタシは囚人服の効果で何もできないし、聖女ちゃんも心神喪失していて無抵抗だ。


「ああ、もう。何なのよこれ!」

「黙れ! いいか、この事は口外禁止だ!」


 そのままアタシは連れられるままに連行され、投げられるように牢屋に入れられる。この事は誰にも言うなとばかりに怒鳴られ、扉をしめられた。


「ったくもう、アタシが何したっていうのよ!」


 ちょっとゲーム知識を披露しただけなのに。そりゃ、何も知らないこの世界の人からしたらよくわからない事なのかもしれないけどさ。


「もう寝る! ……ん?」


 よくわからないままに横になろうとして、ステータスウィンドウが何か光っているのに気づいた。ふて寝しながらそれを操作する。


 見るとメッセージウィンドウに通知が来ていた。一通のメッセージが入っている。それを開くと、


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


★フレンド申請

 イザヨイ・コトネ 様から、フレンド申請が来ています。

 承認するなら、『承認』ボタンを押してください。


 この申請は一週間後に消滅します。フレンド承認が不要の場合、このメッセージを消去してください。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 イザヨイ・コトネ。


 おそらくさっきの聖女ちゃんだ。

 彼女からフレンド申請が来ていた。


 

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