20:メスガキは聖女の歌を聞く
「ふざけんなー! こんなのを見に来たんじゃないぞ!」
「金返せー! あのガキが勝つなんてオッズになかったぞ!」
「私のオズマ様があんな子供に土下座するなんて……あの女許しておけません!」
「あの目、あの踏み方、その笑い……。オレもしてほしい! ブヒヒヒン!」
「え?」
アタシの勝利に観客たちが沸きに沸く。いろいろなものが飛んでくるけど、アタシに当たることはない。期待を裏切られた豚がキレて叫んでるのを見ると、溜飲が下るわ。やーん、負け豚の遠吠え気持ちいいー!
……なんか、特殊な目覚めした声も聞こえてきた気がするけど……?
「勝利おめでとうございます」
罵倒を浴びながら花道を歩くアタシ。控室に戻ってきたアタシを出迎えるNPC兵士。そのセリフ自体はテンプレだが、若干顔が引きつっていた。勝って帰ってくるとは思ってなかったのだろう。
「どーも」
アタシはその兵士に微笑んでやる。何かを言いたげに表情を歪ませ、ため息をついてそれを諦めた。
「……っと。またこれか」
そして魔法的な何かで装備を強制的に変更させられる。棍棒と普通の服から、囚人服へ。
「ここからは自由時間だ。労働に精を出してもいいし、体を休めてもいい。
何なら次の相手を見ておくのもいいぞ。媚を売れば手加減してくれるかもな」
兵士NPCのテンプレセリフだ。
次の戦闘イベント――要するに闘技場バトルまでできる事は『装備ポイント稼ぎ』と『情報収集』だ。
闘技場の戦い前で装備を買えるポイント。これを稼ぐことでいい武器や防具を飼うことができる。罪人に与えられた労働をこなすことで、そのポイントを稼ぐことができる。
あとは『情報収集』だ。次の対戦相手を確認したり、他の囚人から話を聞いたり。まあ、あらかたの情報知ってるからアタシにはあまり意味はない。
で、やることなかったら『体を休める』で時間を進めて次の試合に移行することになるわ。
「でもやることないのよねー。ポイントもいらないし」
ポイントを稼いでいい武器を貰えるようにして、戦いに備えるのがセオリーだ。
だけどアビリティが使えるのならどうにかなるわ。
「何もないし、帰って寝る? あー、でもさすがに早すぎるのよねー」
所々にある天窓(鉄格子付)から見える空は青く、まだ昼にもなっていないことが分かる。流石に牢屋に戻って寝るのは早すぎた。
「次の相手は確か『ウッドゴーレム』だったわよね。暇だし見に行くか」
確か次はゴーレム使いが作り出した『ウッドゴーレム』だ。魔法に対する守りが弱いので、魔法使いなら余裕。
なくても装備ポイントを10ポイント稼いで魔法攻撃が出来る武器『マジック(武器名)』あたりを買えばそれで事足りる。
「ふはははははは、貴様が次の対戦相手か! 私の作り出したウッドゴーレムには如何なる剣や弓も通じぬぞ! 無敵の防御力と他のゴーレムマスターにはない機動力! 硬く、そして機敏! まさに最強!
貴様が魔法攻撃か出来るなら別だがな!」
うんうん。こんなこと言ってる奴だった。さりげなく弱点を教えてくれるチュートリアル博士。解説属性NPC。
それを確認して、踵を返そうとして、
「おお、貴様は皇子の言っていた遊び人か。貴様は念には念をいれて、じっくり弄ってくれと言われてたな。先の戦いの屈辱を晴らすようにと」
は? なんかテンプレじゃない台詞が出てきたんですけど?
えー? そんなのありなの?
「魔法が使えぬ遊び人如き、恐れるに足らぬがこれも皇子の命令。対魔法コーティングも施しておこう。囚人達が貸してもらえる魔法の武器程度では通じぬようにな!
これで貴様に勝ち目はない! 明日は我がゴーレムにひれ伏すのだぁ!」
もう、こっちに唾飛ばさないでよ。ばっちいんだから。
「ふ、私の策を前に言葉もないか。然もありなん! 我がウッドゴーレム最大の弱点である魔法攻撃を防御されてしまえば、戦士でさえ立ち尽くすだろう。
ましてやクズオブクズ、無能オブ無能の遊び人には手も足も出まい!」
あー、そうね。どーでもいいってばかりに手を振った。
実際のところ、装備ポイントを稼いで魔法の武器を買うつもりは毛頭ない。魔法耐性をあげられても、まあいいや。
「明日まで怯えて眠るがいい!」
そんな台詞を背中で聞きながら、今度こそゴーレムマスター? の元を離れる。予想はしていたけど、無駄な時間だったわ。
……でもまあ、皇子がめんどくさいことしてるのは分かった。徹底的にアタシを潰したいらしい。
「皇子様暇なの? 仕事したら?」
働いて装備ポイントを稼ぐつもりもないので、今度こそどうしようかと考えてると、奇妙な人だかりを見つけた。
部屋に集まった怪我人。そして彼らが見つめる先には一人の女の子。こんな刑務所にはそぐわない、清らかなオーラっぽいものを感じさせる。
「んー? あの子はもしかして?」
天秤を模した聖印を着た、アタシとほぼ同い年ぐらいの女性。彼女が歌うように声を響かせ、それが傷を癒していく。
【聖歌】のジョブレベル6で覚えられる【人に善意あれ】だ。広範囲内にいつキャラに自動回復能力とを付与し、バステの効果を無効化する治癒系である。それを使って、歌を聞いている人間を癒しているみたいだ。
【聖歌】のアビリティは本人には効果はないけど、その分効果範囲と効果は大きい。それゆえサポート系としては優秀なアビリティなのだ。
「聖女様……」
「俺達のような人間を癒してくださるなんて、なんて慈悲深い」
「癒し魔法を受けるなんて、生まれて初めてだ。こんな優しい魔法だったのか……」
治癒を受けている囚人たちは感激の涙を浮かべていた。
ちなみに【聖魔法】のレベル2で得られる【小治癒】の方が回復量が大きい。ただあちらは効果範囲は単体のみ。これだけの数を癒すとなれば、【聖歌】スキルの方が効率はいいんじゃないかな? アタシ【聖女】使ったことないけど。
「罪を犯そうとも、貴方達は人間です。それを癒すことに、何のためらいもありません。
私の力は人を守るためにあるのですから」
心の底から、まったくの疑念なく、聖女ちゃんはそう言い切った。
ダメージとか全く受けてないけど、アタシもその効果範囲内に入ってみる。お風呂に入っているかのような、温かい何かに包まれる感覚。
(誰かに抱きしめられてるみたい)
思わずほっこりしちゃう。そっか、これが聖女の力なんだ。
「何をしているか、貴様ら!」
そんな心地いい感覚に割り込んでくる声。数名の兵士が武器を振るって、囚人達を追いはらうようにしていた。実際に傷ついても構わないとばかりの乱暴である。
「貴様ら如きが聖女の奇跡に触れようなど、おこがましい!」
「散れ散れ! そしてここで会ったことはすべて忘れろ! 誰かに知らせようものなら、貴様ら全員処罰を下すぞ!」
兵士達のあまりの行動に、蜘蛛の子を散らすように逃げて行く囚人達。あたしも何も言えずに距離を離す。何あれ、うっとうしい。
「聖女様も勝手な行動は控えてください!」
「汚らわしい囚人を癒すなど、聖女の品位を落す行動です!」
「そんな……私はただ……」
「この行動が皇子に知れたら、どうなると思ってるんですか?」
「……っ! あ、はい……」
皇子、の名前が出た瞬間に顔を青ざめる聖女ちゃん。自分を抱くようにして、呼吸を乱す。震えるようにしながら、壁に手をつく。自分を支える事が出来ないほどに怯えていた。
「申し訳ありません。私は皇子の為の聖女です。皇子の為に尽くしますから――」
「皇子が戻ってくる前にお部屋に戻りましょう。事が発覚しなければ、皇子も何もなさらないでしょう」
「……はい。皆さん、迷惑をおかけします」
「いいえ。このことが皇子に知れたら、我々も処罰を受けますので。お互いの為にここでは何もなかったということで」
言って、聖女ちゃんを支えるようにして聖女ちゃんを運ぶ兵士達。
アタシはそれを見送った後で、
「あー、もう。気分悪いっ!」
そう叫んで、自分の牢屋に戻るのだった。
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