19:メスガキは闘技場で戦う

「貴様がアサギリ・トーカか。悪そうなツラしてやがるな!」


 失礼な事を言う兵士NPC。このセリフ自体は<フルムーンケイオス>そのままだ。男だろうが女だろうが、アタシのようなかわいい子だろうが同じことを言う。


「貴様はこれから罪人奴隷として戦ってもらうことになる。

 だが寛大なる法律により、貴様には武器と防具を選ぶ権利がある。罪人には過ぎた施しだが、選ぶがいい!」


 はいはい。スキップスキップ。


 兵士が指す先には、様々な武器や防具、そしてアイテムがあるわ。この中から装備を選んで闘技場で戦うんだけど、制限があるわ。


 武器や防具、アイテムにそれぞれポイントがあり、罪人キャラはもらったポイントでその武器や防具、回復アイテムなどを『買う』形なの。ポイントは元々の罪の重さや戦闘後の行動(労働したりとかそういうの)で増減するの。


 軽い罪なら初期ポイントが高い。罪の重さによってはマイナスになることもあるけど、


「出た。呪いの武器」


 負のオーラを発する剣や、着るとめんどくさいバッドステータスが乗る鎧。こういった武具を選ぶと、ポイントがプラスになる。強盗殺人その他もろもろのっけた罪人キャラは、こういう武器しか装備できなくなるのだ。


「トーカのポイントは2点か。棍棒と服ぐらいじゃないの」


 服は本当にただの服で、0ポイントで買える。効果も何もない。最低でもこれを着ないと囚人服が脱げないのよね。<封印><無力>だと、何もできないまま弄られることになる。

 棍棒も本当に棒だ。1ポイントの石(投擲用)よりましな程度。


「まあ、初戦はこれでいっか」


 棍棒と服を貰い、装備する。


 今のところ、武器にこだわる理由はない。初戦は囚人服さえ解除してアビリティが使えるようになれば、負けはない。


「装備は選んだな? ではあっちに行け! 罪を雪いでくるがいい!」


 兵士に促されるように道を歩く。闘技場に近づくにつれ、歓声が響いてきた。


「紳士淑女の皆様、大変お待たせしました! これより本日の闘技場31試合を開始します!」


 アナウンスの声と共に、会場が大きく沸いた。


 血に飢えた熱、暴力を見たい熱、惨劇を求める熱。それらが入り混じり、波となってトーカに襲い掛かる。


「罪人に死を! 罪人に死を!」

「他人の成果を奪う英雄に咎を! 貴族を侮辱する遊び人に罰を!」

「あのナマイキな顔が許しを請うようになるまで弄り続けろ!」


 飛んでくるのは、大まかそんな内容。


 自分達は正義。アタシは罪人。だから裁いてやる。お前は俺達の正義で叩かれろ。


「つまんないわね。人間なんてどこでもいっしょって事?」


 ネットでも似たような人はたくさんいた。


 政治とかよくわからないけど、一番上の人を執拗に叩いたり。


 ちょっとした言葉を切り取っていいように解釈し、それを非難したり。


 ミスを大げさに表現して、その人を攻め立てたり。


「お前が今日の生贄か」


 そんなことを言いながら歩いてくる男達。防具はアタシと同じ普通の服だけど、手には立派な剣を持っている。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


名前:闘技場戦士

種族:人間

Lv:26

HP:108


解説:闘技場の戦士。命を賭けて戦うことが彼らの仕事。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「運がないな。俺と当たっちまうなんて。ま、自分の行いを顧みるんだな」


 初戦で当たる闘技場戦士は、キャラのレベルと同じになる。アビリティは使わないし防具もないが、ジョブは近接戦闘型なので殴られると相応に痛い。


「トーカは無実よ。ザンネン皇子にはめられたの」

「はっはっは。罪人はみんな同じことを言うんだ」


 アタシの主張を笑い飛ばす戦士。


 まあここで『なんだって、そんな酷いことが!? こんなかわいい子になんてこと! ようし、オレがキミの味方になってやる!』てな展開になったら、それはそれで驚きだけど。


(自分と同レベルの戦士かぁ……)


 実はこの勝負、ものすごく相性が悪い。


 遊び人は運以外のステータスは伸びが悪く、同レベルの戦士と比べればダメージ量も防御力もかなり劣る。


 その打点の低さを底上げしていたのが『格上殺し』系のトロフィーによるダメージ補正だ。そしてそれはレベルが上の相手にしか発動しない。同じレベル相手ではアタシはあまりダメージを出せないのだ。


 普通に殴りあえば、ステータスや武器の差であっさり負ける。


「降参するなら早く言った方がいいぞ。武器を捨てて許しを乞えば、皆も納得してくれるだろうしな」

「そうだ! 惨めに情けなく土下座しろ!」

「いいや。土下座したところを蹴っ飛ばせ! 何度も何度も謝らせろ!」

「血を見るまでやめないでほしいわ。私はそれを見に来たんですから」


 皆がアタシが無様に負ける所を期待している。

 皆がアタシがひどい目にあう所を期待している。 

 皆がアタシが死ぬところを期待している。


 他人の不幸を娯楽にして、優越感に浸る。これが人というイキモノだ。


「お客様も期待しているようだし、始めるとするか」


 愉悦の表情を浮かべる闘技場剣士。


 相手は遊び人。しかも子供。自分が負けるとは思っていない顔だ。相手は罪人。皇国に逆らった存在。正義は自分にある。ここにいる客も自分の味方だ。


 これから始まる暴力の宴を前に、誰もが闘技場戦士と同じ顔を浮かべていた。


「試合、開始――!」


 審判の開始合図と同時にこちらに向けて走ってくる闘技場戦士。


 戦士の叫び声と、観客の歓声が交じり合う。

 お前をボロボロにしてやるという戦士の戦意。

 お前はボロボロに殴られとという観客び期待。

 この二つが混じり合い、アタシに襲い掛かる。


(ああ――バカばっーか)


 その目に見えない暴力を確かに感じながら。


「皆セリフださーい。もう少し面白いこと言えないの?」


 アタシは【笑う】。


「ダサ……?」

「生贄とか、泣き叫べとか、テンプレ過ぎるのよ。もう少しカッコいいこと言えないの? ああ無理か。カッコよくないもんね。ぶんそうおー」


【微笑み返し】発動。闘技場戦士のおにーさんは<困惑>したわ!


 山賊みたいにずっと<困惑>はしないだろうけど、これで十分。


「戦士のおにーさんはキモい笑い方してるし、客席の人達は不細工な顔してるし。ぶーぶー何か言ってたみたいだけど、豚なの? ここ、実は養豚場? だったらしょうがないわよねー」

「何を言ってやがるあのガキ? 貴様の方が下劣だろうが。いい気になるな!」

「ブタは貴様だ! 俺達の為に殺されやがれ!」

「死ね死ね死ね死ね死ね!」

「やーだー。豚がぶいぶい叫んでるー。

 え? 人間なの? ウソでしょー? 人間がそんな語彙力低いわけないじゃなーい。きゃはははははは! ウケるわー。人のまねをしたブタの鳴き声マジウケルわー!」


 アタシの笑い声に返ってくる罵倒と誹り。顔を真っ赤にしてるところを想像して、更に笑った。


 他人の不幸を娯楽にして、優越感に浸る人間の本性。


 そんなのとーぜんでしょ。アタシも楽しいもん! いい気になってるところを反論されて、馬鹿なこと言ったりしたりする人見るの超楽しい!


「くそ、早く殺しやがれ……って何してるんだあの戦士!」

「全然見当違いの所殴ってるぞ。遊んでるのか!?」

「この、この、クソガキが……!」


 そして<困惑>している闘技場戦士の剣は、アタシに当たらない。自動回復で<困惑>を解除されても、また【微笑み返し】すればいいだけ。よゆー。


 でもまあ、可哀想だから早めに終わらせてあげるね。


「泣いて許しを請うなら、降参させてア・ゲ・ル。あは」


【笑裏蔵刀】。笑顔と共に繰り出されるクリティカルダメージ。それが闘技場剣士に叩き込まれる。


 あとは山賊オジサンと同じ、<困惑>ループで弄るだけね。


「ねえ、痛い? 痛いって泣き叫ばないとトーカわかんなーい」


「ここが痛いの? ここが痛いの? 呻いてるだけじゃわかんないよー?」


「武器捨ててどうしちゃったの? 仕事したくないの? 戦わないおにーさんに価値ないよ? それでもいいの?」


「こうさん? 高校三年生のことかなぁ? トーカ言ったよね。泣いて許しを請わないと降参させてあげない、って」


「やーだー。大人の人が泣き叫んで土下座するなんて。プライドあるのぉ? 『運がないな。俺と当たっちまうなんて』とか言ってたくせにぃ」


「ねえ、今どんな気持ち? 遊び人のガキに泣き叫んで土下座して人生惨敗して、どんな気持ち、ねえねえ?」


 棍棒でがしがし殴り倒して、アタシは勝利を収めたのであった。ぶい。

 あー、きもちよかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る