18:メスガキは皇子と聖女に出会う

「どーいう事よ、これ?」


 アタシが連れられたのは、取調室。小さな部屋に机があって、安っぽい椅子に座らされている。その正面には四男オジサン。ドアには兵士がいる。


「こちらも調べる時間があまりなかったのです」


 そんな言葉と共にオジサンは説明を開始する。


「トーカ殿には『遊び人がガルフェザリガニを倒した』と言う噂を流して夜を混乱させた騒乱罪と、公然の場で貴族を罵倒した侮辱罪が適応されている」

「そうそうそれよ。アタシがザリガニを倒したことは事実じゃない」


 それが納得いかない。


 ウソをばら撒いて叱られるのはしょうがないとして、ホントの事を言って捕まるとか酷いにもほどがある。


「うむ。それに関しては吾輩も主張したし、あの日湿地帯にいた英雄達にも証言を求めた。複数名の英雄からの証言を得ている。兵士もそれを正しく報告しており、事実が曲がって報告されたという事はない」

「じゃあなんでこんなことになってるのよ」


 唇を尖らせるアタシに、オジサンは背後の兵士に目配せした。何かを了解したように兵士は耳をふさぐジェスチャーをする。私は聞いてませんよ、というポーズかな?


「……なにやらクライン皇子の逆鱗に触れたようで」


 その上で、声を潜めてオジサンは言う。


「皇子ぃ? ……ああ、いたわね、そんなの」


 言われて思いだした。アタシを神殿の外に叩きだしたあの野郎。

 うーん。恨まれることをした覚えは……むしろアタシが恨む側じゃない?


「なんでもその時いた『赤の三連星』と呼ばれるパーティがガルフェザリガニと戦っている所を横入りし、その手柄を奪ったと。……酷い話ではトーカ殿が色香で惑わしたとまで」

「えー? なにそれ。全然違うじゃないの。その皇子頭沸いてるんじゃない? 国を治める皇子がそんなので――」

「しっ! そのようなことは言わぬほうがよいです、トーカ殿」


 指を唇に当てて、アタシの言葉を遮るオジサン。その必死さに思わず言葉が止まる。


「皇子の不評を買ったものは皆投獄されております。投獄後、彼らの姿を見たものはないとまで」

「うっわー……マジモンね」


 ワガママ皇子ここに極まれし、ね。馬鹿が権力持つと碌な目に合わないっていういい例だわ。


「皇子は現在この国で英雄召喚の儀を行える唯一の存在。英雄召喚の儀により召喚された英雄により、この<ミルガトース>はどうにかモンスターの侵攻を停めている状態なのです。

 いわば皇子はこの<ミルガトース>の救世主。皇子がいなければ魔王<ケイオス>は世界を征服していたでしょう」

「実際に戦ってるのは皇子じゃなくトーカ達じゃない。あの人、呼び出した後は放置してるのに」

「それでも、です」


 四男オジサンは必死になってアタシの言葉を止めようとする。それだけ怒らすと危ないんだなー、と言うのが伝わってきた。


「まー、いいわ。とにかく無実の罪で投獄されたって事ね」


 あー、もう。まさか囚人イベントすることになるなんてね。とんだ足どめよ。


「……その、貴族侮辱罪に関してはどうしようもなく。公然と吾輩を罵倒した姿は皆に見られているので言い逃れ出来ない状況です」


 四男オジサンは申し訳なさそうに言った。


「えー!? 侮辱ってなによそれ。アタシ当然のこと言っただけじゃない!」

「吾輩自身も……一応否定はしているのですが、何分こちらは多くの人間が見ておりまして」

「一応って何よ! もー、トーカは悪くない!」


 怒りで叫ぶアタシ。


 四男オジサンが『侮辱罪に関してはしょうがないよなあ』という顔をしているけど、アタシ知らない。聞こえない。


 ちょーっと、調子に乗っていろいろ言ったかもしれないけどしーらない!


「申し訳ありません。ヘルトリング家のコネを使ってはいますが、トーカ殿の無実を証明するのは難しく。このままでは罪人奴隷として闘技場で戦わされることになります」

「あ、それは正直構わないわ。そっちは勝算あるし」


 囚人イベントで戦わされる相手は覚えてる。攻略法もばっちりなので、負けはまずない。囚人服の<封印><無力>さえ解除されれば、100パー勝てる。


 ただ、この世界が<フルムーンケイオス>そのままだったら、という前提だけどね。


 もうこの世界はゲームと全く同じ、と考えない方がいいかもしんない。実際、<フルムーンケイオス>のクライン皇子は英雄召喚の儀式を使えるだけの存在で、こんな暴君だったと言う事はないし。

 

「さ、流石はトーカ殿。こちらもできうる限りの便宜を図らせてもらいます」

「便宜……そうね、差し入れとかあると助かるわ」

「差し入れ、ですか?」


 アタシはもう限界、とばかりに机に突っ伏す。


「お腹すいたー。甘ーい御菓子が食べたーい。もうげんかーい」

「はっはっは。理解しました。次に面会に来る時に用意しましょう」

「ケーキ、ケーキ、ケーキ! 後お金ちょうだい! 湿地帯のドロップを売ったお金!」


 だんだんだん、と机を叩きながらアタシは主張した。


 その後、色々手続きをして牢屋に戻されるアタシ。


「絶対だからね! ケーキケーキケーーーーキ!」


 あそこまで主張したのだから、買ってきてくれるだろう。甘くて柔らかくてふわふわケーキ。その味を思い出し、顔がほころぶ。


「さて、イベントまでやることないんだし寝とこ。……バッチい寝床だけど」


 牢屋でできる事はない。ジョブのレベルを上げようとしてもロックがかかっている。この辺りはゲームと同じようだ。


「アサギリ・トーカ、入るぞ!」


 横になろうとしたら、ノックもなしに扉が開けられた。変態趣味な看守のオジサンだ。何やらものすごく緊張した顔をしている。


「なに、トーカこれから寝たいんだけど。あ、もしかしてトーカの寝床を襲おうとしたの? リョナ趣味な変態さんだから仕方ないわよねー」

「黙れ! ……クライン皇子が貴様を見学しに来た」


 はぁ? 皇子が?


「それが件の遊び人か」


 数名の兵士――看守と違っていい装備をした――を伴い、いい服を着てるんだけど顔と威厳が追い付いていない男がやってくる。そのザンネンちゃんが皇子……かな? うん、叩きだされた覚えがある。


 そしてその後ろには、一人の女の子。こっちも牢屋には似合わない服だ。天秤のような聖印が服の中央に描かれていて、神聖ぽさが表に出てる。それを着ている肝心の女の子は、どこか虚ろな瞳で皇子の後ろを歩いていた。


「覚えてるぞ。この私につまらぬ暴言を吐いたモノだ。遊び人など邪魔だと放逐したが、まさか他人の栄光を奪う犯罪者になろうとはな。

 街中で戯れる分には見過ごせたが、盗人とあらば仕方あるまい。英雄を召喚した皇子の名において、貴様に罰をあたえよう」


 うっわー。偉そう。いや、実際偉いのか。


 看守は忠誠と言うよりは怯えの目で皇子を見ている。機嫌を損ねれば殺される。そんな態度で身をすくめていた。


「見るがいいコトネ。これが私に逆らった英雄の末路だ。

 英雄とはいえこの私に逆らうのなら、こうなる。このガキが闘技場でどのように弄られ、惨めに散っていくかをしかと見届けるがいい」

「……はい」


 コトネ、と呼ばれた女の子は皇子の言葉に抑揚なく頷く。


 ……んー? この子もしかして……?


「ねえねえ。もしかしてトーカと一緒に召喚された聖女ちゃん?」

「はい。あの日――」

「貴様は口を開くな! コトネも私が求めた時以外は動くでない!」

「っ! 申し訳ありません、皇子。どうか、どうかご慈悲を……」


 コトネ――アタシと一緒に召喚されてこの世界にやって来た聖女ちゃんは、皇子の激昂に怯えるように身体を硬くする。俯き、顔を青ざめて震えていた。


「……ふん。今日の所は顔合わせだ。貴様が闘技場でぶざまに弄られていくのを楽しみにしているぞ」


 言って皇子たちは踵を返し、牢屋から出て行く。言葉通り、こちらの顔を見に来ただけみたい。ここで暴力を振るうよりも、闘技場で血を見る方が面白い。そんな所かな?


 べー、だ。アンタなんかアビリティが使えれば秒でお終いなんだからねっ。

 心の中で皇子をボコボコにして踏みしめる。そして今度こそ、アタシは横になって寝るのだった。

 

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