15.5:激昂する皇子(クライン皇子side)

 オルスト皇国にある一室――


 白い魔法石をふんだんに使われて作られたオルスト城は白亜の城と呼ばれ、見た目の麗しさから諸国より褒めたたえられている。更に魔法石の効果により魔導技術が発展し、<ミルガトース>の魔法三大国家の一角として誉れある歴史を持っている。


 英雄召喚が可能なのはオルスト王国のみで、国が召喚した英雄は世界各地にて活躍をしている。ある者は単独で、ある者は英雄同士パーティを組んで、ある者はこの世界の人間と手を組んで。


 白く美しい魔法皇国、オルスト。誰もが羨望のまなざしを向ける国――


 だが、その内面は人の陰謀渦巻く魔境だった。権力に媚び、隙あらば他人を蹴落とす。法は蔑ろにされ、上の者が認めたもののみが善行とされていた。


「不味い! 今日の料理人は誰だ!」


 食卓に響く声。クライン=ベルギーナ=オルスト。この国の第一皇子。

 この黒くドロドロしたオルスト城の中心にいる存在。彼ら皇族を中心に悪意は渦巻いている。


「わ、わたくしではございません! 今日はベネットが料理長で――」

「だ、大臣様が今日はこのように味付けしよとおしゃったので――」

「ひぃぃ! そんな証拠がどこにある! 不敬罪でひっとらえろ!」

「いやいや。コーネリア様には以前から反逆の兆しがあった。証拠? 此度の料理が何よりの証」

「よく言った! そうですとも皇子。ここはコーネリア一族を皆反逆罪で捕らえては如何でしょうか? 空いたポストに我が姪を宛がえば何の問題も――」


 一事が万事、このような騒ぎとなっていた。そして――


「ふん。今騒いでいた者全て、牢にいれよ。財産も没収だ!」


 クラインの一言で、顔を青ざめる人達。兵士が動き出し、騒いでいた者達全てを投獄する。裁判などない。無罪を訴える機会もない。ただ皇子の一言で、全ては決まっていく。


 だれもそれに反論することはできない。何故なら――


「没収した財は全て英雄召喚の儀式に使用する」


 英雄召喚の儀式。

 それを行えるのはオルスト皇国の皇族のみ。現皇帝である父、ベルギーナ=シュタイン=オルストは病に伏し、儀式を行える体力はない。そして他の皇子はまだ幼く、また成人する前に謎の死を遂げていた。


『クラウン皇子によって謀殺された』

『英雄召喚の儀式を独占するために』


 そんな噂をしたものも、同様に命を失った。


「異議ある者は申し出るがいい!」


 異議などとなえられるはずがない。それを言っても聞き入れられず。数日のうちに事実無根の罪を着せられて首を斬られているだろう。


 それがオルスト皇国の腹の中。皆が皇子を奉り、恐れている。


 だが城から出る事はなかった。城の外は魔王<ケイオス>のモンスターが跋扈している。オルスト城は魔法石で作られた世界で一番安全な城だ。この城に施された術式は、暗黒龍の呪いの吐息さえも耐えきるだろう。


 それになにより――


「クライン皇子は多くの英雄を召喚している」

「英雄は強い。何よりも無償で戦いに挑んでくれる」

「その中には、あの聖女までいる」

「そうとも。いずれ英雄が、いや聖女が魔王<ケイオス>を倒す。そうすれば皇子は歴史に名を残す。皇子についていくのが正解だ」


 魔王<ケイオス>。それに対抗するには英雄の力が必要で、英雄を召喚できるのは現在クライン皇子しかいないのだから――


「そうとも、誰がお前達を守ってやってると思う。この私だ。この私こそがこの世界を救うのだ。

 何もできないクズどもが私に逆らうなど無謀でしかない」


 部屋に戻り、自分を恐れる空気に酔うようにクラインは嗤う。

 英雄の手柄は、召喚した自分の手柄。英雄がモンスターを倒して人を助ければ、それは皇子が人を助けたに等しい。


「大半の英雄は『戦士』だの『魔法使い』だの『僧侶』だの、ありふれたジョブばかりだ。そんな奴らはどうでもいい」


 クラインは本棚にある資料の一つを手にする。これまで召喚した英雄を纏めたものだ。ジョブごとにまとめてあり、一般的なジョブは役に立たないジョブを持って召喚された英雄は一番下の段に雑にまとめられている。


「魔王を倒せる可能性があるのは、『天騎士』ルーク、『夜使い』トバリ、『妖精衣』アミー、そして『聖女』コトネ……この辺りだな。

『聖女』の調教が終わり次第、魔王討伐に向かわせるか」


 調教。


 召喚された『聖女』コトネは、最初は虫も殺せないほどのお人よしだった。しかしモンスターの命を奪わないとレベルは上がらない。それはこの世界の法則だ。


 だから、殺させた。


 様々なバッドステータスで動けなくした罪人――無実の罪で投獄した高レベルの騎士長――を、コトネに<魅了><混乱>などのバッドステータスを与えて殺させた。何人も、何人も。何人も。


「あああああああ、あああああああああああ!」

「やめてやめてやめて!」

「やだやだやだやだやだ」

「かきまぜないでおねがいしますこわれるこわれるこわれ――あああああ!」


 高レベルの存在を殺したことによるレベルアップ。ジョブ成長によるアビリティ取得。そして人を殺したという罪と、それによる精神的なショック。


 かつてこの世界を救おうと熱く誓った少女は、常識も魂もぐちゃぐちゃにされた。


「全く、何人『罪人』を用意すればいいのだ。聖女がなかなか成長しない事は知っているが、ここまでとはな。

 まだ殺しは良くないと言っているようだが、つまらんな。他の英雄共々、自分の力に酔いしれるだろうよ。あるいは心が壊れて人形と化すかだな」


 これまで皇国に従わない英雄はいた。役立たずのジョブなら捨てればいい。だが高レア珍しいジョブは捨てるにはもったいない。そう言う輩に言う事を聞かせる術も、この国には伝授されていた。コトネに施したのも、その一つだ。

 

 強制的にレベルアップさせ、得た力に酔わせる。あとは自然とモンスターを殺して言ってくれるだろう。そうでなければ心が壊れて、こちらの言うことを聞く忠実な駒になる。


 あの聖女は後者になりそうだ。そんな事を考えていると、


「失礼いたします。英雄の報告をお持ちしました」

「よい。入れ」


 ノックと共に声がかけられた。。許可を得た兵士が入ってくる。

 目をかけている英雄以外は、兵士達に監視を任せていた。王国に英雄を集めた組合ギルドのようなものを作り、そこに登録させて仕事の報告をさせている。


(とはいえ、あまり芳しい結果は聞こえんがな。もっと名のある輩を倒してもらわなねば)


 その辺のモンスターを倒す程度なら、城の兵士でもできる。誰にも倒せないモノを倒すからこそ、英雄の名が栄えるのだ。


(ゴーガ山地の盗賊頭目はいつの間にか殺されているし。全く、誰が倒したというのだ。私が召喚した英雄ではないのか? ええい、忌々しい!)


 まさか自分が追放した遊び人がその山賊を倒したなどとは、想像もつかない皇子であった。


「――続いて、ガルフェ湿地帯に住まうガルフェザリガニ討伐の報告です」

「ふむ。あそこは確か『赤の三連星』を名乗る戦士グループがいたな」


 湿地帯の名前を聞いて、皇子は三人組の戦士のグループを思い出す。堅実で忠実、英雄とは何たるかをわきまえた戦士達だ。戦いのセンスもあり、皇子も覚えがあった。


「確か『スカーレット』とか言う軽戦士の上位互換だったな。出血系のバッドステータスを主体とするそこそこ珍しいジョブの三人組だ。成程、あの連中なら倒せて当然だ」

「いえ。報告書によると彼らもガルフェザリガニに挑みましたが撤退した模様です」

「なんだと? では誰が倒したというのだ?」

「それが……」


 いい澱んだ兵士。それにイラつきを感じ、皇子は報告を促す。


「どうした? 私の時間を無駄にする気か」

「はっ、その……討伐したのはヘルトリング家の四男、ゴルド・ヘルトリング様、そして『遊び人』のアサギリ・トーカとなっております」

「なんだと!? ウソを申すな! 遊び人如きが『スカーレット』三人でも倒せなかったモンスターを倒したというのか!」


 激昂する皇子に、肩をすくめる兵士。


「う、ウソではありません。複数の英雄からの証言を纏めた結果です。『偶然ガルフェザリガニの装甲の弱い部分をついた』『運がよかった』などとありますが」

「ふん。『赤の三連星』が弱らせたところをかすめ取ったのだろう! その程度の想像もつかぬとはな。報告書を書いたものを虚偽罪で投獄せよ!

 そして再調査だ! もしこのようなウソが事実として世に回っているのなら、即座にひっとらえろ! 遊び人の活躍などと言う流言飛語をばら撒くなど、英雄全体に対する冒涜だ!」


 返事と共に駆けだす兵士。


 英雄の地位が揺らげば、皇子としての自分の地位も揺らぐ。


 遊び人などという誰にでもなれそうなふざけたジョブが活躍されれば、希少なジョブの価値が下がる。世界を救うのは、自分が認めた英雄でなければならないのに!


「そんなことがあってたまるか……!」


 自分が世界の中心だと信じて疑わないクライン皇子。

 その足場が揺らぐ錯覚を振り払うように、拳を壁に叩きつけた。

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