14:メスガキはザリガニに笑いかける
ガルフェザリガニは見ての通りの動物系。人間を見てアクティブに攻撃してくるけど、優先順位は自分を攻撃してくるキャラを優先する。
つまり、攻撃されたくなかったらこちらからは攻撃しない方がいい。なのでアタシは下がっていたのだ。ここから先はオジサンに任せて、危なくなったファローに入る。下手に戦闘に参加する必要はない。
(あーあ、やっちゃった)
凍結した右ハサミを見ながら、アタシは心の中でため息をついた。これでアタシもザリガニに狙われる。安全圏でのんびりしていたかったんだけどなぁ。
「た、助けてくれたのか?」
「はぁ? おにーさんが囮になってくれたから横殴りしただけよ。まさか自分が助けられる価値あると思ってたの? きゃー、おにーさんてばじしんかじょー。
尻もちついちゃって、もしかして腰抜けた? おしっこ漏らしたの? くっさーい。どっか行ってよね」
「なななな、なんだとォ!」
言ってしっし、と手を振って払う。顔を赤くして起き上がるが、ザリガニが怖かったのかすぐに走り去っていく。
「なんと! 自らの危険を顧みず助けに入るとは、何たる献身! 可憐な少女なのに身に宿すのは苛烈な炎! そのようなものを見せられて、このゴルド・ヘルトリング、燃えぬわけにはいかぬぅぅぅぅ!」
「や、そんなんじゃないから」
そして無駄に熱血して叫ぶ四男オジサン。いやまあ、やる気が出たのはいいけどね。別にそんなことはないんだから。そんなんじゃないんだからねっ!
(でもちょっと面倒な状況になったわねー)
四男オジサンのダメージ源は【当身投げ】からの【投げ打ち】だ。右と左のハサミを交互に受け止め、それを本体に当ててダメージを重ねていく。つまり、攻撃のカウンターが基本。
アタシが右ハサミを攻撃したことで、ザリガニがアタシにも攻撃してくる可能性が増えた。ダメージ量とか関係ない。攻撃したか否かが問題なのだ。
となると、ザリガニがオジサンを狙う攻撃数が減る。それはオジサンがカウンターできる回数が減ることになる。オジサンはカウンターしかダメージ源がないので、攻撃されないと何もできないのだ。
流れによってはオジサンは【投げる】ことのできない本体からの攻撃を受け続けて、倒れてしまう。
(アタシがザリガニの攻撃範囲から離れるのが一番なんだろうけど……)
距離を十分に離せば、元通りになる――かというと、そうでもない。
アタシが離れれば、ガルフェザリガニの本体が追いかけてくるかもしれない。そうなるとサイアク。オジサンの【投げ打ち】は近接攻撃のみ。本体がアタシを追って移動したら【投げ打ち】では届かない。
『かもしれない』の確率だから、アタシが逃げてもオジサンを狙い続けて留まる『かもしれない』。
サイアクにならない事を祈って離れるか、あるいはここに留まってザリガニと戦うか。
「危険? 何言ってるのよオジサン」
そんなの決まってるしゃない。
「トーカにとって、こんなのヨユーなんだからね!」
アタシが逃げるとか、マジ笑う。
おっきなザリガニ程度、サクッと倒してあげるわ!
「オジサン! トーカは本体を直接叩くわ!」
「了解した。吾輩は変わらずハサミでの【投げ打ち】を続けよう!」
力こぶを作るポーズをしてあたしの言葉に応える四男オジサン。実際、オジサンはそれ以外でダメージ源にはなれないから当然なんだけどね。
「それじゃあ行くわよ! トーカのお着換えたーいむ!」
ポーズを決めて、【早着替え】。着替えるのは狼パーカー。そして【カワイイは正義】も発動よ!
野生の力が解放されて、トーカの攻撃力と回避力が増すわ。パーカー以外は裸に近い恰好なので、ダメージ受けたら即アウトだけど。
そのままガルフェザリガニに近づいて、笑みを浮かべる。
「ザリガニ程度の下等生物が、トーカに勝てると思ってたの? 笑えるわ」
【
「なんか違う気もするけど、笑いの裏に刃だからこれでいいのよね?」
トーカよくわかんなーい。
「シジャアアアアアアア!」
ともあれ、攻撃力を最大強化した状態でのクリティカルヒット。殻の隙間をついた攻撃にガルフェザリガニは悲鳴を上げる。運よくスネークダガーの<毒>も入ったようだ。じわじわとだけど、ザリガニ本体のHPが減っていく。
何よりも、攻撃速度が減ったことが大きいわ。
「やーん。ぴくぴくしてる。痛かった? ねえ痛かった?」
言いながら数歩後ろに下がるアタシ。ガルフェザリガニの攻撃範囲内に居ながら、近接攻撃が届かない範囲まで。
この程度の距離なら、本体がトーカの方に来てもオジサンは追いかけてこれるはず。
そして距離を離したのには意味がある。相手に遠距離攻撃を誘発させたいのだ。
「ヴォダアアアアアアア!」
左のハサミを開き、そこに溜められた水が矢のように形成される。錐状となって人の肉体を貫く鋭い水矢。離れた獲物を撃つためのガルフェザリガニの攻撃手段。
「出しちゃう? ねえ、トーカに誘われるままにそれ出しちゃうんだー」
もちろん、それはアタシの狙い通りの展開。頭の悪い動物AIのルーチンだから、攻撃を誘発することなんてお手の物よ。
解き放たれる鋭い錐状の水。だけどその瞬間には、
「あはぁ、いっぱい出たね」
フロッガーハットに着替えて【カワイイは正義】発動! 水属性攻撃100%耐性になって水の矢を無傷で受け止める。
「やだー、きたなーいお汁。おしおき、だぞ」
言ってから開いた距離を詰めて、ガルフェザリガニ本体に迫る。一瞬で間合いを詰めて、狼パーカーに【早着替え】して攻撃を繰り出した。
アタシの筋力の低さと武器の弱さを考えれば、無意味な攻撃だ。【笑裏蔵刀】が使えるのは最初の一撃だけ。確定のクリティカルはない。
「ここ、弱いの知ってるよ」
だけどアタシには『格上殺し』『勇猛果敢』『不可能を覆す者』、そして『単独撃破』のトロフィーによるレベルが上のボスに対する攻撃補正がかかってる。それに狼パーカーと【カワイイは正義】の効果で攻撃にプラス60%の補正がかかる。
運良くクリティカルすればラッキー。そうでなくても、装甲を貫く程度のダメージは入るわ。
「シジャアアアアアアア! ジャアアアアアアア!」
痛みで悲鳴を上げるザリガニ。暴れて居るザリガニに巻き込まれないように、距離を離す。それに呼応して、水の矢を準備するザリガニ。当然それをフロッガーハット装備で受け止める。
「ふふーん。本体の尻尾とハサミ攻撃さえ喰らわなければ、こんなもんよ」
あとはこの繰り返しだ。
狼パーカーで攻撃してから下がり、水矢を誘発してフロッガーハットで防御。また近づいて狼パーカーに着替えて攻撃。
キモは近接攻撃を喰らうタイミングを避ける事。そして近接攻撃に関しては、
「ぬううううううううん!」
【当身投げ】&【投げ打ち】で近接攻撃を受ける役目を果たす四男オジサンがいる。近接攻撃をオジサンに受けさせて、アタシがヒットアンドウェイで本体を叩く。
「この手玉に取ってる感覚が、さいっこー! 所詮動物だもんね。こんなもんよ」
翻弄されるガルフェザリガニを見ながら、背筋がゾクゾクするのを感じる。
遠くから信じられないモノを見る目でこっちを見ているおにーさん達を見て、優越感に満ちてくる。
「頭悪いってかわいそー。無知ってかわいそー。きゃはははは」
でもまあ、薄氷を歩く戦術なのは確かね。
オジサンはともかく、アタシは攻撃のタイミングをミスれば本体もしくは両ハサミの近接攻撃を受けることになる。そうなればHPと防御力の低いアタシは一撃でアウト。狼パーカーの紐衣装に防御力なんて皆無だし。
【カワイイは正義】も無尽蔵じゃない。アタシのMP回復アイテムが尽きれば、この作戦は終わっちゃうのだ。でもそっちは前もって用意してあるので、問題ない。
少しでも間違いがあれば、終わっちゃう。そんなギリギリの攻め。でも――
「こんなざこ相手に、間違いなんてあるわけないじゃない」
攻めと逃げのタイミングはばっちり。MP補給アイテムも申し分ない。負ける要素なんて何一つない――
「本体はともかく、ハサミは攻撃通りそうだぞ!」
「遊び人でもダメージを与えられるんだ。『赤の三連星』と呼ばれた俺達の攻撃が通じないなんてありえない!」
「選ばれし英雄として、生意気なメスガキに負けてられない!」
言いながらアタシの横を通り抜けて、ハサミに攻撃を仕掛ける人達。
さっきのおにーさん達だ。アタシよりレベルの高い軽戦士だから、確かにハサミなら何とかなる――んだけど、待って。それマズい!
「おらぁ! ハサミ撃破ァ!」
「【投げ】おっさんのダメージもあったから、楽勝だぜ!」
「うむ、英雄としての仕事はしたな。次は左のハサミだ」
四男オジサンが【当身投げ】してたこともあり、残HPが低かった右ハサミはあっさり撃破。そして残った左ハサミも一気に攻め落とす。
「ジギャアアアアアアア!」
ガルフェザリガニが怒りの声を上げ、殻が紫色になる。
両方のハサミを失ったことにより『攻撃色モード』になったのだ。
あーあ、詰んだかも。
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