9:メスガキはオジサンを馬鹿にする

「こんなダメオジサン、トーカじゃなかったら見捨ててたわよ」


 四男オジサンは、目を白黒させてアタシを見た。なによその、変な事を言う奴を見る目は。


「いや私はまだ30代でオジサンではなく」

「うっさいわね。人生終わりかけのがけっぷちのくせに気にするところはそこなの? ねえ、現実逃避して楽しい?」


 アタシの指摘に押し黙るオジサン。

 四男オジサンに余裕はない。ボスを倒さなければ、家を勘当。路頭に迷うことになるのだ。その辺りは自覚があるのか、脂汗を流して呼吸を乱している。


「う……! いや、それはそうなのだが、知り合いのコネを頼ればなんとか」

「ならないでしょ? なるなら山賊を狩るよりもそっちの方がいいし。それにコネって貴族だからできたコネなんでしょ? 貴族辞めさせられるってなったら消えちゃわない?」


 言ってから、アタシはオジサンを小馬鹿にするように笑う。


「もしかしてぇ、オジサンの人間性を信じて作られたコネなの? うわ、その人って人を見る目ないじゃん。目が曇ってる人のコネとか、害悪でしかないわよ」

「そこまで言う!?」

「格闘家のくせにハンマーと金属鎧で無駄に体を鍛えてた人を信じるとか、どこに人を見る目があるのよ」


 ぐうの音も出ないオジサン。格闘家が重装備しているのがどれだけ的外れかぐらいは、分かっているみたいね。


「いやしかし、これは聖女の巡礼を果たしたヘルトリング家の信念。これを崩すことは貴族として民からの信頼を失うことになるのだ!」


 あー、さっきなんか言ってたわね。先祖が昔の聖女についていったとか、その時の装備がハンマーだとか。


「この信念を崩すわけにはいかない。たとえジョブが格闘家だとしても、心までは譲れないのだ」


 真っ直ぐにアタシを見る四男オジサン。譲れない何かを背負った顔。


「はぁ? 心なんて目に見えないモノに拘るとかバカなの」

「一蹴された!?」


 それを鼻で笑って吹き飛ばす。つまんないこと言ってんじゃないわよ、まったく。


「それにハンマー持って無駄な努力して民の信頼が得られる? うわ、オモシロ! 国民ってそんなにバカなんだ! あはははははは!」

「な、何が可笑しい!?」

「えー、笑えるじゃないの。格好だけきちんとして戦ってフリしてたら信じてもらえるんでしょ? 貴族のメンツとか心とか、安っ。トーカも貴族になりたいわー。

 その結果山賊がいろんな人を襲っても許してもらえるんだもん。貴族楽ー。超おもろだわ」

「っ!? それは……!」


 びしっと四男オジサンを指差し、はっきりと言ってやる。


「信念でモンスターは倒せないわ。頭使って考えて考えて考え抜いて、それで行動して。そこからがスタートラインなのよ。

 前の人が使ってた? 家の信念? そんな理由で思考放棄して動くのをなんていうか知ってる? ム・ダ・な・努・力、っていうのよ。オジサン」

「む、無駄……吾輩の努力が……無駄……」


 指差すアタシに俯くオジサン。

 よしよし、心折った。あと一押しすれば泣くんじゃね? トーカに泣きつくんじゃね? ちょっとゾクゾクしてきた。


「無駄も無駄。無意味無価値無益無意義、徒労で不毛で空回りなの。

 大体レベル16? オジサンがどれだけ頑張ってたのか知らないけど、そんなのトーカは半日で追い抜かしたわ」

「は、半日!? ここまで来るのに2年かかったのに……」

「わかるぅ? トーカのレベリングが努力。オジサンのは無駄な努力。数字は残酷ねー。2年間なにしてたのかしら」


 その言葉がとどめになったのか、四男オジサンは完全に打ちひしがれた。


「ま。オジサンがトーカにどうしても、って泣きつくなら何とかしてあげてもいいわ。

 山賊はもういないけど、別のボスを倒させてあげる。それで貴族の地位は守れるんでしょ?」

「……え? 確かに山賊の頭目にこだわる理由はない。名のある者を倒し、そのトロフィーを得られれば」

「ならヨユーよ。トーカに全部任せておきなさい。貴族人生転落寸前のダメダメ四男オジサンを救ってあげるわ」


 反撃するだけの気力がないのか、オジサンは頭を下げる。


「うう、ではよろしく頼む」

「『トーカ様、お願いします。この人生がけっぷちオジサンを助けてください』……よ」


 冷たく言葉だけを告げる。オジサンは屈辱的に体を震わせたけど、意味は通じたようだ。


「……トーカ様、お願いします……」

「それで終わり?」

「この人生がけっぷちオジサンを助けてください……!」

「しょーがないわねー。助けてあげるから、感謝しなさいよ」


 うんうん。そこまでされたんじゃ、助けてあげないとねー。

 立場としてはこっちが上。だからこれぐらいするのはトーゼンよ。


「じゃあさっそく準備よ。ジョブスキルの【投技】を取って。最大限まで」


 格闘家のスキルを思い出しながらアタシは言う。


「【投技】? 【拳打】でも【飛翔】でもなくか?」


 オジサンが疑問に思うのも分かる。格闘家アタッカーの花形と言えば【拳打】か【飛翔】だ。【拳打】は拳系武器による多段攻撃系アビリティを覚え、【飛翔】はヒットアンドウェイを主体としたタイプだ。

 だけどともに敏捷があまり育っていないオジサンには向いてない。


「確かに吾輩は騎士を目指して足回りなどの動きを疎かにした。しかし【投技】は少し違うのではないか?」


 そして【投技】は防御無視の攻撃が出来る。しかし自分より大きな相手には効かなかったりと、アビリティが通じる相手が限定されるの。そして大抵のボスキャラは人間よりも大きいわ。

 つまり、ボスを倒したいというオジサンの願いとはかけ離れる。でも、


「違わない。オジサンの無駄に鍛えた耐久を生かすなら、コレしかないの」


 アタシはそれを知ったうえで【投技】って言ってるの。


「アタシはオジサンにボスと直接殴り合ってもらいたいわけじゃないの」

「ええ!? 名のある者を倒せるというのはウソだったのか!」


 詰め寄ってくるオジサン。アタシを掴もうとする手をはたいて落とす。


「ばっかじゃないの。スキル構成ミスったオジサンが、真っ当な方法でボスなんか倒せるわけないじゃない。格闘家のくせに耐久高めとかでアタッカー? どんだけ夢見てるのよ。

 もしかして【飛翔】でムキムキマッチョなボディプレスとかヒップアタックで押しつぶすつもりだったの? やだー、夢見がちなオジサンってヒクわー」


 ぷー、くすくす。


 反撃したいけどスキルミスってるのは事実なので、何も言えないオジサン。

<フルムーンケイオス>でもスキルポイントは一度とったらやり直しが効かない。スキルリセットとかはなかったし、ジョブチェンジもなかった。なので、トーカの言葉に素直に納得できないのも分かる。

【投技】は無名で、誰もとりたくないスキルなのだ。そしてジョブポイントとってしまえば取り返しがつかなくなるから、慎重になるのは当然だ。


「安心しなさい。ボスは倒させてあげる。トーカの言うこと聞いてくれたらね」

「うぐぐぐ……しかし【投技】は……」

「信じられないのなら、おしまい。別にトーカはどっちでもいいわ。オジサンがどーしても、っていうから助けてあげてるだけだし」

「ま、待ってくれ。その……本当に名のある者を倒させてくれるんだな?」

「ええ、保証するわ。トーカもサポートするけど、メインで戦うのはオジサンだから」


 アタシの言葉に意を決したようにオジサンは頷いた。


「…………わかった。【投技】を最大限までとろう」

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