10:メスガキは準備をする

「…………わかった。【投技】を最大限までとろう。

 ぬおおおおおおお!」


 四男オジサンはいってスキルを取り、アビリティを習得した。叫んでいるのは、恐らくあたしも感じたあの感覚を味わっているからね。

 身体の奥の奥まで何かを挿入れられグチョグチョにかき混ぜられたような、思いだすだけで、体が熱くなりそうな――首を振って自制を保つアタシ。落ち着け落ち着け。


「それよりもこのアビリティでいいんだな? 噂に聞く通り、名のあるもの相手には通じそうにないんだが……」


 不安になって聞いてくるオジサン。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


★アビリティ

【投げる】:相手を地面に叩きつける防御無視の技。自分より巨大な相手には通じない。格闘武器以外の武器を装備している時は使用不可。MP3消費。


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【投技】のレベル2アビリティである。

【投げる】は決まれば防御無視という強い攻撃なんだけど、使える相手が限定される。例えばこの前倒した山賊ボスなら通じるんだけど、それより大きな相手――例えばゴブリンキングのような、人間型だけと大きなボスには通じない。


「うん。大丈夫」

「しかしこれでは名のある相手を攻撃するのは……そ、そうか! 【投げる】が通じる大きさの相手を知っているのだな!」

「え? いないよそんなの」


 そう。このオルストシュタイン近郊で【投げる】で投げ飛ばせるボスはいない。いたんだけどさっき倒しちゃったのよね、アタシが。山賊ボスなんだけど。


「なっ!? どういうことだ! 話が違うじゃないか!」

「だからー、大丈夫だって。それより確認だけど、【投技】のレベルは3で、スキルポイントは15残ってる?」

「それよりって……ああ、そうなった。トロフィーの『英雄の第一歩』が手に入ったからな」

「それは温存しておいてね。【投技】のレベル上げるためにためておくの」


 ともあれ、ポイントがこれだけあれば、なんとかなるだろう。あと5点ポイントを稼げば、スキルランクか4になる。そうなれば、あのアビリティか手に入るわ。


「……まさか『アレ』が役立つなんてね」


 格闘家のアビリティの中でもハズレと言われていたアビリティだが、このオジサンなら何とかなりそうだ。


「よーし、買い物を済ませてから出発よ。場所は『ガルフェ湿地帯』よ」

「ガ、ガルフェ湿地帯……! まさか相手は『ガルフェザリガニ』か!?」


 アタシの言葉に、オジサンは驚きの声をあげる。

 ガルフェ湿地帯。言葉通り、水場の多いエリアである。出てくる敵も水生動物が巨大化した者ばかりだ。動物だからと言って油断してると、足場の悪さや水属性攻撃で一気に削られてしまう。


「悪いが、私の強さではとても無理だ。ましてやガルフェザリガニを相手するなどとても!」


 少なくとも、レベル16の四男オジサンが無理というぐらいには難所なの。そしてそこにいるガルフェザリガニは、湿地帯を縦横無尽に駆け巡る大きさ5mほどのザリガニ。ハサミ二本と本体がそれぞれHPをもち、その攻撃力も高い。


 バランスの取れた4人パーティで、レベル40は欲しい。遊び人と育て方をミスった格闘家では、ハサミ一本倒せるかどうか。そもそも、そこにいるザコにだってやられかねない。


「ふーん、いまさらそんなこと言うんだ」


 だけど、アタシは冷たい目をしてオジサンを見下す。


「いや、目的地を最初に言わないのは反則だろうが。そうだと聞いていたら吾輩は賛成などしなかったぞ」

「反則? トーカの言うことを信じる、って言ったのはオジサンじゃない。

 貴族なのに自分の言ったこと直ぐ手のひら返すんだ。あ、オジサンはもうすぐ貴族じゃなくなるのか。おじさんすごーい。家を追い出されることを計算してたなんて。あたまいいねっ」

「う、ぐ……!」


 反論できない四男オジサンの耳に顔を近づけ、甘く囁く。


「安心しなさい。どうしようもないオジサンだけど、トーカがしっかり世話してあげるから。オジサンは何も考えずにトーカの言う通りにすればいいの。

 オジサンの頭じゃどうにもならないんでしょ? こんな年端もいかない女の子に全部任せて、大人の男としての情けなさを噛みしめながら頑張りなさい」


 アタシの言葉にがっくりうなだれるオジザン。何か言いたいしやめたいけど、地位を捨てられずにやめられない。その情けない顔を見て、笑うアタシ。


「納得したんなら買い物に行くわよ。オジサンは回復アイテムだけでいいわ。MP回復重視で。お金ないんだったら貸してあげようか?」

「そこまでされては男として立ち直れぬ。自分の分は自分で買う」

「そ。そんじゃアタシも持ち金全部使って買い物するわ」


 言ってアタシが向かったのは回復アイテムを売っている道具屋ではなく、武器や防具を扱う武具屋――の隣にある仕立て屋だ。オジサンとは道具屋で別れ、店に入る。


「アロー! どのようなご用立てでございましょうか、マドモアゼル!」


 服売りNPCの挨拶の言葉。男性が話しかければムシューに変わるわ。


 仕立て屋というのは、服専門の防具屋ね。ファンタジーっぽく魔法使いの服とか僧侶の服とか。メイド服とかそういうのも売ってる。……ブレザーとかと明らかに現在っぽいものまで売ってるのはのは、まあゲームだし御愛嬌。


 いろんな服が売ってて、所持地しているアビリティやトロフィーによって売るモノが増えるわ。


「……遊び人如きが何用か。お前のような低俗なガキが着れる服はあっちだ」


 アタシの格好を見て、露骨に態度と表情を変える。えー、売るモノが変わるってそういう事なの? ちょっとドン引きなんだけど。


「イヤねぇ。あんなふざけたジョブがこの店に入ってくるなんて」

「ホントホント。金さえあれば何でもできるとか思ってるのかしら」

「服は品格を顕すとは言うが、確かにその通りね。あの恥ずかしいカッコったら見てられない」


 そして店の客もそんなことをぼそぼそと言ってた。服を買いに来た魔法使い系のオバサン(たぶん20歳ぐらい?)達だ。


<フルムーンケイオス>でもああいった人達はいた。遊び人とか何してんの、的な声は何度も聞いてきた。『レベル20になっても賢者になれませんけどwww』とかよくわからない助言(?)もされたわ。


 でも遊び人の強さがネットで出回ったとたんに、ゲーム内はおろかSNSでも遊び人の評価は入れ替わったわ。


「じゃあ『狼パーカー』『フロッガーハット』『ペンギンローブ』で」


 アタシが今回買ったのは動物のコスプレみたいな名前で、実際そんな見た目。ローブとかハットとかだけど、部位防具という概念がないこの<フルムーンケイオス>では一つの『防具』扱いなのだ。


「……何その装備? コスプレ?」

「遊び人だもんな。大したことないのよ」

「あれだけいっぺんに買えるんだから、値段も大したことないわね。性能も推して知るべしよ」


 名前の印象から、オバサンたちに散々揶揄された。


「あの、失礼ですがお金の方は……三着分合計で46500ガマになりますが?」

「はい。どうぞ」


 ただ服売りNPCは確認するように問いかける。アタシがお金の入った袋を渡すと、ひきつった顔がさらに震えた。


「よんまんろくせん……! ウソ!? 一着一万ガマ越えてるの!?」

「そんだけあれば、魔法防具が買えるわ……!」

「なんで遊び人のガキがそんだけのお金を持ってるの……?」


 山賊オジサンと山賊ボスを倒したドロップを売っぱらったら、すぐに手に入ったお金なんだけど、説明する気も起きないのでスルー。


「ふふん。遊び人如きの用事にそこまで驚くなんて、もしかしてオバサンたち、貧乏人なの?」

「だ、誰がオバサンよ……!」


 ヒステリックに叫ぶオバサンを笑いながら、アタシは悠々と店を出た。あー、きもちいい!

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