7:メスガキは仕返しをする

 オルストシュタインに戻ってきたアタシは、早速ドロップ品を売りに出す。

 やってきたのは商人ギルド。物の売買をするならここを通さないといけないとか。面倒だけど、しょうがないわよねー。


「おにーさん、ドロップ品を買ってくださーい」


 愛想よく笑ってお店の人に話しかけるアタシ。【笑顔の交渉】は売る時には何の効果もないけど、アタシの可愛さをアピールするのは大事だもんね。


「なんだガキかよ。どこかの英雄様のお使いか?」


 だけどアタシの笑顔は舌打ちで返された。いらっ。


(まー、この世界の人から見たら『英雄』って召喚モンスターみたいなもんだしね)


 召喚された英雄の世間一般的な扱いは『国に召喚されて、モンスターを退治してくれる』程度だ。そのことに感謝する人もいれば、国の使いっぱしり扱いする人もいる。


 召喚された英雄なら誰もが持っている<収容魔法>から、山賊のドロップをどんどん出していく。


「お、おう……。結構な数あるんだな……。柘榴石の指輪に、紅玉ペンダント、こっちは――」


 最初は不貞腐れていた店の人も、山賊のドロップ品を見て表情をこわばらせていく。そしてすぐに小ばかにした顔になった。


「大した英雄様の小間使いのようだな、お嬢ちゃん。これだけの山賊を狩れるなんざ、ヘルトリング様ぐらいだ。

 買物用に雇われた遊び人ってところか。良ければご主人様を紹介してほしいんだが」


 店の人はアタシを見てそんなことを言う。

 実際<フルムーンケイオス>でもそういう役割の遊び人はいた。

【笑い】を2レベルまで上げて、安く物を買う為だけに存在するサブキャラ。レベルも碌に上がらず、ついでに言えば商人の【取引】なら売る際にも修正が乗るので、最終的には寂れた役割だ。


「ちがうわ。トーカはちゃんと自分で狩ったのよ」

「ウソつけ。遊び人が自力で山賊を狩れるもんか。遊び人だからって許されるウソとそうじゃないウソがあるぞ」


 ひっどい反応。頭ごなしに嘘つき呼ばわりとか。


 でもまあネットとかで広い情報共有が出来ないのなら【微笑み返し】による<困惑>耐性なんて知らないのも無理ないかも。

 どーあれ、非常識で頭の固いオジサンなのは変わりないか。


「あ、そう。信じないんならここじゃ売らないわ。さよなら」

「おいおいおい。この街に商人ギルド以外に売る場所なんてないぜ」


 見下すような商人ギルド員の口調。それを鼻で笑って手を振った。


「だったら別の街で売るわ。さよなら、もう二度とこないから」


 言ってギルドの扉を出ようとして、


「あいたっ!」


 何かにぶつかって尻もちをついた。やーん。なによいきなりっ!


「貴様はあの時の遊び人!?」


 いきなり人を指差すオジサン。何この人? 失礼じゃない?


「これはこれはヘルトリング様! 男爵家四男である貴方様がこのような場所に足を運びになるなど……御用あらば、こちらから男爵家に赴きましたのに」

「いや、今諸事情あって家には戻れず。よもや山賊相手に逃げ帰ったなどとあっては家名に傷が……ゴホン!

 あー、うむ。物資補充に赴いただけだ。商人ギルドに手間をかけるわけにはいかぬからな」


 ん? もしかしてこの人、アタシに山賊ボスを押し付けたオジサン? 鎧とか着ていないけど、なんか声もそんな感じだし。


 おそらく召喚された英雄プレイヤーではなく、もともとこの世界にいる現地人……ゲームでいうNPCかな? 貴族とかこの世界の人間じゃない英雄プレイヤーじゃ無理な立場だし。


「ちょっとオジサン! MPKするとかマナー違反なんだからね!」

「えむぴーけー? よくわからぬが、遊び人如きがよくあの場から生きて……ははあ。『トンボガエリ』で逃げ帰ったクチか」


 あー。この世界の人にネット用語言っても通じないわよね。


「お知り合いですか?」

「うむ、少しな。山賊の領域で少し話した程度だ。彼女を襲う山賊を、吾輩のハンマーでなぎ倒したのだ」


 は、逆じゃね? アタシに山賊頭目押し付けたんでしょうが。

 ……はーん。そーいうことね。


「そうなんですぅ。ヘル……このオジサンに助けられて、九死に一生を得たんです」


 四男オジサンに抱き着くようにして甘い声を出すアタシ。

 そして商人ギルドの人に見えないように、四男オジサンに目くばせする。小声だけど、はっきりと言う。


(オジサンに合わせてあげるから、アタシの言う事聞いてね)

(裏切ったら、全部バラすから。オジサンがアタシに山賊押し付けて逃げた事)


「おお、そうだったんですか。流石はヘルトリング様! 役立たずのクズ英雄である遊び人でも助けるその気概! 流石でございます!」

「いや、うむ。そうとも。そういうことだ」


 アタシの方をちらちらと見ながら、四男オジサンは言う。もー、そんな怯えた顔しちゃ、やーよ。アタシが脅してるみたいじゃない。


「それでぇ、男爵様のお手を煩わせないようにこっそりと戦利品を換金しに来たんですよぉ。だってほらぁ、奥ゆかしい男爵様は自分の栄誉を隠そうとしますから。ね?」

「え? ア、ソウダトモ。吾輩は山賊から民が守られればいいからな。身分をたどられては困るという人選だったが、いらぬ誤解を生んだようだ」

「なんと。そのようなお考えでしたか。これは私の浅慮を恥じるばかり! しばらく、しばらくお待ちください! すぐに換金いたしますので!」


 うわチョロ。男爵家の権威に頭下げる商人チョロすぎ。ちょっと考えればわかりそうなものなのに。

 ちなみに今のセリフは皆、アタシが小声で四男オジサンに告げて言ってもらったものだ。


「やーねー。商人ギルドだっていうのに真実を見抜けないなんて。そんな事で街の商売ができるのかなぁ?」

「う……! その、ですが、遊び人のガk……英雄の御子息をお連れになるなど、これまでのヘルトリング様にはなかった行動。疑念を挟むのは致し方なく……!」


 うわ、真実見抜けてないことこの上ないわ。最初から最後まで見た目と権力に騙されまくりだわ、この商人。

 もーすこし遊んじゃおーっと。


「ねえねえ。感謝の気持ち、って知ってる? 男爵家の使いに失礼を働いて、頭を下げるだけですむだなんて、思ってる?」

「それは……如何ほどお包みすれば――」

「よ、良い。その反省を努々生かすがいい。し、失敗もまた糧の一つだと胸に刻むのだ」


 タイミングを見計らって、四男オジサンに喋ってもらう。うーん、もう少し演技力つけてほしいなぁ、このオジサン。


 アタシも言いたいこと言えたし、ドロップ品も換金してもらったし。すっきりしたんでこれぐらいで許してあげるわ。


「それじゃあ行きましょう、男爵様。うふふー」

「あ、ああ。では失礼する。うむ、本当にすまん……」


 アタシは商人ギルドの受付の人に手を振ってギルドを出る。そのまま男爵オジサンを引っ張るようにして、路地裏の見えない場所まで移動した。


「はい、換金したお金ちょうだい」

「え……ああ、そうだな」


 四男オジサンから、山賊のドロップ品を換金した額を受け取る。


「では吾輩はこれにて……」


 手をあげてどこかに行こうとするオジサン。


「何勝手に行こうとしてるのよ。オジサンが山賊押し付けたて逃げた事バラスわよ」


 それに声をかけて止めるアタシ。


「は? 言う事は聞いたではないか。これでお終いでは……」

「は? オジサンが押し付けた山賊5人いたのよ。だったら今のも含めてあと4回言う事聞いてもらうのはトーゼンじゃない」


 4本指を立てて言うアタシ。


「なんだと!? そのような事がまかり通――」

「おなかいたーい。おなかの調子が悪くてさんぞくにかてなーい。ままー」


 大声を出そうとするオジサンを制するようにあたしはお腹を押さえて言う。オジサンの顔が目に見えてひきつった。


 もー、そんな顔しないでよ。アタシが脅してるみたいじゃないの。

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