【2010年 実写化映画】物語の中心は私(主人公)ではない。

『郷倉』


 めちゃくちゃ面白いですね。

 とくに「キャスト・アウェイ」は最高ですね。

 異世界転生モノって、現実への帰還ってあまり描かれないんですよね。ぱっと浮かぶのでも、秋口ぎぐる先生の「いつか、勇者だった少年」くらいです。


 おそらく、他にもあるんでしょうけれど、あまり流行っていない印象がありますね。あー、「ソードアート・オンライン アリシゼーション」 はファンタジーからの帰還が描かれるでしょうから、その辺がシリーズものの強みと言える訳ですね。


 それとは別に「異セカイ系」も推せるのか。

 ふむー。

 個人的に異世界転生モノとかを書いている人に言いたいことを、ちょっと書かせてください。


 異世界転生モノの天下がどこで、誰が握っているのか僕は知りませんが、ネットに「アニメ「されど罪人は竜と踊る」特集 浅井ラボ×長月達平×カルロ・ゼン鼎談」なる記事があります。

 内容はもちろん、素晴しいので必読すべき内容です。

 で、こちらの副題は「ファンタジーを舞台にグロテスクな現実と向き合う理由」です。


 副題良いですよね。

 ファンタジーを舞台にする以上、「グロテスクな現実と向き合う」必要があるんですよ。

 そう浅井ラボ、長月達平、カルロ・ゼンは言っている訳です。

 ちなみに、異世界転生モノを書こうとしている方で、この三名の名前を知らない人はいないと思いますが、あえて作品名を紹介します。


 浅井ラボ「されど罪人は竜と踊る」

 長月達平「Re:ゼロから始める異世界生活」

 カルロ・ゼン「幼女戦記」


 まぁ、錚々たるメンツですよ。

 あと地味に異世界転生モノは「まおゆう魔王勇者」や「オーバーロード」からの影響を受けた作品群もあるんですが、今回は割愛します。


「アニメ「されど罪人は竜と踊る」特集 浅井ラボ×長月達平×カルロ・ゼン鼎談」の内容は、簡単に言えば、長月達平とカルロ・ゼンが「され竜」から多大な影響を受けて、ファンタジー小説ってこうある方が面白いみたいなことを語っているんですよね。


 例えば、司会者が「皆さん現実的ですね(笑)。今のお話にも表れていますが、「され竜」も「幼女戦記」も「リゼロ」も、ファンタジー的な世界観でありつつ、決して夢物語ではないですよね。ちゃんと戦って血が流れる話というか。」

 に対する、答えが以下です。


 ――浅井 現実がそうですから。


 長月 人は死にますからね。


 カルロ 大きな嘘はつきますけど、小さな嘘はあんまりつきたくないですよね。


 長月 そうだね。現実を飛び越える嘘はつくべきだけど、現実の中におさまる嘘をつくのは、単純に物語のスケールを縮めるだけというか。


 カルロ 奇跡でみんなが助かるなら、がんばった必要がなくなってしまいますし。


 浅井 設定は非現実的でも「そういう世界です」で終わりにできるので、大事にするなら心理的リアリティでしょうかね。実際に人がその場でどうするかの心理は、なるべく本当にしないと、人間ではないほかの存在の話になりますからね。


 もう最高じゃないですか?

 異世界ファンタジーの世界は夢物語ではなくて、現実の一つなんですよね。全ての転生モノが、そういう前提に描かれているのか僕は分かりませんが、少なくとも浅井ラボや、それに影響を受けた作家にはそれがある、というのは一つの収穫でした。


 結局、一番小説の参考になるのは小説なので、異世界転生モノを書きたいのであれば「されど罪人は竜と踊る」辺りから始めるのは、いかがでしょうか。


 これは昔からですが、小説を読まなくても小説を書けますよね?系の言説ってずっとあって、学生時代の友人、知人連中もよく言うんですよね。

 そんな訳ないじゃないですか?

 小説の参考になるのは小説です。読書をしない人間が面白い小説なんて書ける訳ないんですよ。


 と僕が言っても、何の説得力がないのも分かってはいるんですけどね。


 さてさて、脱線してしまったので、ここから僕が考える2010年の重要作品とは何か、ということを書きたいと思います。


 まず、結論を言えば重要作品は「大奥〈男女逆転〉」です。

 今回の連載以前から、僕は結構、少女漫画原作の実写映画を観てきていて、少し前から気になる言動があるんです。


 それが「女の子なんだから」「女の子だからよね」です。


 これは、「溺れるナイフ」の冒頭の父親と母親の会話です。

「溺れるナイフ」に限らず、少女漫画原作の実写映画はこの「女の子だから」という言説が使われます。あるいは、キャラクターの行動の前提が「女の子なんだから、こうなんだ」みたいな作りになっていることが当然になっていたりします。


 女の子なんだから、可愛くあろうとするのは当然とか、恋をして当然とか、言わなくても分かっているよね、という前提情報が少女漫画原作の実写映画には薄く、張り巡らされています。


 物語の中心は私(主人公)だから、という訳です。


 その当然が2020年に寄っていくことで、あえてそれを裏切る作品が現れてきます。

 例えば、「恋は雨上がりのように」とかは、少女漫画の構造に大泉洋のおっさん視点をぶち込んで、世界は女の子中心に回っている訳ではない、と示します。

 示した上で、けど、中心にいない君たちを大切に思う人はいるし、恋愛(女の子の欲望)がすべてでもない、と言っていて、最高でした。


 そういう構造で言うと、倉木さんが先ほど例に出した「マイ・インターン」も同様の構図を持っていますね。

 ジュールズ・オースティン(アン・ハサウェイ)の世界にシニア・インターン制度で採用された70歳の老人ベン(ロバート・デ・ニーロ)が異物として混入してきて、世界が変わっていく。


 ラストは女社長のジョールズと老人ベンは対等な友人関係を築きます。「マイ・インターン」の肝はジョールズとベンが恋愛関係に陥らなかった、という点にあると思うんです。

 ラブストーリーって基本的に私と貴方の二人の世界しか描かれないので、対等な関係でいられるのが、恋愛をしている二人だけになっちゃうんですよね。


 それを否定するような物語として「マイ・インターン」はあったんですよね。「恋は雨上がりのように」は若干そういう部分がありつつ、少々危うい部分もあって、グレーかなって感じもあります。

 面白いんですけどね。


 というようなことで、まず少女漫画原作の実写映画には、女の子の欲望が前提化されています。

 それは「大奥〈男女逆転〉」も同様です。


「大奥〈男女逆転〉」で優先された女の子の欲望は、二宮和也の幼なじみの堀北真希です。

 二宮和也と堀北真希は両想いで、けれど身分の違いから、お互いに一歩を踏み出せず、二宮和也はその想いを断ち切る為に大奥入りを決めます。


 つまり、二宮和也の行動理由は堀北真希への想いなんです。

 それに本人も途中まで気づいてない節があり、後半辺りで、二宮和也は徳川八代目将軍の柴咲コウの初めての相手になることで、彼女を抱いた後に自分は殺されるんだと知ります。

 そこで、ニ宮和也は堀北真希への想いに気づくんです。


 そして、柴咲コウを抱く時に、堀北真希の名前「お信」と柴咲コウを呼んでも良いか、とニ宮和也は尋ねるんです。


 これほど、物語の中心は私(主人公)だから、を体現しているシーンはないのに、画面には堀北真希は映っていないし、映画の中でもまとめれば十五分くらいしか、出番はありません。

 そういう点で、少女漫画的なお約束を裏切っています。


 また、副題で〈男女逆転〉とある通り、女性の仕事は政治であり、とくに徳川八代目将軍の柴咲コウはそれにしか興味がありません。


 逆に男たちの役割は如何に柴咲コウに取り入るかしかなく、日常の仕事は掃除や食事を運ぶこと、そして、政治的に柴咲コウに近い男に好かれる為に、自分の体を差し出したりしています。


 BL的な空間のオンパレードなんですよね。

 また、女性とのセックスは子種を植え付け、女性たちの生きる目的を与えるもの、となっているので、なんか、セックスシーンが基本、義務的というか、淡泊です。


 まとめます。

「大奥〈男女逆転〉」は「女の子なんだから」「女の子だからよね」という、本来の欲望とは反転している世界です。


 その反転している世界で、なお男らしくあろうとする主人公、ニ宮和也の行動はスカッとすると同時に、男性が女性社会のドロドロを生きるとしたら、こういう行動をとる他ないよな、とも考えさせられます。


 また、政治にしか興味がない徳川八代目将軍の柴咲コウは逆転と言う意味では男らしいキャラクターであるはずですが、終盤では、「私も女だった、ということだ」と認めてしまうシーンもあります。


 与えられた役割(欲望)が逆転しても、男の変わらない部分、女の変わらない部分を描ききった名作として、2010年の重要作品を「大奥〈男女逆転〉」にしたいと思います。


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