第11話 「肉まん食べたい。」
※
「え、ちょちょ、待ってよぅー!」と、カルガモはそんな彼の心情に気が付く様子すら見せず、早歩きで先を行く涼太の後を慌てて追いかける。
その様子は傍目から見れば、本当に親の後に着いていく子どものアヒルか何かと一緒に見えているのかもしれない。そんなことを考えて、涼太は苦笑する。
「……………………………」
だが。
──────涼太の脳裏には、先程玲菜が俯いていた際の表情が焼き付いていて離れない。あの表情は、どんな意味があったのだろうか。あの俯いた顔、どこか見覚えがある。追想に、呑まれそうになる。
「ねぇ、涼太くん涼太くん」
「……! ん?」
そうしてホットドリンクコーナーへ視線を向け何か飲み物を買おうか考えている間に、いつの間にか隣に居た玲菜に名前を呼ばれた。
………ん? 待て、だからなんだ今の違和感。
またこれだ、なんなのだこれは、とまた考えた。いや。いい加減正体は分かり始めている。
その本日三度目になるであろう違和感は、さながら焼き魚を食べた時に小骨が喉に引っ掛かるような感覚のそれに等しい。
ところがそんな事は露知らずと言わんばかりに玲菜は「コレ、美味しい?」などと何処か浮ついた様な口調で声を掛けてきた。
コレ、と玲菜が右人差し指で小さく指したものを涼太は視線で辿る。
(……肉まん?)
その先には、レジがある。もっと言えば、コンビニではごく一般的に見掛けるであろう業務用高温スチーマーが置いてあった。
中には、幾つもの肉まんやピザまん、より大きな肉まんやカレーまん等、多種多様な肉饅頭が蒸されている。そのスチーマーには、沢山の販促物もまた、貼付されている。
玲菜がその中で更に指差しているのは、どうやらピザまんの様だ。
「………………」
横目でちらりと玲菜を見る。その瞳には、純粋に興味が湧いているのか、それともまた別の思惑があるのか。そこが読み取れそうにない。
こんな時、自分の察しの悪さがとことん嫌になる。いや、おかしい。普段はもう少し冷静になって状況を見れるはず。そのはずだ。
だというのに、どうにもこのカルガモを前にするとその言動の本質を判断しにくくなるのはどういう訳だ。
彼女は加えて肉まんに対しても
普通の肉まんに対し、年頃の女子高生がここまで好奇心を向けるものだろうか?
「……もしかして、肉まんとかも食べたことない?」
「え、あ………」
これもやはり図星だったのか、玲菜は涼太の発言で表情をころりと変える。いやもう豊か過ぎる。
コイツの顔はどうなっているのか。マンガか何かを読んでいる気分だ。彼の方へ首を勢いよく向け、目を丸めたように玲菜は驚いている。
そして今度は何かしら恥ずかしそうにも見える様子で、目を逸らして「え、っと、その、……うん、たべたこと、ないもの。興味持っちゃ悪い?」と彼女はそっぽを向く。
横顔は何処か頬を赤くしてるようにも伺える。
「…………」
いや、そんな顔を見せられても困るのだが。なんだそれは。
可愛すぎるだろ。なんだコイツ。
ふっ。
こんなの奢らずにはいられないじゃないかと開口したままコンマ二秒程涼太は思考に囚われる。
……落ち着け、俺。落ち着くんだこういう時こそ小数点、あるいはいっそ羊の数を数えてもいい。よし、おーけーだ。
「……しゃあねぇなあ」
「何、そんなにお金持ってなくて奢ってもらいたいのかお前」
我ながらカッコつけ感全開で死にたくなるなこれ、なとと涼太は考えながら、今の発言を猛スピードで撤回したくなる。
その気持ちを隠したくて、随分と長く使い古した長財布を素早くカバンから取り出す。だが玲菜はそれに対し、予想だにもしない反応を見せた。
「え!? え、あ、えーと、さっきも言ったけどあくまでほんとに冗談だよ!? 別に本気で本当に奢ってもらいたいとか思ったわけじゃないからね!?」
「は?」
は? え、ちが、え、ちょ、いやおいホントに違うんかい!!
待て、そんな話は聞いていない。いや聞いたには聞いたがここは普通奢るだろう。ここまで来たならば、だ。
ここで奢らなければこんなの男が廃るのではないか。涼太はそんな不安から「いやいや! ここまで見え見えなアプローチしといて何言ってんのお前!?」と慌てて言い返す。
「え、いやその、違うんだよ! 私こーゆうとこ一人で来るの、その、」
そこまで言って言葉を切ると、玲菜は唐突に首に巻き付けている赤いマフラーを左手で顎まで上げる。
更に、元々赤らめていた顔を半分そのマフラーの中へ埋め始めた。
「……………………」
「………はじめて、だから……」
……いや、これはもしかして、本当にガチで恥ずかしがっているのだろうか。つまり、初めてコンビニに来たので何もわからない、というわけか。
……いやいや、だから何処の箱入り娘だそれは。
仕草で何となくそうではないかと予想してはいたが、どうやらそれは間違いではなかったようだ。
※
先程の露骨な奢ってもらいたいアピールはどうやらコンビニへ行く際、一人では行く勇気が湧かない事から生じたものだったのだという。罰ゲーム、と言ったが口から出任せだったようだ。
「…………………」
いやもう最初からそう言えよと、思う。
せっかくなので、涼太はコンビニに来る度に割とよく買っていく肉まんとカレーまんをいつも通り買う事にする。
まあ奢る必要がないなら無いで別にこれを買うだけの話だ。
丸々とした体型のメガネをつけた男の店員から、商品の入った袋を受け取ろうとする。その折に、涼太の背後から「……アレ? あっ、あれれ?」と何かを不思議がる玲菜の声がする。「何やってんだ?」と思わず振り返る。
見ると、玲菜は小柄な藍色の長財布を開いており、頬を引きつらせていた。
「いやその、……ごめん。お小遣い……今日の分貰うの忘れてたんだった」
「………………………」
えぇ………。
いや、結局無いんかい。もうツッコミどころが多過ぎないかこの令嬢。
玲菜は長財布をもう一度開いては、小さく青ざめている。……彼女は成績はそんなに悪くなかったはず。公開された上位成績者の中にもたまに名前を見た事すら彼にはあるのだ。
だというのにここまでアホな子っぷりを見せられては、彼としても困惑せずにはいられない。
内心商品袋の中身をぶん投げたくなる衝動に駆られつつも、やれやれ、と一つの溜め息へそれを昇華させる。
彼女は「ごめん、私肉まん買おうと思ったけど明日にするよ。やっぱりお金無かった……」と涼太の方へ申し訳なさそうに小さく手を合わせている。
「いや別に謝らなくていいけどよ……。せっかく来たのにもったいねぇだろ?」
「そうかもだけど……。あ、あったかい飲み物なら買えそうだから1本買っていこっかな」
「すみません、肉まんとピザまんひとつずつ追加で」
玲菜が何やらポケットから小銭を取り出し、それを片手に暖かい紅茶を手に取る。
そのタイミングで涼太はすかさず追加で店員へ注文を出し、ついでに玲菜の手に取ったペットボトルの紅茶もふんだくって小銭入れの隣に置く。
「えっ? え?」と目を丸め、慌てふためく彼女を横目に、千円札を追加でプラスチックの小銭入れへと乗せる。
「いいから、行くぞ」
「えーーー、ちょっ、ちょっとー!? ねぇ、さっきのホントに冗談だからいいのに!?」
小銭を受け取り、涼太は早足で自動ドアの元へ向かう。焦った様子で彼女もまた、そんな彼を追い掛けた。
「……………………」
「………死に爆ぜろリア充め……」と玲菜がコンビニを出る際、小声で店員が恨み文句を呟いたことなど知る由もない。
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