第5話 「横断歩道」
◇
「ねぇ、水無瀬くん」
「もしかしたら、今年の冬はホワイト・クリスマス……見れちゃったりするのかな」
そうしているうちに2人は住宅街を前にした、大きな交差点へと出る。
そこで彼女は、涼太の顔は見ないままに。
粉雪が静かに降ってきている曇り空へ視線を向けながら、そんなことを言い始めた。
なにやらやけにロマンチックさが垣間見える質問だ。余程、雪そのものが珍しいのだろうか。
「ホワイトクリスマス?」と涼太が聞き返すと「うん、そう」と玲菜は頷く。
「何、それ?」
「え、知らない? クリスマスの日に雪が降る日のことだよ」
何だろう、それは。
そんなことを考えながら、ふと一つの単語が脳裏に浮かぶ。
「……あ」と涼太は思い出す。
「……いや、それ何か意味が違うんじゃないかな」
「え? そうじゃないの?」と驚いたように隣に立つ玲菜は、涼太へ顔を向ける。
「うん」
「確か……ホワイト・クリスマスって、クリスマスの日に、予定が空いてるってことじゃなかったかな」
「え」
見ると、彼女はなにやら絶句したかのように目を丸く開いている。あれ、何かおかしいこと言ったのだろうか俺。
ホワイト、というのは
故に、彼女の言った単語に「クリスマスに雪が降る日」という意味合いがあったという事実が、むしろ彼としては驚かずにはいられなかった。
「……えーっ、うそでしょ。そんな悲しい意味なの? ホワイトクリスマスって」と、玲菜は苦笑する。
「じゃないの? むしろ俺としてはそういう意味が当たり前なんだと思ってたから……逆にビックリしてるけど」
「ふふっ、なんか水無瀬くんって変わってるね」
玲菜は関心でもしているかのような、驚嘆でもしているかのような、そんな不思議そうな瞳で涼太を見つめる。
涼太はその視線に気が付いて、できる限り自然に逸らそうと努めた。
変わってるね、と言われて嫌じゃない気持ちになったのは初めてな気がする。
マフラーをクイッと押し上げて、顔の上半分を覆うようにして隠しながら「な、なんか日向ってさ……さっきからうっすらとからかってない? 俺のこと」と言い返す。
「えぇ? あははっ、からかってなんていないよ。自意識過剰じゃない?」
「なんだって? いーや、その反応はからかってる人の反応だろ」
「えーーっ、そう見えちゃう? ひどぉーい」
「ひどいのはそっちだろ……」
打てば響くかのように、彼女は楽しそうに涼太をおちゃらかしてくる。どうも妙な事に、とにかくそれは不快ではないのだ。
明らかに冗談半分で揶揄してくる玲菜との会話は、むしろ心地が良いとすら彼は感じる。
それはさながらオーケストラにおいてのデュエットか何かに似ているのだろう。まるでそれは彼女が奏でるバイオリンのリズムに合わせて、タイミング良く涼太が鍵盤を弾くかのようだ。
ちらちらと舞う新雪。先程から止むことのないそれは、街道に描かれた標識を消しゴムでも掛けるかのように少しずつ、綺麗に消し去っていく。
季節が春であればきっと、そこは桜が満開に咲き乱れる事が容易に想像できるのだろう。
そんな河川脇の並木通りを、二人は会話をしながら歩く。すると、車があまり通らない小さな国道に出た。
「あっ、水無瀬くん待って」と唐突に彼女は国道らしき道を踏み歩こうとする涼太を呼び止める。
「ん? どうしたんだ日向」
「そこ、横断歩道だから止まろ?」
「?」
足元を見つめる。だが、そこには既に空から降りゆくもののせいで自分の足跡しか判別が出来ない。自然と視線は正面に向く。
「……え、信号機なんか無いし、車も来ないから渡って良くないか?」
「いいから止まるの」
お下げ髪を揺らしながら、少し口調を強めるようにして彼女はそう言った。
「……はい」とその勢いに押された彼は、大人しく
数秒程そこに立ちながら、玲菜は涼太からしてみれば多少大袈裟過ぎると思う程には左右を確認していく。「……よし、行こ」と合図を出しながら再び歩き出す。
涼太も一緒になって左右をうっすらと確認し、あとを追うようにして雪の降り積もり始めている道路を歩む。
(何だ? なんでそんなに注意深く渡るんだ?)
彼女の急に見せたそんな仕草にふと疑問を浮かべる。国道らしき道路は、周りをぐるりと見渡してみた所、あまりにも静かだ。
二車線の広さを持つこの街道には、先程から車の往来は皆無に等しい。だというのに、そこまで慎重に期す必要はあるのか。
「水無瀬くん、早くー!」
「! あ、あぁ!」
一足先に道路を渡り終えた玲菜が涼太を呼ぶ。ふと、道路のガードレールの根元に小さな瓶が垣間見える。なんだろうか、あれは。よく見ると、その瓶の中には名も知らない白色のヒラヒラとした
※1(https://cdn.pixabay.com/photo/2019/06/28/06/42/white-carnation-4303549_1280.jpg)
「……………」
少しずつ夕暮れは雪雲に包まれ、辺りの色を藍色へとかたどっていく。
ふと芽生えた疑問。
だが、玲菜を待たせるのも申し訳なく思い、それを海馬のタンスにしまい込む。彼はずれ落ちないようにマフラーを再び抑えながら雪道を走り始めた。
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