第41話 お婆さんとカール
建国祭当日。王都はこれまでにない賑わいを見せていた。あちこちで出店が立ち並び、着飾った国民が音楽とともに広場でクルクルと踊っている。
王城では午前のみ記念式典が催され、モードレッド達は忙しくしているようだった。気の早い花火が打ち上げられ、明るい空に煌々とした光を放っていた。
「やぁ、いよいよだね」
マーリンの部屋にカールおじさんとウィル達がやってきた。
「はい。その節は、資料をいただきありがとうございました」
「いやいやいや、私の道楽が君の役に立ってよかったよ。気にしないでくれ」
ウィルは後ろに腕を回してニヤッと笑った。
「いやぁ、あのマーリンが建国祭で皇帝と神楽やるんだって?俺たち今だに信じられないよ」
ジーンもはしゃいだ声をあげた。
「楽しみにしてるからね!あ、でも穢れを祓うんだっけ・・・うまくいくように私も祈ってるわ、マーリン」
「ありがとう」
マーリンは久しぶりの空気に心地よさを感じ、頬が緩むのを感じた。
「あとはやるだけよ。あ、その前に会わせたい方が」
マーリンは後ろに控えてくれていたお婆さんのことを振り返った。
お婆さんは驚いた顔をした。マーリンはにっこりと微笑んだ。
「今まで私のことを支えてくださった恩人です」
「え、そんな・・」
お婆さんは戸惑ったような、むず痒いような表情を浮かべた。
「マーリン?」
そこへ困惑した声が投げかけられた。カールおじさんだ。他の二人も同じように不思議そうな顔をしている。
「その方とは、どこにいるんだね?」
マーリンはカール達に向き直ると、笑みを深くした。
「ここに」
何もない空間を指すマーリンに、部屋に沈黙が訪れた。
「…私の恩人は、既にお亡くなりになっているんです。そうですよね、クレハさん」
その名前に、カールおじさんが反応した。
「え、亡くなってるだって?ってことは幽霊?え?え?」
「マーリンは幽霊が見えるの…?」
「ナジェイラは精霊や人の魂…つまり幽霊も見えるの」
最初から気づいていた。世話してくれている使用人の合間を縫ってふらりと現れる存在。城にいるにはあまりにも汚れた衣服。遺跡の書庫にも難なく入り込んだ行動。夢で見た彼女の記憶。
「クレハとは…もしかして
あのお婆さんのことか・・・?」
カールおじさんは掠れた声で言った。お婆さんの肩がびくりと揺れる。
「えぇ。あなたにしたことを後悔していらっしゃいます。恐らく、刺してしまったことを…。だから、私を手伝いこの魔物蔓延る国を何とかして、あなたがお孫さん達に囲まれて大往生してほしいと言っていました」
「マ、マーリン、そんな、言ってくれなくていいんだよ。私は私の勝手をしたまでさ・・」
慌てるお婆さんを他所に、カールおじさんは呆けた顔をしていた。
長い沈黙の後、その目から涙が流れた。
「本当なのか?マーリン」
「はい」
「そうか…。その名前を知る人は最早私しかいないはずだった。それを君が知っているということは、疑う余地などないな。クレハお婆さん、そこにいるのですね?」
カールおじさんの様子に、ウィル達は目を見開いていた。
「あなたは昔から変わらず優しい人だ・・・。マーリンの側にいてくれてありがとうございます」
マーリンはお婆さんの言葉を伝えた。
「『…己の体を刺した者によく優しいと言えるな。私が勝手にやったことだ!』と、お婆さんは言っています」
「あぁ、変わらず素直じゃないですね・・・」
目を赤くしながらカールおじさんはクスリと笑った。
「『官吏さん、いや、カール。私はもう逝く。最後に会えて良かった』え、ちょっと待ってくださいお婆さん!」
マーリンはぎょっとした。お婆さんは言葉を続けた。
「『自分の人生に意味などないと思っていたが、お前のような奴に会えたことが、唯一意味あることだった。あの時はすまなかった』」
クレハお婆さんが光に包まれていく。その様子を口で説明しながら、マーリンは胸が苦しくなるのを感じた。
カールが悲痛な声をあげた。
「そんなこと言わないでください!あなたにそう思わせてしまったのは、国の、官吏の、私の罪だ!前も言ったでしょう!ご自分を貶めないでください!」
「『どうか、そのままでいてくれ。こちらにはまだ来るなよ。孫に囲まれて、大往生しないと、祟る…』」
お婆さんはカールおじさんのそばに来ると、しわがれた両腕でぎゅっと抱きしめた。
「うっ・・・分かりました・・・。子供達の誰一人として結婚する気配がないですが、長男をせっついてみます」
光に包まれたクレハさんは、蒼空へと消えていった。
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