第36話 皇帝とマーリン

それから、カールおじさんから送られてきた資料も参考に、曲作りを軸とした日々が始まった。近々おじさんも王都に来るそうだ。マーリンは残り少ない時間の中で忙殺されていた。



「うーん、やはり、曲を私が作ることが正しい事なのか・・・モードレッドに大見得を切ったものの、効果があるのかが心配です」


その日、マーリンはオウリの元に来ていた。


「それはお前の技量次第じゃろうな」

「うっ前回は楽譜があったのですよね?」

「あぁ。運よく石版が残っていてな。それを元に10人で詠唱しておったわ」

「そうですか・・・それではその前の時は?」

「ん?無かったぞ」


マーリンは雷に打たれた気分だった。同時に、自分の愚かさを恥じた。


「もっと早くあなたに聞いていれば・・」

「それでは、その時はゼロから曲を作り出したのですね」

「然り。歌詞も曲も、たった一人の男が作りおった。中々に完璧なものだったぞ」


笑いたくなった。元々やるつもりだったが、俄然やる気が湧いてくるというものだ。


「ありがとうございます。それでは早速、作業に戻らせていただきます」

「のぅマーリン」

「何でしょう」

「この歌は何の歌だと思う?」

「穢れを、祓う。そういう歌ではないのですか?」

「・・・まぁ良い」


マーリンはその場を立ち去った。


★★★

「ねぇ、この教典の該当箇所・・世界の終末と創生の記述なのだけれど、この歌は何だと思う?」


オウリに聞かれたことをモードレッドに聞いてみた。


「急に何だ」

「いや少し、気になって」

「そうだな」


少し考えてから、彼は言った。繊細な美貌が陰る。


「鎮魂」

「魂を鎮める・・浄化ではないの?」

「穢れは人々の苦しみや憎しみ、流された血によってできるのだろう。それを祓うということは、生み出した魂の救済ではないだろうか」


マーリンは目を見開いた。

見上げたモードレッドの目は凪いでいた。


「長年の間に蓄積されてきた人類の穢れはそう簡単にとれまい。君が彼らの苦しみや憎しみを無視していればなおさらだ。我々は彼らの魂を理解した上で、それを鎮めなければならないとは思わないか?」


マーリンは返す言葉が見つからなかった。


「この一千年に蓄積された負の遺産が今に影響を及ぼしている。来たばかりのお前がそれを知ることは難しいだろう・・」

「う、確かに。歴史書でも頑張って読もうか・・」

「問題ない。俺がお前に話してやろう。本に乗らないような裏の歴史にも詳しいからな」

「皇帝だから?」

「そうだ」

「あ、ありがとう・・・。でも忙しいのでは?」

「礼を言うのはこちらの方だ。それくらいの時間は作れる。それに・・・お前ともっと話したい・・・」

「そうね、久し振りに会えたのに中々話す機会無かったものね。悪いけど、よろしく」

「・・・・」


それから毎日、モードレッドの講義が始まった。博識な彼の語る歴史は分かり易かった。一方で、内容の壮絶さに流石のマーリンでも冷や汗をかいていた。やはり、ナジェイラが下界を醜いと言う根拠は無きにしも非ず、だ。二人で過ごす時間は穏やかで、滔々と語る彼の顔にしばしマーリンは惹きつけられた。

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