第34話 回想~王の側近~
ぽたり、ぽたりと赤が滴る。
剣を持つ兄の横顔には、全ての感情が削ぎ落とされていた。
父の骸から広がる血の池。兄が血振りすると、恐ろしい音と共に父の豪奢な服に朱が走った。
『あにうえ・・』
振り返った兄は、いつもの気弱そうに微笑む優しい姿ではなかった。
『残念ながら、賊の侵入により父上は身罷られた』
『え・・?』
『次期当主は私だ。・・・そして我が一族は反乱には加担せぬ』
カラン、と剣が落ちる音が響いた。クロウリーは兄の背中を見つめることしかできなかった。
兄はその手を血で染めて、自分たちを守ったのだ。甘言に惑わされ反乱軍に加わろうとした父を殺すことによって。
虫も殺せぬような人だった。自身の体の弱さを揶揄われても、決して怒らず、いつも温和に笑っているような人だった。
兄はその後当主の座に就いたものの、罪の重さに耐えきれず、心を病んだ。
クロウリーは伏して詫びたことがある。血塗られた役割を優しい兄に背負わせてしまった。幼かったとはいえ、父から出陣を予定されていた自分が、武に多少なりとも通じていた自分がやるべきだったのだ。
当事者だったのに。
無言の謝罪に兄は首を振った。
『私は後悔していないんだよ。いくら辛かろうと、お前に戦に行ってほしくなかった。親殺しなど尚更だ。だから、大丈夫なんだよ』
でも兄上。
そうは仰るが、兄上はいつも哀しい目をしているではないですか。
「兄上は俺達を救ってくれた。だから俺は、せめて助けて良かったと思ってもらえるような人間になるんだ」
何百回と言い聞かせてきた言葉がまた口をついて出る。
「俺は政で、陛下の元で、多くの民を助けます。兄上が助けた俺の功績は、全て兄上のもの。兄上は、俺と言う人間を通して沢山の人を救うヒーローになるんだ」
書類の山はまだまだ多い。夜も更け、間も無く日が登るだろう。クロウリーは黙々と仕事を続けた。領地にいる兄を想いながら。
まずは、この魔物の対処だ。
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