第33話 「努力」

遺跡から帰る途中、向こうから人の集団がやってくるのが見えた。中心の人物に見覚えがあった。太陽光に眩く光る白銀の髪。クロウリーだ。

彼はマーリンの姿を認めると、周囲に飛ばしていた指示を打ち切り、その場から立ち去らせた。相変わらずこちらを睨みつけながら、靴音を大きくして近づいてきた。


「小娘か」

「おさげの人だ」

「誰がおさげだおちょくるのもいい加減にしろ、この罪人が」


クロウリーの美貌が怒りでほんのり赤くなる。


「で?進んだんだろうな。遺跡調査とやらは」


マーリンは持っている紙の束をぎゅっと握りしめた。痛む目と手を叱咤しながら教典と手記の該当箇所を書き写したものだ。楽譜はない。時間が迫っている以上これ以上の捜索は無駄に思えてしまった。もう、自分で音節をつけるしかないと思っていた。


「幾らか。モードレッドに会える?報告がしたい」

「お前の容疑が晴れていない事を忘れたか?」


溜め息をついたマーリンは、クロウリーに現在の状況について簡潔に報告した。


「モードレッドに伝えて。それと、これが剣舞の内容。文章だけだけどこの2週間で覚えてほしい」


日記の写しの束を渡した。皇帝の事務官は驚きが隠せないようだった。


「信じなくてもいい。国が滅ぶだけ。とりあえず私はこの曲を何とかする」


何か言われる前にその場を立ち去った。無礼を咎める声は、なかった。


★★★


その日の夢は、酷いものだった。小さな子供が蹲っている。震える肩。あれはマーリンだ。声を押し殺して泣いている、弱い愚かな、マーリンの一部。


「もうやだ。みんな私を嫌いなの。私は皆になにもしていないのに、好きになってもらいたいのに」


湿った声が弱音を吐く。


「今だって頑張ってるのに。誰も見てくれない、失敗したらきっと罰される。誰もこのマーリンを認めてくれない、信じてくれない!モードレッドだって、最初にあったとき、とても怖かった!友達だったのに…刺してなんかないのに…」


やめてくれ。心情を吐露して誰かに壁打ちするな。誰かで自分の価値を測るな。こんな醜い自分は嫌いだ。だが、わかっている。心の奥底の本音だという事くらい。


遠くで声がする。優しく、包み込むような声。


「よしよし。悲しいなぁ、しんどいなぁ。お前さんはよう頑張っとるのに。婆はぜーんぶ知っとるぞ。お前さんは良い娘じゃ」


頭を撫でる温かい手。


「他人を殺そうとする子じゃない。分かっとるぞ。…王らもちぃと言葉足らずがすぎるの。いくらなんでもお前さんに任せきりじゃ。ほんで、マーリンはこんなに抱え込んでしもうた」


瞼を上げる。頬が流れた涙で冷たい。天井と、お婆さんの顔。うなされていたのを撫でてあやしてくれていたようだ。


「お婆さん・・・」


神出鬼没の、この不思議な老婆は顔をクシャッとして笑った。


「わしはマーリンの味方じゃよ」

「どうしてそこまで」

「年寄りをなめるでないぞ。お前の人となりはわかる。お前さんはとっても良い子じゃ。昔のわしと違ってな」


月光に照らされる婆は不思議と安心感を与えた。優しい目。


「昔・・・」

「ああそうじゃ。婆は昔世の中が憎くて憎くてのぅ。それしか無かった。周り全てが敵に見えたのじゃ。・・・優しい奴がおったのじゃがな。大馬鹿じゃ、わしは差し伸べられた手を取らず、憎しみのまま其奴をこの手で傷つけてしまった」


何かを堪えるような表情だった。


「じゃから、もう間違えん。例え誰も信じなくても、この婆だけは最後までお前を信じる。お前がこの国のために頑張りたいというのなら、婆は応援して助けるだけじゃ」


根拠はないはずだ。お婆さんの勘、それだけだ。なぜそれをそこ迄信じられるのか。


「本当にそれだけ?」

「うむ。まぁ、あるとすれば、あの馬鹿に罪滅ぼしがしたいくらいじゃ。あいつが変わらずのほほんと暮らして、子や孫に囲まれて大往生してほしい。そこに魔物やら穢れやらに介入してほしくない」


お婆さんにも何か思うところがあるのだろう。全てを信じることはできなかったが、少しは納得できた気がした。

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