第30話 揺らぐ玉座

浮かれたワルツが流れる。


夜会用の衣服に身を包み、王座に座していたモードレッドは顔をしかめてワインを飲んだ。この雰囲気はどうも合わない。まして、今はこんな事をしている場合ではないというのに。

マーリンを置いて一人この場にいなければならない自分がひどくもどかしかった。


「…楽しめる訳があるか」


ボソッと呟くと、同じく第一礼装をしたクロウリーが近づいてきた。


「えぇ、あなたが今何を考えていらっしゃるかは分かります。お気持ちはもっともです。しかしながら、もう少し楽しそうなお顔をなさって下さいませ。あなた様はこの国の王なのですから」


豪華なシャンデリアに照らされた大広間では、老若男女が思い思いに踊りを楽しんでいた。壁際には飲み物を片手に談笑する人々がいる。部屋の隅に置かれた長椅子では、酒に酔った軍人達が早速飲み比べを始めていた。その中にレイモンドの姿を認め、モードレッドはやれやれと首を振った。


音楽の響き渡る部屋に大きなどよめきが広がった。何事かと貴族達の視線を辿ると、入口の方にジュダの姿があった。相変わらずベールをかぶっているが、日頃夜会に参加しない彼が珍しく登場したという事で、あっという間にその場に人だかりができていた。


それにしてもかなりの人気だ。無理もない。元々ジュダという男は人心掌握術に長けている上、今現在急速に支持を集めつつある新月教の最高権力者に最も近い人物なのだから。教祖ウルヒは本殿で日中夜祈りを捧げているとかで、このところ彼に会ったことのある人物は外部の人間では、あまりいないという。


当然、モードレッドにとっては面白くもなんともないが。

 

しばらく入り口付近で貴族たちとにこやかに言葉を交わしていたジュダは、一通りの挨拶が終わると、モードレット達の方へやって来た。王座の前に跪いた彼は、恭しく頭を垂れた。


「悪魔帝陛下、ご機嫌麗しくー」

「…ジュダ殿?不敬罪で逮捕しますよ」


クロウリーが地を這うような声で言った。額に青筋が立っている。


「ははは、これしきの事でそう目くじらを立てないでください。皆だってそう言っていますよ…」


ジュダは挑戦的に三日月型に唇を吊り上げた。


「ほぉ。皆とは一体どこのどなたでしょう?ぜひ知りたいので教えてください」


クロウリーも唇の片方を持ち上げて笑ってみせたが、目は全く笑っていなかった。彼からどす黒いオーラが立ちのぼる。


「駄目ですよ。そうしたらあなた方は彼らの首を切ってしまうでしょう?罪のない命が散るのは聖職者として止めなければいけません」

「よく言ったものだ。貴様みたいな奴が聖職者だなんて笑わせる」

「そうですよ。あなたみたいな人間を聖職者だと認めるくらいなら、そこら辺の犬ッころに聖衣被せた方が幾らかマシです。少なくともこの国を乱しはしないでしょうから」

「あらあら、ひどい事言いますねぇ。でもそれを言うならばあなた達だって情けなさすぎるのではないですか。それこそそこら辺の犬ッころに王冠被せた方がマシなのでは…?」


クククッと笑声を漏らしたジュダに、クローリーから殺気が膨れ上がった。


「何が言いたい」

「クロウリー、安っぽい挑発に乗るな」

「国民が魔物に苦しんでいるのに、この国の指導者たるあなたは何もできていないではありませんか。王の役目を果たしていないあなたに存在意義はあるのですか?」

「ほぅ…確かに今の私は魔物に対する有効な策を持ち合わせていない。この国の全員がそうだ。何の知識もない。…それとも、貴様には魔物を屠ることができるというのか?」

 

モードレットはゆったりと腕を組んだ。


「えぇ。何を今更。あなた方だって知っているのではないですか?この異変は悪魔の子である陛下が王をお辞めになればよろしいのです。そうすれば万事解決★・・・それをやらないのですから、陛下は王としての責務を果たされていないと申し上げているのですよ」

「貴様ァ!」


 ついにクロウリーがジュダの胸倉を掴もうとした。


「やめろクロウリー」

しかし、モードレッドの手がそれを阻んだ。ジュダは二人を見てニヤニヤと笑っている。


「…我々は解決の糸口を掴みかけている。それが成功するまで私は何としても王を辞めないつもりだ。貴様らにやるくらいなら、いくらでもしがみついてやるよ」


モードレッドは低い声で言った。

広間では引き続き明るい音楽とざわめきに包まれている。


「あぁ、マーリンのことですか。彼女なら私も会いましたよ。随分毛色の変わった、でもとても綺麗な女の子でしたねぇ」


ジュダは歌うように言った。


「何だと・・」


それを聞いた瞬間、モードレッドの顔から全ての表情が抜け落ちた。


「おぉ怖い…流石の貴方もお怒りのようですね。余程彼女が気になっているのですか?」


大神官は肩を震わせた。


「しかし聞けばマーリンは以前貴方を刺殺しようとしたではありませんか?あのように一人で自由にさせておいてよろしいのですか?何をしでかすか分かりませんよ」

「マーリンは犯人ではない。余計なことを申すな」


モードレッドが無表情のまま言い切った。


「おや?貴方がそうもきっぱり仰るとは意外ですね。何か証拠でもあるのですか」

「それも含めて5年前の事については精査中だ」

「珍しいですね。悪魔帝が証拠もなしに人を信じるなんて」

「そうやって彼女と我らを引き離そうとしても無駄です。用は済んだでしょう。とっとと帰りなさい」


クロウリーが冷たく言った。


「残念です…。まぁせいぜい頑張ってください。でも時間はそう残されてはいませんよ…貴族たちもピリピリしてきています。このままいけば近いうちに我々があなた達を処刑台に送ることになるでしょう…」


そう言ってジュダは優雅にお辞儀をした後、大広間を去っていった。


「陛下・・・」


クロウリーが気遣うような視線を向けてくる。


「気にするな。俺がこの椅子に座るために流れた血を忘れるものか。託すに足るものが現れぬ限り、死んでも渡さん」


白銀の髪を持つ真面目な臣下は表情を和らげた。

「これまでの貴方の政は本物です。救われた者も多い。新月教の奴等が何と言おうが、惑わされない民も多いことをお忘れなきよう。そんな迷信めいた布教より、貴方の築き上げて来た実績に意味を見出す者が」

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