第28話 遺跡の秘密
二人の男女が地下へと消えていった。
その様子を離れたところで見ていたクロウリーは難しい顔をしていた。
止めはしなかった。王があの女と共に墓へ行ったのは、あのお方の意思だったからだ。昨日はつい血が上り、あの女に当たり散らしたせいで王の怒りを買ってしまった。
…後でこっぴどく叱られたことは言うまでもない。昨日のことに加え、更に今王の不興を買えば、クロウリーの身とてどうなるか分からないのだ。
王は、昨日の夜はなんだかんだと言ってあの女に勝手に調べさせておけと命じていたが、こっそりと今日の予定を半日空けていた。それもこれもあの女を助けたいがためだ。
(怪しいところ満載のあの女に、レイも陛下もなぜこうも入れ込んでいるのか。私がなんとかしなければ)
確かにクロウリーの目から見ても、あの女はただの平凡で愚かな娘に見える。あの二人同様、悪人善人様々な種類の人間に関わってきたので、人を見る目はあるはずだ。だが状況証拠が自分の目を曇らせる。
(演技で俺たちの目をごまかしているとしたら相当な化け物だ。それとも、あの女の言っていたように、これもまた真犯人の策中なのか)
分からない。5年前の魔物出現以来、クロウリーの常識は大きく揺らいだ。何事も理論で解決できると思っていた。しかし魔物はどうだ、自分達の想像を超えた存在だった。学者達に研究させているような、従来の自然科学では説明のできない現象ー…この世界にはまだまだクローリーの予想のつかないことがあるのだと、この事から学んだような気がしていた。
(考えるのは後だ。とりあえずあの女が怪しいことには変わりはない。陛下と二人きりにさせるわけにはいかない)
クローリーは彼らの消えた穴へと向かった。
★★★
「という訳で、私も一緒に行かせてもらう」
「…どういう訳よ⁉」
マーリンは地下道を進みながら小声で言った。階段を降りると、そこには長い地下道が続いていた。今、モードレッド、マーリン、そして突然現れたクロウリーの順に並んで歩いている。
石でできたアーチ型のトンネルは、所々崩れており、足場は不安定だった。石のかけらが床に落ちていて、灯りが無ければ躓いてしまう。先を行くモードレッドは、躓きやすい場所があるとその都度口で教えてくれていた。しかしそのモードレッドも、クロウリーが現れてからは沈黙している。
「あなたも、なぜ来るんですか、ここ二度目ですよね」
「煩いぞ小娘、お前が陛下を心配させるからいけないのだ。陛下と二人きりなど我々が許すと思うか。…何か怪しい動きをしてみろ、即刻切り捨ててくれるわ」
「仕事は?」
「見くびるな、夜会まで予定はない!正確には空けたが」
「…クロウリー。貴様が来たせいで急に賑やかになったな」
冷たい声は自分に向けられたものではなかったが、マーリンはついビクリとした。
「お褒めに預かり光栄です。それと、陛下、先ほど申しましたように、夜会までにはお戻りになりませんと」
皮肉にも気づかず、クロウリーは生真面目な顔で言った。
「あぁ、分かっている」
モードレッドが嫌そうな声で言った。
しばらく歩いていると、三人は遂に円形の広場に出た。
「ここで行き止まりになっている。部屋中を調べたが、通路らしきものは見当たらなかった」
モードレッドの声が辺りに反響する。ドーム状の天井はかなり高いことが伺えた。
「壁が真っ白だわ…それに、かなり色が剥げているけれど、びっしりと絵が描かれているわね」
色とりどりの絵の具で、それこそ360度余すところなく絵が描き込まれていた。長い時間の間に、それらは色褪せてくすんでいたり、剥げていたりしたが、当時は眩いほど綺麗な空間であったことは間違いない。美しい自然の風景や咲き誇る花々、砂金をまいたような星空。それに、全体的に黒ずんではいるが、人間と思わしき絵もたくさんあった。
「すごい…」
思わず呟いたマーリンは、広場の真ん中に一体の石像があるのに気がついた。
「これは入り口の石像とは違い、何の仕掛けもありませんでした」
マーリンの視線に気づいたクロウリーが教えてくれた。
「そうなの…」
大きな獅子の石像だ。それは立派な牙が生えた口を、これでもかと開いてマーリンを睨みつけていた。台座は高いのだが、頭を下げ、お尻を高くしている姿勢のせいでマーリンの目の前に顔がある。
びっしりと生えた牙にはなぜか黒い染みがついていた。
「このシミは何かしら?」
何気なく尋ねると、予想外の答えが返ってきた。
「…恐らく人の血だ」
それを聞いたマーリンの背をツゥ…と冷たい汗が流れ落ちる。
「えぇっ⁉」
「前回初めてここに来た時、この石像の前には人間の骨がありました。それも複数」
クロウリーもモードレッドも冷静な口調だが、気味が悪そうな様子である。
「頭蓋骨が見つからなかったことから考えると…この獅子の口に頭を突っ込んだ馬鹿がそのままパックリとやられたとしか考えられぬ…」
「そ、そんな…石像がぱっくり?」
急にここが恐ろしい場所のように感じてきた。…何か早く出たい。
「何もないって仰いましたけど、ありまくりではないですか⁉」
マーリンが思わず上擦った声で叫ぶと、クロウリーがピシャリと言った。
「魔物に関する手掛かりは無いと言ったまでのこと。確かにここにはヘンで危険な石像がありますが、これが今の我々の助けになるとお思いか?」
「この先に何か、あるのでは?」
「あぁ。もしやこの部屋の壁の向こうに隠し通路でもあるのではないかと思い、以前兵士に壁を壊させようとしたことがある。だが壁はビクともせず、それどころか数分と経たないうちにその場にいた全員が失神した。…今の所この遺跡にこれ以上我々が立ち入る余地はない」
モードレッドは首を振った。怪奇小説のようだ。この遺跡は呪われている。マーリンは『こんなところを調べなくてはいけないなんて』と泣きそうになった。
「さぁ、見るべきものは見たでしょう。さっさと帰りますよ」
そう言われたが、もう少しマーリンはこの部屋を調べたかった。怖いが、びくびくしていては前に進めない。ここは腹をくくるしかない。呪われたら…その時だ。
「ちょっと待って。5分ほどちょうだい」
マーリンは苛立つクローリーをよそに石像を注意深く観察した。長い年月のせいで壁と同様に黒ずんではいる。だが、台座の部分をよく見ると、辛うじて文字が彫られているのを発見した。
「台座のところに何かが書いてあるわ…古代語」
二人から驚いた気配が伝わって来た。
「それは気づかなかった…古代語なんて随分昔に消滅した言語だから、私たちは存在しか知らぬ。お前は読めるのか」
「えぇ…」
マーリンは指で辿りながら読み上げた。
「こう書いてあるわ。『獅子の口に汝の頭を入れよ 正義の者には求める道が示されるであろう』…取り敢えず頭を突っ込んでみるわね」
「いや待て!何を言いだすんだ、危ないだろう⁉」
「そうですよ!さっき首がない死体があった話をしたでしょう。あなた馬鹿なんですか?馬鹿なんですね?」
口を揃えて反対されたマーリンは肩を竦めた。
「手がかりになりそうなものがやっと見つかったのよ。やるしかないじゃない。それに、素直に正直に善意を持って突っ込めば死なないはずよ。多分」
そう言うなり、マーリンはズボッと獅子の口に頭を突っ込んだ。
「うぉぉぉマーリン‼何て事を、早く出ろぉ‼」
「私達が辛く当たったから自殺したくなったのですか?ダメです許しません‼早く頭を出しなさいこの大バカ者!」
二人の絶叫も獅子の口の中にいるせいか遠く聞こえる。マーリンは意外に広い口の中を見回した。
「真っ暗…」
すると、目の前に急に光が射した。眩しさに目をパチパチさせていると、その光がやがて文字を作り始めた。
「徒に頭を出した者は死ぬ」
誰かがマーリンの腰を荒々しく掴んだ。そのまま引っ張り出そうとする。
「やめて‼よくわからないけど今勝手に出ると死ぬわ‼」
マーリンは絶叫した。すると手はビクッとしたように離れた。
「偽る者も然り」
先ほどの文章は煙のように消えて、代わりに次の文が眼前に光った。
「はい、分かりました…」
マーリンは緊張しながら古代語で答えた。首筋にはまさに獅子の牙がある。マーリンが首を引っ込めようとしても、それより先にその牙に食いちぎられるだろう。
「正直に答えたとしても、悪意ある者は助からない」
私は悪意などないはずだ、嘘もつかない。
「お前の名は?」
「マーリン」
暫く間が訪れた。マーリンは固唾を呑む。
すると、鈴のような音がして、次の文章が現れた。
「なぜこの場所に来た?」
「調べ物をするため。…今この国に異変が起きています。魔物が現われたのです。古代の王ならばそれの解決策を知っていたのではないかと考え、藁にもすがる思いでここに来ました」
マーリンは一生懸命に説明した。
再び間が訪れる。
暫くすると、また鈴の音が鳴った。
「墓を荒らすつもりはあるか?」
「いいえ」
「お前の連れも悪意はないか?」
「はい。悪い者ではありませんし、害は加えさせません。私が責任を持って監督します」
マーリンは呟いた。
「よかろう…書庫への扉を開く…頭を出せ」
冷や汗をかきながらそぉっと首を獅子の口から抜いた。するとすぐ後ろに信じられないような顔の二人が立っていた。
「よかった…大丈夫だったか?」
「心臓が飛び出るかと思いましたよ」
「えぇ。書庫に行ってもいいって」
マーリンがそう言った時、ゴコゴゴ…という音が部屋中に響き渡った。
「何だ⁉」
「あ、陛下見てください、あそこに扉が出現しています!」
クロウリーの指差した方向を見ると、壁の一部に一つの扉ができていた。
「あれが書庫とやらに繋がる扉だと言うのか…?」
モードレッドは呆気にとられた様子だった。
「取り敢えず行ってみましょう?下手なところは触るなって言われたから慎重にね」
マーリンは二人と共に恐る恐る扉に手をかけた。
扉の向こうには、城の大広間と同じくらいの大きさの部屋があった。天井は先ほどの石像の間と同様にドーム型になっており、星図と思しきものがびっしりと書き込まれていた。部屋の各所に設置されたマーリンの背丈くらいある石が、それぞれ煌々と光り、部屋を照らしていた。
四方の壁が全て本棚になっている。本棚の高さは見上げる程であり、上方までぎっしりと本が詰まっていた。とても長い梯子が置かれていて、上の本を取るときはこれを使うらしい。部屋の真ん中には石の机と椅子があった。
「素晴らしいわ!神殿跡の地下にこんな場所があったなんて…!」
マーリンは故郷の図書館に似た香りを吸い込みながら言った。
「そうだな…マーリンがいなければ一生分からなかっただろう」
モードレッドも掠れた声で呟いた。
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