第27話 古代遺跡

場所を教わり行った古代の神殿遺跡は、まさに「遺跡」というに相応しいところだった。一面に石畳が敷かれ、ポツリポツリと円柱型の柱や壁が残っている。石畳に覆われていない地面には泉があったり、芝生が生えていたりして見通しが良い。


広い。境界が分からないくらいだ。


柱以外に視界を遮るものが何もないことが、広い敷地をより殺伐と見せていた。ここにはマーリンの他に誰もいない。この場所だけ時間がゆっくりと過ぎていくようだった。


…古い時代の匂いがする。時折ザァ…と風が吹き、金色の髪を散らした。ガサガサと、枝が擦れ合う音が聞こえる。遠くから聞こえてくるが、音が止むまでの時間が長い。きっと枝の多い大樹なのだろう。この近くにそんな木などあっただろうか…。マーリンはその音の元を見つけようと、キョロキョロと辺りを見回し遠くに目を凝らした。すると城の反対側の奥の奥の方に、ポツンと黒っぽい木が立っているのが見えた。遠目からでもわかる、立派な木だ。


それを捉えた途端、マーリンはハッとした。


(見覚えがある気がする)


豆粒ほどの大きさに見える木に惹かれるよように、マーリンはヨタヨタと歩き出した。いくつかの階段を降り、大小の広場を横切った。柱と柱の間を通り抜け、芝生に足を沈み込ませる。そうするうちに、だんだんとその大樹はその姿の詳細を見せ始めた。暫く歩いたところで、


マーリンはその姿に既視感を覚えた。


(あれはもしかして…?)


もう少し近づいてみると、やはり、木の周囲には小さな泉があった。その泉を見てマーリンは唐突に思い出した。あそこは、以前マーリンがモードレッドと会っていた場所だった。…まだここからは遠いが、間違えようがない。


マーリンは足を止め暫くじっとしていた。枯れても尚見事な枝ぶりの大樹に、水底まではっきりと見える瑠璃色の泉…。マーリンが毎日通った、見慣れた風景だった。でもまさかこの移籍だったとは。


泣きたいほど懐かしい気持ちが喉元に込み上げてきた。この5年間、どれほどここに帰りたかっただろうか。…モードレッドに会いたかっただろうか。


「……」


遠くの大樹から目を離して、蒼天を見上げる。穏やかな日差しに、マーリンは目をすがめた。


感傷に浸っている暇はない。


マーリンは頭を振って気持ちを入れ替えると、大樹に背を向けた。剣があったという地下の入り口を探そうと、レイモンドにもらった遺跡の地図を取り出した。


★★★


「あぁ、やっと見つけた…!ここね」


昼時の鐘が聞こえ始めた頃、遺跡の中のこじんまりとした広場の上に、マーリンの姿があった。石畳の上には不思議な文様が描かれており、広場の中心には翼の生えた人間の石像が立っていた。

しかしそれ以外には何の変哲も無い、ただの広場に見えた。


「ここの何処に入り口があるのかしら?」


地図に目を凝らして見るが、ここの場所を示すバツ印があるだけで、何も書いてはいない。


「⁇」


レイモンドかジュダにもっと詳しく聞いておけばよかったとマーリンは今更ながら後悔した。疲労感からうぅ…と溜息を漏らし、広場に寝転ぶ。相変わらず鳥の声は聞こえない。辺りは静まり返っていた。


「どこだ…入り口」


ぼんやりと地図を眺める。すると、太陽に翳したせいで、紙の裏に文字が書かれていることに気づいた。

驚いて紙を裏返すと、そこにはレイモンドが書いたと思われる大ぶりな字で『石像を動かせ』と書かれていた。


「そうか、この石像を動かせばいいのね?」


マーリンは飛び起きると、石像の方へ走っていった。早速石像に手をかけ、力を込める。

が、しかし。あり得ないほど重かった。


動かないことは無かったが、マーリンが満身の力を込めても、その石像は小指の爪の先程も移動しなかった。青ざめたマーリンは暫くの間、ありったけの力を込めて押し続けた。やっと小指の長さくらいに石像が動いた頃には、その体が悲鳴をあげていた。


「こんなに重いとは思わなかった…」


レイモンドならこの石像も簡単にスライドできたのだろうか。ヘトヘトになってその場に座り込んでいると、ふと自分の体に影が落ちた。音もなく背後に立たれてギョッとしたマーリンが後ろを振り返ると、そこには王の服を纏ったモードレッドが静かにこちらを見ていた。


「モードレッド…」

「…お前の力では大変だろう。そこをどけ、俺が押してやる」


マーリンに手を差し伸べながら、モードレッドは言った。突然の優しさにぼんやりとその手を預けると、慣れた様子で立ち上がらせてくれた。


「持っていてくれ」


モードレッドは漆黒の髪に指を滑らせると、頭上に輝く王冠を外した。太陽の光に反射して、キラキラと光るそれをマーリンの手に握らせる。


モードレッドは石像に両手を置き、力を込めた。すると、石像は軋みながらもゆるゆると動き、しまいには大きな石像が2メートル程移動した。石像があった場所にはぽっかりと穴が空いており、地下へと続く階段があった。穴の中は闇に包まれており、ここからでは容易に見通せない。


「ここが入り口なのね…」


驚き半分、興味半分で呟くと、押し終わったモードレッドが、マーリンの手からそっと王冠を取った。


「あ、ありがとう」


マーリンは、面倒くさそうに王冠を被り直すモードレッドの背中に向かって言った。彼は僅かにこちらの方を向くと、微かに頷く。


「助かったわ。でももう大丈夫。あとは自分一人で行けるわ。松明もちゃんと持ってきたし」

「私がどうするかは、私自身で決める。そんな事を言うな」

「そう…」


素っ気なく言われて、マーリンは戸惑いながらも、取り敢えず荷物を広げて松明の用意をした。この松明は洞窟や地下室でも使える特殊なもので、レイモンドが用意してくれた。

入り口に立つ。マーリンはゴクリと唾を飲むと、闇に向かって伸びる階段を降り始めた。


「おい」


顔が地面と同じ高さになった時、怒ったような、けれどとても心配そうな声が背後から聞こえた。振り向くと、モードレッドが焦った顔でこちらを見つめていた。


「何よ」

「本当に一人で行くのか?女一人では危ないぞ」

「あなた達だって行ってきたんでしょう?危険はあるはずないじゃない。本当に何も手がかりがないのか、一度自分の目で確かめに行くだけだし、すぐに戻るわ」

「怖くないのか?真っ暗だぞ」


ついにマーリンは吹き出した。まるで過保護な兄のようだ。


「暗闇には慣れているわ」


ここ5年もの間、ずっと地下牢にいたのだから嫌でも慣れる。


「だが…」

「墓だって荒らさないから安心して」

「そういう意味で言っているのではない!…仕方あるまい、私も行く」


上擦った声で喋りながら、モードレッドが階段を降りてきた。マーリンはその行動に驚いた。


「貸せ」


ボソッと言うと、マーリンから松明をひったくった。そしてモードレッドは階段をスタスタと降りていく。


「待ってよ!」


訳が分からないまま、マーリンは取り敢えず置いていかれまいと、彼の背中を追って階段を駆け下りていった。

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