第26話 大神官ジュダ

マーリンはずっとハミングをしていた。


昔来た時よりもこの地はずっと広く、色々な人がいた。閉塞的なマーリンの故郷とは全く違う、様々な色、様々な性格の人間がいた。


マーリンは新鮮な驚きに包まれていた。


モードレッドの事を考えると胸が苦しくなるほど辛い。だがそれでも、この世界をマーリンは好きになりかけていた。


想いを音にのせて、虚空に投げかける。

色とりどりに輝く宝石のような響きが、ポンポンと雲一つない空に向かって、まるでシャボン玉のように浮かんでいく。マーリンは夢中になって音を紡ぎ続けた。


どれくらい歌っていただろう。

気がつくとマーリンの前に人が立っていた。真っ白なローブを纏った長身の男で、頭から被っているベールのせいで髪も顔も隠されていた。見えているのは、薄い唇だけだった。形のよいその唇は、驚いたように少し開いている。


(しまった、あまり人目につくなと言われていたのに。庭の中だからって油断していたわ)


マーリンは慌てて立ち上がると、自分のフードの端を引っ張って、顔を隠した。


「とても綺麗な声で歌うんだね。思わず歌につられて来てしまったよ…」


白いローブの男はそう言うと、口元をフワリと緩めた。その声にマーリンは驚いた。まるで天の調べのように美しい。


「ありがとうございます。ですが、あなたの声の方がずっと美しい、です。ずっと聞いていたくなるような…何か不思議な力を感じます」


「そうかな?」


面白そうな声で彼は言った。口元しか見えず表情が分からない分、何を考えているのか分からない人だった。


「君は誰だい?あまり外を出歩かないせいで、知らない顔の方が多いんだ。僕はジュダだ。宜しくね」


彼は大仰なお辞儀をしてみせた。


「あ…マーリンと申します」


マーリンもペコリと頭を下げ、そう言うと、ジュダは沈黙した。


「ジュダ、さん?」

「あれ、僕の名前に反応しないねぇ…一応これでも有名人なんだけど。ウルヒ様の側近なんだよ?」


そう言われてマーリンは困惑した。ウルヒ?誰だそれは。何しろ自分はこの国の常識というものをなんら持ち合わせていないのだ。


「すみません…実はこの国の出身ではないので貴方を知らないのです。失礼ですがお聞きしてもよろしいでしょうか?」

「あぁそうか、外国の人だったんだねぇ…?言われてみれば確かに、雰囲気が他と違って異質だ」


ウンウンと頷きながら彼は言った。


「僕はね…この国の大神官なんだよ。さっきも言ったけど、ウルヒ様・・・この国一番の宗教のトップ!の側近なんだよ!?」


男はエヘンと胸を張ってみせた。

その姿が妙に可愛らしく、マーリンは少し吹き出した。


「笑わないでほしいねぇ。これでも身分は王の次の次くらい?に高いんだよ。大神官ジュダ様とみんな呼ぶんだよ?」

拗ねたように言われ、マーリンは慌てて言い直した。


「あ、そうでしたか。失礼いたしました、ジュダ様」


確かに着ている者はよく見ると思いっきり高級品だ。立ち居振る舞いも優雅の一言に尽きる。

だがモードレッドのような圧倒的存在感や威厳といったものがまるで感じられなかったし、感じたとしてもジュダのおどけた雰囲気に押されてしまっていた。


まるでそよ風のような人だ。


「まぁ良しとしよう。僕は寛大だからね。それで、と」


マーリンはすぐそばにジュダの顔がある事に気付き、びくりと身をすくめた。


「駄目だよ、抵抗しないで…」


ジュダの顔がどんどん近づいていく。彼の甘い声に後ろに踏み出そうとした足がつい止まった。


「君にそんなもさいフードは似合わないよ…可愛らしい顔を見せておくれ…」


白鷺のように綺麗な手がマーリンのフードを捉た。


「だめだよ」


ジュダはそういうや否や、とマーリンのフードを暴いた。

バサリ、という音とともに視界が明るくなる。


その瞬間、春の香りを乗せた風が吹いた。

露わになった金糸の束が視界を遮る。

ジュダのヴェールも揺れている。

彼は急に黙ってしまった。


「…ジュダ様?」

「あぁ、すまない」


そう言いながらも、彼はどこか夢心地だった。


「どうされたのです?先程から様子がおかしいようですが」

「なんでもないよ。君の髪色に驚いただけだ。…どうしてここにやってきたんだい?」

「はは・・・よく言われます。目立つので、どうか他言無用でお願いします」


ニッコリと笑われ、首を傾げられる。


再びやわらかな風が二人の服を揺らした。


「勿論。で、なぜこんな所に?」


マーリンも必死で笑顔を作った、


「この遺跡に興味があって・・・」

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