第25話 回想~騎士~
騎士官学校を卒業したばかりのレイモンド達は、未だ続いていた反乱の平定に駆り出されていた。
終わる事のない戦い。
弱きを助け、諸悪をくじく。かつて学友と語らった青い夢は、早すぎる終わりを迎えていた。
晴れて騎士となった自分達を待ち受けていたのは、この国の人間を延々と殺す事だった。レイモンドを見つめるのは感謝や賞賛の目ではなく、絶望や憎しみ、血を流しながら許しを乞うそれだった。
親友の遺髪を握り締め、戦死者の埋葬場にいたレイモンドは、雨に打たれるのも厭わずぼうっと立ち尽くしていた。
骸はとうに焼かれ灰となり、この穴に投げ込まれた何百人のそれと混じってもう見分けがつかない。いくら身と心を粉にして戦っても、平民の扱いなんてこんなものだ。
『なぁ。俺たちは何のために騎士になったんだろうな』
呟いた声は死んだ親友には届かない。人を殺して、殺されて、終いには焼かれて土の中。得たものは人の恨みと、途方もない悲しみだけ。
『迷子探しでも酒場の乱闘騒ぎでも、道案内だって何だって良かった。昔みんなで話してた花形部隊なんてどうでもいい。俺は、俺達は、人を助ける仕事がしたかったんだ。なぁ?そうだろう?』
答えはない。聞こえるのは雨音だけ。だがそれで良かった。口に出さなければ、もう自分を保っていられなくなってきたのだから。
ふと、遠くにまだ幼さの残る少年が立っているのが見えた。埋葬場に大きく掘られた穴の底の、埋められる前の灰山をじっと見つめていた。身なりが良いから貴族以上の人間だろう。
よく見ると品のある美しい少年だった。真綿に包むように大切に大切に育てられたのだろう。優雅な佇まい。きっとこの戦も安全な後方にいるに違いない。経歴に華を持たせるために、司令官として貴族の嫡男がこうしてやってくることは珍しいことではなかった。そう言う時はいつも滅茶苦茶な指示で兵に甚大な被害が出ていた。あいつもその類いなのだろう。
俺達前線兵が死闘を繰り広げているのも知らず、戦を知った気になっている害虫達と同じなのだろう。
『なんでお貴族様がこんなところにいるんだよ』
酷く苛ついて、そばにあった小石を少年に向かって放った。
パシリ。
驚いたことに、死角から投げられたそれに少年は顔色ひとつ変えることなく対応してみせた。視線は変わらず灰山に向けられていたのに。レイモンドは驚いた。
少年はゆっくりとこちらを向いた。どこまでも清く澄んだ瞳だった。この血と泥に塗れた戦場の中で、その瞳だけが美しいと感じてしまった。
まっすぐ向けられた視線にたじろぐ。雨の音が全ての音をかき消して、世界に自分達二人だけいるような感覚になった。
『あなたも仲間を喪ったのか』
静かな声だった。だがはっきりとレイモンドの耳に届いた。その言葉に酷く驚いた。
『は?貴族が平民の兵なんかと交流があったのかよ。ここにいるのは中でも前線兵だぜ?』
『私は前線に出られないからな・・・。だが言葉は交わさずとも彼らは私達の仲間だ。そうだろう?』
ふざけるな!
レイモンドは立場も忘れて吠えた。
少年は無表情を崩さなかった。
重苦しい沈黙を破ったのは少年の方だった。
『このままではいけない』
『は?』
『戦が終わったら、今度は政の椅子取り合戦が始まる。貴族は皆それで頭が一杯なようだ。今から武功をたてようと必死になっている。平定後も漁夫の利を狙う輩がいるだろう。…これから長くなるぞ。勿論、椅子の中には玉座も含まれているのだからな』
そうなれば消耗するのはまた平民だ。
『クソッ!』
レイモンドは悔しくてたまらなかった。少年の言葉に、その通りだと納得してしまった。
『無論、私も長引かせる気などない。早く泰平の世を作るんだ。同じ国の人間で殺し合いなんかせず、各々が自らの人生を、夢を全うできる世を作りたい』
少年が、強い想いを込めた声で言った。
(せめて故郷に残してきた弟たちには、明るい未来を届けたい)
死に際の親友の言葉がふと思い出された。
(騎士官学校の後輩たちにも、だ…)
(この想い、託したぞ)
気が付くと涙を流していた。
雨が降りやまない中。
レイモンドは、少年にーーモードレッドに向けて膝をついていた。
★★★
「俺は何としてもあんたを守り抜く。なぁ、あんだけ苦労して手に入れた王座だ。魔物に対抗する策さえ持ち合わせていない、あのもやし野郎の群れにとられるなんて本意ではないだろう?」
正直に言って、新月教の組織は腐敗しきっている。頂点から末端に至るまで金の事しか考えていない。ひたすら庶民や貴族から金を巻き上げ、特別待遇を受け、自らが甘い汁を吸う事しか考えていないのだ。
昔は教えを守り、清貧を美徳として、ひたすら修行に打ち込む宗教集団であったが、先の戦争を機に急に規模を拡大し始め、瞬く間に国一番の宗教となってしまった。
そんな奴らの好きにさせてたまるか。モードレッドには絶対に手出しさせない。
そんな怒りを込めながら拳を握りしめた。
「…あぁ。勿論だとも」
皇帝陛下の静かな声がこだました。
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