第24話 皇帝と騎士
城の広い屋上に着く。
雲ひとつない澄んだ青空の下、一心不乱に剣を振る姿があった。レイモンドは駆け寄った。
「何の用だ」
激しく動く体とは裏腹に、彼が発したのは静かな声だった。レイモンドの方を見ようとはせず、ひたすら遠くを見つめている。
王の低い声が、振り下ろす剣に合わせて放たれた。レイモンドは構わず口を開いた。
「…お嬢さんに城を案内してきたぜ」
ピタッと剣を振る手が止まった。だがそれは一瞬のことで、またすぐに鍛練を再開した。
「…そうか。ご苦労だったな」
「陛下。あんた、本当にお嬢さんが暗殺者だと思ってるのか?」
ずっと気になっていたことを聞いてみる。すると、王は不快そうに眉をひそめた。剣を振るのをついに諦めたように、カチャリと元の鞘に戻した。
「まさか」
レイモンドは驚いた。
「そんな、だったら何故昨日はあんな事を言ったんだ?」
王は暫く沈黙したのち、腕を組んで話し始めた。
「あの時は感情的になって冷静な判断ができなかった。彼女のいう通り、不確定要素が多過ぎたな」
「それで?」
「真犯人が見つからない以上、グレーといったところか。王として疑うのをやめる訳にはいかないが」
それきりモードレッドは黙った。
「俺はあんたの勘に任せていいと思うんだがな」
「…」
「なぁ、じゃあもし真犯人も見付けられず、お嬢さんが魔物の問題も解決できなかったらどうするつもりだ?」
モードレッドは僅かに視線をさ迷わせた。先程から冷静を装ってはいるが、その心はひどく動揺しているようだ。
長い付き合いだからこそ分かる事だが、彼の心をこれほどまでに乱す存在は、あのマーリンという娘だけだろう。勿論私的な人物に限るが、それでも彼の入れ込みようは目を見張るものがあった。
「当初の予定通り、尋問にかけるのか?お嬢さんは逃げ切れる自信があるそうだが・・・」
「いいや。…そうなった場合は、一生困らないだけの金を与え、王都から出ていかせる」
思いがけぬ答えにレイモンドは眉を上げた。
「そうか!…はは、安心したぜ。お前まさか本気で惚れた女を暗殺者として処刑するのかと思ったからよ」
「惚れているなど妙な事を言うな…それに、あいつが失敗した時は私の王位も危うい。もはや崩れかけの泥舟に乗っている俺が、あいつを罰する意義もないだろうからな」
感情を抑えた声で話す主君に、将軍は静かな目を向けた。
「新月教に王座を取って代わられることを想像してるのか」
「…」
沈黙は肯定だった。だが、それさえも聞くまでもなく、モードレッドも同様のことを想像していた。ただし、確定した未来ではなく、あくまで、いくつかあるうちの一つの未来としてだ。
自分達のように、国の舵取りをする地位にいる者にとって、長期的な視野は必要不可欠だ。この選択をしたらどの様な結果になるのか。経験や具体的状況、あらゆる情報や統計を駆使して未来を予測する。それはあくまで望む結果を得るための手段としてだ。
確かに、マーリンが失敗すれば、モードレッドが王座から蹴落とされるのはもはや確定的だろう。レイモンド自身は、あの不思議なマーリンが、きっと何かをやり遂げてくれると信じたかった。
だが、彼女の成功率は未知数だ。それに全てを賭けることは愚かだとしか言いようがない。レイモンドやクロウリーができるのは、まずは彼女が成功するよう全力で支え、しかしもし失敗した場合、モードレッドの地位、そして生命が脅かされないようにあらゆる策を講じるだけだ。
レイモンドはその豪胆な性格、出自、そして騎士としての地位のせいか「脳筋」とも呼ばれることもしばしばであった。確かにクロウリーのように、上流階級特有の優雅な所作はレイモンドには皆無だ。
教養といっても、実学の知識しかない。平民出身だし、生来の性格からか、敬語も抜けることもしばしばであった。そう感じた者達は口を揃えた彼の事をこう誤評する。「武神に愛された男」と。
しかしそれは正確ではない。彼が剣の道に進んだのは、弟のバーナードのように戦いが好きだからでも、相手を打ち負かすのが好きだからでもなかった。レイモンドが剣の道を選んだのは、実際のところそれが一番紛争を解決することができるのではないかと思ったからだ。レイモンドが望むのはただ一つ、争いごとから自分の大切なものを守り切ることだった。
レイモンドは昔に思いを馳せた。
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